第百七十四小節:ボーカルソロコンテスト
とうとう、合宿最後の夜になった。
全員がライブ会場に集まり、数人が緊張していた。
「はい、初の試み、『ボーカルソロコンテスト』をこれから行います」
薫が口を開いた。
「順番は、私、麗奈ちゃん、ユカちゃん。昨日と同じかしら」
「あの、私、由梨です」
「そうそう、由梨ちゃんだっけ」
苦笑いをお互い浮かべる。
「まぁ、普通にやるんじゃ面白くないから、先生方とジィに1人10点満点で採点して貰おうと思います。よろしいですか?」
「もちろん」
小村が代表して答える。
「では、早速、海翔君、始めるわよ」
2人は、舞台に上がる。
用意されているイスに座る海翔。
海翔は、なぜかあるアコギのチューニングをして、構える。
「行くわよ」
「いつでも」
薫が深くゆっくりと息を吸い、発する音。
ドレミラソ、響きだけの言葉。
海翔も必死で合わせる。
愁いと優しさが合い、薫の世界がそこにはある。
ピアノを聞いた時のような、音の波。
『本当の音楽』
それを後の2人に突き立てる。
「終わりです。採点よろしくお願いします」
「じゅ、10」
「8」
「9点でございます」
合計は27点。かなりの高得点だ。
入れ替わり、麗奈と海翔が舞台にいる。
「海翔、よろしく」
「なに、改まってんだよ。いつも通りでいいんだよ」
麗奈は柄になく緊張していた。当たり前だ。さっきのを聞かされて、怖じ気づかないわけがない。
紅白の舞台に、2人だけで駆り出された感覚に等しいのだ。
「うん」
「お前の自由な部分が、オレは好きだ。いくぞ」
海翔のアルペジョ。麗奈は、その調に耳を傾け、目蓋を閉じる。
麗奈は口を開いた。
海翔はその声を求めてはいなかった。
綺麗に響かせている。
違うのだ。この曲は、麗奈らしく、歌えば良いのだ。
練習をしたのだろう。高音も綺麗に響かせていた。
海翔が納得できないまま終わってしまった。
「採点、お願いします」
終わっても、緊張はほどけてないようだった。
「きゅ、9」
「4」
「7点でございます」
合計は20点。薫が高いといえ、『4点』があることは、どうなのか。
少しだけ、落ち込んだ様子で、舞台を下りていった。
「わかっていない。確かにわかってないのかもしれませんね」
下りていく麗奈を見ながら、呟いた。
「あの、よろしくお願いします」
その声で海翔は目を由梨に移した。
「よろしく」
そう言うと、嬉しそうに微笑んだ。
「じゃぁ、お願いします」
海翔が奏でる和音。それに乗っかるように、綺麗に響かせた。
その声は、澄みすぎていた。海翔はすぐにピックを手離し、爪で弾き始めた。
調和する音楽。
まるで、大自然の中に放り込まれたような。
その綺麗な音を聞いていたら海翔は気付いた。
澄んでいて、暗くて、柔らかい声。
麗奈が似せようとしていた声。
さっきもこの感じで、麗奈は自分を偽っていた。
曲が終わる。
「採点、お願いします」
「じゅ、10」
「7」
「10点でございます」
合計は27点。薫と同点である。
「あ、ありがとうございます!」
由梨は跳び跳ねて喜んだ。
そこに、薫が舞台に上がってきて、マイクを取る。
「以上。まぁ、同点で私と由梨ちゃんが優勝。こんなの、人の好みもあったりするし、あまり気にしない方が良いし、奢らない方が良い。わかったかな?」
跳んで喜んでいた由梨は、跳び跳ねるのはやめたが顔はにやけていた。
「以上で『ボーカルソロコンテスト』は終わります。お疲れさまでした」