第百七十九小節:ダミ声
学校が始まり、文化祭の色を濃く見せ始めた今日この頃。
つまらない始業式は無視し、部活に精を入れる【ペインツ】。
毎度のように合わせていた。
「か゛わ゛い゛た゛〜゛」
「やめーぃ!」
すぐさま海翔は曲を止めた。
久しぶりに落胆する。
「ごめん、力入れすぎちった」
笑顔で舌を出しながら、テへという感じで、そう言う麗奈。
「あんなぁ、」
溜め息を吐いて麗奈の顔を見る海翔。
海翔はその顔に違和感を覚えた。
「ごめん、もっかい」
麗奈が人差し指を立てて言うと、ダイゴが躊躇なくスティックを叩く。
その後、何もなかったかのように曲は始まり、麗奈の歌う場所になる。今度はダミ声になることはなかった。
本当に力を入れすぎただけだったのか?
海翔は歌っている麗奈をちらりと見て、何もなかったようぬギターを弾き続けた。
いつの間にか下校時間になり、学校を出て、下校する。
海翔は電車を降り麗奈と別れ、自宅までの道のりを歩いていた。
その道中、横を走り抜こうとしていた車が急に止まり、窓が開く。
海翔はなんとなく中を見る。
「やぁ、海翔。奇遇だね」
車のなかにいるのは瀬川だった。と言うことは……。
「乗ってくかい?」
「葵は?」
「後ろで寝てるよ。さすがに疲れが出てるみたいだな」
車のドアが開き、助手席に乗る海翔。
「文化祭の準備どうだい?」
車は動き始めた。
「まあまあですよ」
「そうかい。葵なにも言わなくてね」
「そうなんですか」
海翔は外を見る。
「ドラマどうですか?」
「ん? 大丈夫だよ」
「葵、演技できてるんすか?」
「できてるよ。むしろノリノリすぎて、困るぐらいだよ」
瀬川は笑う。海翔は無関心そうに鼻をならす。
なんだかんだで2人の家の前に着いていた。
「海翔、葵を起こして連れてってくれるかな?」
「ういっす」
海翔は車から降り、外から後部座席のドアを開け、葵の肩を叩く。
「な……まだ時間じゃないよーだ」
意味不明だ。
「おい、葵、起きろ」
何度か叩くが起きない。
「しゃぁないか」
そう呟いて、海翔は車に片足だけ入れ、葵の首と膝裏に手を入れ、お姫様だっこをして引きずり降ろす。
「お、力持ちだね」
瀬川がおちょくる。
「普通です。送っていただいてありがとうございました」
海翔はそう言って、葵の家に向かった。
車の扉は勝手に閉まり、発車する。
葵の家の扉は開いていなかった。
海翔はどうしようか悩んだ。が、考えるのも行動するのも面倒なので、自宅にお持ち帰りし、自分の部屋のベットに寝かせた。
「ん〜」
寝返りを打つが、すぐに仰向けに戻った。
「まったく、幸せそうに寝やがるよ」
海翔は笑顔でスヤスヤ寝ている葵を見て笑顔になった。そして、寝ている葵にキスをする。
軽く触れさせて離れる。
「メシまだかなぁ」
海翔は葵をほって、キッチンに向かっていった。
そのあと、ご飯を食べて戻ると、葵がベットから落ちうつ向けで倒れている状態で発見し、海翔が柄になく取り乱して、なんだかんだで大変なことになるとはまだ知らない。