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第百八十四小節:定義




 文化祭前日。


 海翔と麗奈はクラスの準備がなく、2人だけで部室にいた。


 適当にギターを弾いている麗奈を少し遠目で見ている海翔。


 ふと、窓の外を見ると、どんよりとした雲が太陽の光を遮り始め、冷たい風が部室内に入り込んでくる。


 海翔は窓を閉め、イスに座りギターを取り出した。


「海翔、蝶々のピックちょうだい」


 急に麗奈がそう呟いた。


「え? お前、持ってただろ?」


「壊れちゃった。いいでしょ」


「しゃぁねぇなぁ」


 ギターの弦に挟んでいた、赤い蝶が描かれているピックを麗奈に向かって投げ渡した。


「ありがとう」


 麗奈は今まで持っていたピックをセーターのポケットにしまい、貰ったピックで弾き始めた。


 海翔はギターのソフトケースのポケットから小さな缶の箱を取りだす。その中から、1つのピックを取り出し、缶の箱をポケットに投げ入れた。


「海翔ってさぁ、ギター弾くの好き?」


「はぁ!? 当たり前じゃんかよ」


「だよね」


 意味深に呟く麗奈。海翔は頭を傾げた。


「どうした?」


「どうしてもないよ。好きだから上手いのかなぁって」


「まぁ、好きこそものの上手なれって言うしな」


「へぇ」


 海翔はその言葉と並立して、もう1つの言葉が浮かんでしまった。


 しかし、その言葉を口にする気は更々なかった。


「疲れた、ジュース買ってくる」


 麗奈は立ち上がり、ギターを置いて、カバンから財布を取りだし、部室を出ていった。


 海翔は呟く。


「下手の横好き……か」


 何かを察したように呟いたその言葉を、麗奈も口にしていた。


「下手の横好き」


 自販機の前でそう呟き、白ぶどうのジュースのボタンを押した。


 ガタンゴトン


 なんともレトロな音が鳴り響き、麗奈はしゃがんで缶を取る。




 その時だった。


「海翔先輩ともう1回歌いたいなぁ」


 麗奈は固まった。


「なんでさ」


「だってさぁ、麗奈先輩より点数高かったんだよ。私の方が、海翔先輩を楽しませられるかもね」


 上から飛んでくる笑い声。


 麗奈の瞳孔が開いた。


 麗奈の頭の中では、物凄い勢いで過去の映像が流れる。


 震える手で缶を開けようとするがなかなか開けられない。


 やっと開けられ、口に入れようとするが、半分くらいは口から溢れ、飲み込んだら咳き込んでしまう。


“ヘタクソ”


 輪廻する幻聴。


 麗奈はその声から逃げる。


 走って部室へ。


 そこにはもう、ダイゴとユウヤがいた。


「どうした?」


 駆け込んで勢いよく扉を閉めた麗奈を心配する海翔。


「あんまり気分良くないなら早めに切り上げるか?」


「いい」


 海翔は違和感を感じないではいられなかった。


 麗奈の全ての行動が違和感と認知してしまい、認知するたびに胸のムカムカが強くなり、苦しくなる。


「あんまり、無理すんなよ」


 【ペインツ】は練習を始める。


 文化祭で演奏する曲を一通り通して、部員全員で会場準備に取りかかった。


 そして、下校。


「平気か?」


「当たり前じゃない」


 海翔と麗奈は相変わらず肩を並べて歩いている。


「ま、お前なら大丈夫だよな」


「そうだといいね」


「なんだよそれ」


「本番が終わってからじゃなきゃ大丈夫かはわからないでしょ」


「ま、まぁそうだが、」


「安易に大丈夫とか言うの海翔らしくないし」


 違和感が段々と疑問に変わっていく。


「お前こそ、らしくないだろ。去年ならもっと楽しそうだったのに」


「去年はなにもかも新鮮に感じれたからじゃない」


「そんなんか? 明らかに今のお前は強がってる風にしか見えねぇよ。何から逃げてんだよ?」


「逃げてない、逃げてない、逃げてない。真っ正面から突っ込んで玉砕してるだけ」


「玉砕って、粉々だけど」


「粉々? そうかもね」


 2人は開札を入り、いいタイミングで来た電車に乗る。


「そうだ。楽しいって聞いたな。お前どうなんだ?」


「私? 楽しいよ」


「なら良かった。新鮮さがないなら、楽しめばいい。前言ったよな。オレらが楽しめば、聞いてる人も楽しい」


「ただの自己満足かもよ」


「いいや。自己満足なんかじゃない。音楽の定義だよ」


 麗奈は不意をつかれたかのように返す言葉を失う。


 言葉を探しているうちに海翔が降りる駅についた。


「じゃぁな」


 海翔が片手をあげて電車から降りる。


 そしてすぐさま閉まる扉。


 電車は走っていく。


 車窓から見える風景は、どんより雲の影響か、いつもより暗かった。


 麗奈は電車を降りる。


 開札を出る。


 自宅まで歩く。


 駅周辺は人が多いが、少し小道に入っただけで人の気配さえなくなる。


 自宅までもう少しの角を曲がった時、急に雨が降り始めた。


 ゲリラ豪雨の如く、突然強く降る雨。


 麗奈は足を止めた。












「――私、なにが、楽しくて、歌って、んだろ――」














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