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第百九十一小節:胡桃のように




 長かった文化祭の1日は終わりを向かえ、皮肉にも空は鮮やかに晴れ渡っていた。


 カラスさえ姿を見せず、木々は赤黄に色づいて、ヒラヒラと舞い落ちていく。


 その中を、ゆっくりと歩いている葵は学校に向かっていた。


 意味などなかった。ただ単に1人になりたかっただけなのだ。


 文化祭終わりで、ほとんどの部活が休みであり、先生さえほとんどが休み。


 そんな静かな学校の校門をくぐり、慣れた作業をこなしながら、自分の教室に入った。


 静寂の教室に、イスを引いた音が鳴り響く。


 それにゆっくりと座る葵。


「海翔……」


 響きもしない。魂そのものが露に出てきたような言葉だった。


 誰もいない教室を見渡したと思うと、すぐに目の前の机を見つめる。


 海翔の影が見えるのだろう。


 いつも背中ばかり見ていたが、たまに振り向くのを待ち遠しく願っている。


「私は……、やっぱり、海翔が好き」


 目を1つ左の机に動かす。


 いつも外ばかり見ているその影は、こちらに振り向くことはなく、しかし、海翔に向くことはある。


「海翔は……、麗奈ちゃんが好き」


 そしてまた、目の前の机を見つめる。


「麗奈ちゃんも……、海翔が好き」


 自分でなにを言っているかなんて気にしていなかった。


 アイドルの胡桃であるように、葵である自分の全てをさらけ出したかった。


 まだ、胡桃をしていた方が楽だったのだ。


「あーおーいちゃん」


 葵は驚いて入り口を見た。


 それは少し暗い顔をしている薫であった。


「ちょっといいかしら?」


「1人でいたいので、すみません」


「そんなこと言わずに、ね」


 と言って半ば無理矢理、葵の前の席に横に座り、葵の顔を覗き込んだ。


「アイドルなのにそんな顔でいいの?」


「いいんです。葵ですから」


 あらそう。薫は目線を窓の外に移した。


「最初からわかってること、今さら聞いたからってなに落ち込んでるのよ」


 葵は体をビクつかせた。


「好きなら気持ちをぶつければいい。誰かさんみたいにね。まがまがしく歪んでいる感情でも」


 明後日を見ているようだった。それでいて、自分の過去を哀れんでいるようだった。


「私は、そこまで、」


「嫌われたくないんでしょ。そんな男みたいな意味不明な感情もつのやめなさい」


 葵は黙ってしまった。


「相手が自分が好きじゃなくたって関係ないじゃない。男なんて腐るほどいるんだし、なんなら相手が好きな子を殺しちゃうのもありだけどね」


 ケラケラ笑いながら葵を見る。


「そうですよね。殺しちゃってもかまいませんよね」


「ちょちょちょ! 冗談だから」


 薫はさすがに焦りを見せた。葵の目が空を見ながら死んでいたのだ。


 だが、薫の声で目に輝きが戻った。


「まぁ、」


 溜め息を吐く。


「他にいい男を探すか、海翔君を奪ったままにするかってことよ」


 そう言い放つと、薫はいきなり立ち上がり、


「休憩時間終わりよ。まったく鬼畜な先生なんだから」


 優雅に歩きながら薫は教室を出る。


「じゃぁ、またね」


 そのあと、葵は沈黙を保ったまま、目の前の海翔の席を眺めていた。

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