第百八十一小節:嫌味
二学期に入ると文化祭はすぐ、と去年でわかっている2年生以降は準備を早めにやっていて、一方1年生はぐだぐだと準備をしている。
海翔たちは先生の意向で塩焼きそばを作るらしい。
だからあまり準備をしていない。
授業中の準備時間の時、あまりに暇なので海翔はギターを適当に弾いていた。
「ねぇ、高尾くん、なんか弾いて」
とクラスの海翔ファンの女の子が言う。
「ん? いいぞ」
海翔がそう言うと、他の海翔ファンと男友達が集まってきた。
「てめぇら、なんだよ」
溜め息を吐いてギターを小さいアンプに繋げる。
そして、四季「春」ロックアレンジバージョンを弾き始めた。
そこまで難しいものではなく、暇そうに寝ていた麗奈は顔を上げて、再び顔を机に埋めた。
いつの間にかその曲は終わり、ファンがカッコイイと騒がしく騒いでいた。
「高尾くんってさぁ、モテるよね」
「そうでもねぇよ」
「あたし高尾くんのギターで歌ってみたい」
キャッキャ騒いでる声が煩くて麗奈は起き上がり、机を両手でおもいっきし叩いて立ち上がる。
キャッキャ騒いでいた声は消え、視線が麗奈に集まる。
「あんたたちに海翔が伴奏するわけないでしょーが!」
その場をシンとさせた。
「海翔が伴奏するのは、私か葵だけなのよ!」
と言ってイスにどっかり座り、足をクロスさせて机に乗せる。
「なんなの?」
「マジウザーイ」
「高尾くんも大変だねぇ。あんなのの世話して」
「あたしたちとやったほうが絶対楽しいし」
「言えるかも」
2人のファンがそう言い合いながら、笑い上げた。
「あんなのより、歌うまいし」
「ホントホント。絶対にうまい」
「おい、調子乗んなよ」
海翔が低い声で言う。
「お前らみたいなやつより、上手いよ」
「どうしたの高尾くん? ムキになって? マジウケるんですけど」
麗奈は舌打ちをする。
「私をバカにするのはいいけど、海翔をバカにしないで、愚民」
「は? なに? 彼女でもないのに高尾くんかばってるよ」
「う、る、さ、い、わね!」
机を蹴り飛ばし、立ち上がってその女子に近づいて行く。
それを海翔が麗奈の前に立ちはばかる。
「どいてよ! もう我慢出来ない!」
「イヤだ。言いたい奴には言わせておけ。お前が羨ましいんだよ」
「違うよー、高尾くんを憐れんでんだよ」
「ムリ、我慢出来ない」
海翔は麗奈の左腕を掴む。
「やめろ」
「イヤ!」
海翔の手を振り払おうとするが、絶対に離さない。
「離して!」
「イヤだ」
離すどころか、むしろ自分に寄せて抱き締める。
急なことで、麗奈は息を呑み、あの怒りはどこかに飛んでいった。
「バカやろう。お前があいつに手出して、退学したら、オレ、誰に八つ当たりすればいいんだよ。もう、やなんだよ」
腕を掴んでいる手に力が入る。
「……ごめん」
それしか言えなかった。忘れていた胸のドキドキが蘇る。その鼓動が確実に海翔に伝わっているとわかる。
恥ずかしくて赤面するが、それと共に罪悪感を覚えた。
麗奈は逃げるように海翔から離れ、後ろを向いて自席に戻り、机を戻して突っ伏す。
「あれ? 高尾くん? 浮気?」
「葵ちゃんに言っちゃお」
海翔は振り替えって女子を睨み、その間を押し抜け、ギターを片付ける。
「てめぇらにはわからねぇよ。あいつがどんなに頑張ってきたか」
麗奈に聞こえないように言う。
それ以降、女子達はなにも言わなくなった。