第百九十二小節:梨
今日もまた晴れていた。秋という肩書きのわりに日差しは暑く、しかしながら風は涼しくふいていた。
葵はただ1人で学校にゆっくりと向かっていた。
「何日目だろう……」
そう呟くのも何度目になるかわらないほど、いつも隣にいた人はいなかった。
学校に着き、自席に座ったときには、朝のHRまで15分あった。
なんとなく辺りを見回しても、何ら変わりない狭い空間の風景が、葵の気を滅入らしていった。
HRまで5分前過ぎてからようやく勢揃いするクラスメイト。
その中には海翔も麗奈もいなかった。
もう、何日目だろう。
葵はゆっくりと窓の外を見た。
そこにも、あまり変わりのない風景が広がっていた。
変わりがあるのは鮮やかに色づいた木の葉で、北風に煽られては、舞い上がり、なんの抵抗もなしに落ちていく。
へそ曲がりな木の葉はその場に落ちず、風に身を寄せて、どこまでも飛んでいく。
その木の葉は海翔と麗奈のいる病院まで飛んで、そこに身を落とした。
「ねぇ、海翔君はなんでずっとそこにいるの?」
「ん? まぁー、……。あんまり意味ねぇよ。いるだけ」
軽くそう答えて海翔はイスに座った。
麗奈の傷も完治し、精神も安定して、もうすぐで退院することになっていた。
「いるだけってなによ。彼氏みたいじゃない」
麗奈は冷淡に呟いた。
「いいじゃんかいるだけでも」
海翔は自分が買って切っておいた梨を1つ手に取り、食べる。
シャリシャリとみずみずしい音を奏でられているそれを聞いて、麗奈も1つ食べる。
「美味しいね」
「そうだな」
2人の間にはゆっくりと時間が流れていた。
無情なほどゆっくりで、
残酷なほど長かった。
「明後日には退院出来るってよ」
「そう」
麗奈は無関心そうに呟いた。
「嬉しそうじゃないな」
「まぁ、退院しても待ってくれてる人なんていないし。こんな休んだらバイトクビだろうし。生きていけるかなぁ」
「大丈夫だよ。バイトクビになったら、新しいバイト見つけるまで家で何とかしてやる」
海翔はにっかりと笑いながらそう言いきった。
が、しかし、
「いい。迷惑かけたくないし、私の責任だし」
キッパリとそう言いきった。
海翔は困った。
こんなにしっかりしているとは思っていなかったのだ。
『ホントの麗奈ちゃんを知らない』
今になってその本当の意味がわかった気がする海翔であった。
「そんなこと言うなって。困った時はお互い様だ」
「海翔君が困ってても、私は助けられないよ」
海翔は溜め息を吐く。
「そんなバカみたいに理屈並べてたら嫌われんぞ」
「別に構わない」
「構わなくない。オレはお前を嫌いになりたくない」
不意を突かれたように麗奈は言葉を返せなかった。
「麗奈は記憶が無くなって、オレをよく知らないかもしれないが、オレはよく知ってる。それは理不尽で不平等だ。だから、思い出すまでオレが助けてやる」
「意味わかんないよ」
「わからなくていいよ。オレが勝手に決めたことだし。勝手にやらさせて貰うよ。やめてって言ってもやめないからな」
麗奈はもう1つ梨を食べた。
「じゃぁ勝手にすれば」
海翔も梨を食べる。
「その梨、私のために買ってきたんでしょ。勝手に食べないでよ」
「あ? いいだろオレが買ってきたんだし」
「いやよ。私の分減っちゃうじゃない」
「最初っからなかったって思いやがれ」
「あるんだから無理よ」
「なんかめんどくさくなったな」
「あなたがめんどくさくいの。勘違いしないで」
「は!?」
記憶が無くても、2人は相変わらず仲がよいのでした。