第百九十四小節:無理矢理
授業も全て終わり、海翔は麗奈を無理矢理引っ張り、部室に入った。
「何すんのよ!」
海翔は奥の方にある麗奈のギターを取り出して、麗奈に渡す。
「お前のギター」
「あ、ありがと」
文化祭の日、裏に置きっぱなしにしていたのを薫がここに置いといたのだ。
麗奈はそのギターを見回した。
変わりない普通のだったが、1ヶ所だけ赤いペンキかなにかで、下手な蝶が書いてあった。
「なにこれ? 蝶々?」
「そうだよ。てかお前が書いたんだぜ。好きなんだろ、蝶」
麗奈はその蝶を見ながらなにも答えようとしなかった。
蝶を瞳に写し、ずっと離さない。
沈黙が起きたのだ。
その沈黙を破ったのはダイゴだった。
扉を勢いよく開けて、麗奈と海翔を見て一瞬固まり、「よ、」と第一声をあげた。
「長く休んですまなかったな」
ダイゴはゆっくりとドラムに近づいて座り、荷物をほっぽった。
「お前ら2人がいないなんていつものことだ。もう気にはなんねぇよ」
ハイハットのペダルを踏む。
「てか、麗奈どうなんだ?」
「え!? 普通だよ」
急に振られて目線をギターからダイゴに移した。
「元気だし、バカだし」
「お前、ホントに大丈夫か?」
海翔は溜め息混じりに呟いた。
「大丈夫よ」
と呟いたが、なにか突っかかる感覚が襲った。
「てか、なによアンタこそ! 彼氏気取りのつもり!? 無理矢理こんなとこ連れてきて!」
「いいだろ別に。ギター返しとけって先輩に言われてたし」
「だからって無理矢理はないじゃない! 私だってやりたいことあるの! 束縛大っ嫌い! アンタモテてもすぐフラれるタイプでしょ」
「なんだよそれ! なら今すぐ帰りゃぁいいじゃんかよ!」
「言われなくても帰りますよーだ!」
麗奈は海翔を押し退けて、ギターをケースにしまい、足早に部室を出ていった。
麗奈と入れ違いにユウヤが入ってくる。
「どうしたの?」
「まぁ、いつもの感じだ」
「あぁ、いつもの」
海翔は麗奈のいなくなった扉を見つめた。
どんよりとした雰囲気を作っていた。
なにかを煽るように、ただ一点だけを見つめ、呟く。
「ったく。なんで」
海翔は走って部室を出ていった。
その様子をキョトンと見ている2人は顔を合わせ、一様に言う。
「珍しい」
紅葉落ちる校門。
「ちょっと待てよ!」
そこで海翔は麗奈に追い付き、行き先を阻むように麗奈の前に立ち、肩を掴んで止めた。
「なによ!」
怒鳴り声がやけに響いた。
海翔は荒い息を整える。
麗奈の髪を風がイタズラに揺らした。
「なにもないなら離してよ!」
麗奈は海翔の手を払い、そのまま歩いていこうとした。
「さっきは、……ごめん」
麗奈は思わず足を止めた。
「あ、謝ったって許さないわよ!」
「それでもいいよ。ただ謝りたかっただけなんだ」
お互い息を呑む。
麗奈は足を動かし、そのまま帰り道を足早に歩いていった。
海翔はもう追うこともせずに、麗奈の影が見えなくなるまで見ていた。