第百八十三小節:紅の蝶のペンダント
久しぶりに休みが取れた葵は、海翔を連れてショッピングしていた。
「でさぁ、クラスの子から高尾くん浮気してるよって来たんだけど」
「わかってんだろ」
「うん。どうせ麗奈ちゃんが怒っちゃって、それ止めてたんでしょ」
「大正解」
2人は手を繋ぎながら、洋服を眺めていた。
「原因は?」
「女子がオレのギターで歌いたいとか言ったら、お前らに伴奏するわけないって怒鳴った」
「麗奈ちゃんらしい。まだ海翔のこと好きだしねぇ」
「からかってんのか?」
「うん」
葵は満面の笑みで頷いて、海翔は深い溜め息を吐いた。
「まぁさぁ、そいつらに歌下手って間接的に言われて落ち込んでんだよ。どうしたらいいかな?」
海翔がずっと悩んで抱え込んでいた思いを、言葉にして聞いた。
「そんなことで!?」
「そんなことって、アイツにとって、結構コンプレックスになってんだよ」
「想像できないや」
「その土台を作ったの、葵だけどな」
「私!? なんか悪いことした?」
「悪いかわかんないけど、麗奈は葵のことライバル視してんだよ。多分今でも」
「で、海翔持ってかれちゃって、鬱」
「鬱まではいかないだろうけど、敗北感はあったんじゃないか」
「まぁ、私の勝ちだから」
「勝ち負けの問題か? てか、オレは競技道具?」
「んー。少なからず私の執事かな」
「執事ってなぁ」
「ん? 王子さまがよかった? 残念だったねぇ。麗奈ちゃんだったら白馬の王子さまだったのにねぇ」
葵は嫌みに笑っていた。
「だぁ! そんなことどうでもいいんだよ。麗奈を元気付けてやりたいんだけど」
「キスしてあげれば。すぐに元気になると思うけど」
「おま! バカか! 出来るわけねぇだろ!」
「え? 出来ないの? 私のは軽く奪ってくのに?」
「そういうことじゃねぇよ」
「あ! 顔赤い。海翔かわいー」
「だ! か! ら! なんかプレゼントしてやろうかなってさ」
「体とか」
海翔は痺れを切らせて、葵の脇腹をくすぐる。
「ぎゃ! やめ! ははは! くすぐるのやー! ははは!」
「ちゃんと考えるな」
暴れる葵を上手く押さえながら問う。
「考えます! ごめんなさい! 許してください!」
海翔はくすぐるのを止め、葵は床に座って息を整える。
「普通に……ネックレス……とかで……いいんじゃないの……」
「ネックレス?」
「うん。後夜祭で花火大会やるんでしょ。その時に渡すとか。嬉しいと思うよ。あ! 私のも買ってよ! 蝶々のネックレス」
「ん?」
海翔の頭に、あの日買ったピックの絵柄が浮かび上がってきた。
「ダメ。蝶は麗奈のシンボルマーク」
「えー、私が蝶々」
「ダメだ。葵は、じゃぁ翼とか?」
「なによそれ!」
「え? 嫌か? じゃぁ、買わない」
「イヤ! 買って!」
「ほら、さっさといくぞー」
「待ってよ!」
海翔と葵は仲良く(?)ネックレス売り場に向かった。
麗奈のために、海翔は、紅の蝶のネックレスを買い、葵のために、ハートのネックレスを買ってあげた。
これで、麗奈が元気になると信じていた。
信じていた。