第百七十八小節:重い
夏休みも残すところ1週間を切った。
相変わらず宿題をしていない麗奈は、今躍起になって部室でやっていた。
「海翔、これなに?」
「あ? 日米通航通商条約だよ」
「なにそれ?」
「そっから説明しなきゃダメなのか?」
とまぁ、相変わらず教えてあげています。
そんなことも、午前中で終わり、午後から楽器を取り出して鳴らし始めた。
ダイゴとユウヤも午後から来て、全員集まると合わせ。
1週間、それが続いた。
宿題も終わりをむかえ、夏休み最終日、いつものように部活が始まった。
「よし、はじめよー」
麗奈がそう言ってギターを持つ。
「重い」
思わず呟いた。
「どうした?」
海翔がギターを担いで近寄り、麗奈にそう聞いた。
「え? ん、う、うん。なんでもないよ」
海翔は片眉をあげて、ギターを構える麗奈を見る。しかし、なにもしない。
「よーし、やろー」
ダイゴのスティック。
全員で掻き鳴らした瞬間だった。
バイン!
麗奈をギターの弦が切れ、それが左手の手首を切った。
曲が止まる。
「大丈夫か? ユウヤ、ガーゼあるか?」
海翔があまり気にしない様子で近寄り、冷静に対処する。
「大丈夫か?」
麗奈は固まっていた。驚いているのか、切れて血が垂れ始めている手首を眺めていた。
「大丈夫か?」
さすがに心配になって、麗奈の肩を揺らす。
しかし、固まったままだった。
「おい? おい!?」
「……ち……」
何かを小さく呟いていた。怖がるように、震えていた。
ユウヤがガーゼと消毒液を持ってきて、海翔に渡す。
海翔は慣れた手つきで、麗奈の左手の手首を消毒して、テーピングする。
「よし、おわり。麗奈、弦……」
まだ、震えていた。もうなにもわからない左手首をみつめながら。
「おい、麗奈?」
「……」
「麗奈?」
「……」
「お嬢様?」
そう言うと、麗奈は驚いた表情で海翔の方を向く。
「お嬢様で振り向くってなんだよ」
海翔は溜め息を吐いて、「弦変えるぞ」と言い直す。
麗奈は頷いて、地面に座り、ギターを海翔に渡した。
海翔は受けとり、地面に座る。自分のケースから弦を取り出し、それを慣れた手つきで付け始める。
その時麗奈は、ずっと左手首を見詰めていた。
弦変えが終わり、曲をやり直す。
麗奈が歌わない。
なんどやっても、
口は動かすが、
歌わない。
その日は、部活を切り上げることにした。
きっと、勉強と部活を一緒にやって、疲れていた。海翔は楽観的に考えた。