第百七十七小節:良い日過ぎる日
夏フェスも終わりを迎え、海翔は葵のドラマが終わるまで、部活に専念することができる。
そう思いながら、海翔は誰よりも早く部室でギターを弾いていた。
実はもう出来ている、麗奈の曲。それの最終確認をしているところである。
歌詞はなく、メロディとコードだけのシンプルな曲であった。
「これが出来れば、もう一人前だよな」
弾くのをやめて、誰もいない部室で呟いた。
「オレがとやかく言うより、アイツ自身が曲を感じて、意味を考えて歌えればなぁ」
もう1度弾き始める。誰でも出来るこの曲を1人弾きながら、鼻唄をいれている。
この時の海翔が奏でる音楽は、キラキラ光る。
『本当の音楽』
海翔は初心を忘れていたのだ。
曲の途中にダイゴが入ってきた。
海翔はかまわず奏でる続ける。
ダイゴは思わず入り口で立ち止まってしまった。
薫、葵、2人に勝るような音楽に聞こえてしまったのだ。
その曲は綺麗すぎた。
海翔が最後の和音を1音づつゆっくりと弾き、そのまま終わる。
「よ、」
「お、おう」
ダイゴは久しぶりに息を吸った感覚に陥る。
「その曲、なんだ?」
恐る恐る聞く。
「ん? 秘密だよ。麗奈にも言うなよ」
ダイゴは曖昧に返事をし、おぼつかない足取りでドラムイスに座った。
そのあとすぐに、ユウヤが着く。
麗奈は予定時間の30分遅れで着いた。
「おっはよー!」
明るい叫び声だった。
「海翔! 夏フェスすごかったよ!」
まだあの日のことが忘れられないようだった。
まぁそれもそうだろう。
「夏フェスん時も聞いたし、メールでも見たし、今日で3回目」
「いいじゃん! すごかったんだから!」
海翔は半分呆れた感じで溜め息を吐いた。
「わかったからさっさと練習するぞ。 また間に合わなくなるぞ」
それで練習が始まる。
いつも通りの練習。
いつも通りの合わせ。
ダイゴがリムショットを一発入れると、海翔とユウヤと麗奈は一斉に掻き鳴らし、歌もいきなり絶頂である。
今日はやけに上手くいくのだ。
麗奈も夏フェスの影響か、自分らしく歌っていて、ユウヤも難しいパッセージがスムーズかつリズムカルであった。
ユウヤに合わせていたダイゴも、曲をしっかり引っ張り、海翔は豪快に荒ぶれていた。
曲が終わると全員が口を揃えて言う。
「スゲーじゃん!」
もう1回、違う曲、何をやってもいい感じであった。
いい気分のまま、下校時間になってしまい、気分がいいからカナが働いているカフェに向かう。
今日はやけに良い日過ぎた。