第百七十二小節:抱負
音が急激に鳴りやみ、薫が長い髪を掻き分けると、すぐに拍手が鳴り響いた。
「ありがとう! 次は【ペインツ】! 今年こそちゃんとやってよね!」
舞台から降りる【グランドマイン】。
「ちゃんとやるに決まってんでしょ」
麗奈が軽く呟く。海翔が麗奈の肩を少しだけ強く叩く。
そして、4人が立ち上がり、舞台に上がる。
チューニング。
立ち位置も、結成してから変わらず、麗奈がマイク前、海翔が右、ユウヤが左、ドラムがダイゴ。
変わってる所としたら、麗奈がギターを持ち、海翔が少しだけ前に出ていて、ベースはピックから指に変わっていて、ドラムの配置が微妙に動かしている。
個人レベルでちょっとづつ上がっているのかもしれない。
だが、海翔がおぼつかない様子を、合間なく見せている。
心配事がある。
海翔は、【グランドマイン】に負けていることに焦りを見せ始めたのだ。
「はーい! 【ペインツ】です! ちゃんと聞かないと、お仕置きだからね!」
いきなりドラムのリムショット。ガンと言う音が、【ペインツ】色に染めていく。
麗奈の力強い高音が、海翔の和音が、ユウヤの低音が、ダイゴのクラッシュが、衝撃のように押し寄せる。
一撃で圧倒させた。
1曲目が終わり、ある程度の疲労を残した【ペインツ】。
「では! 自己紹介!」
麗奈が拍手を始めると、つられて拍手を始める客席で側。
「先ずわぁ、あの空の彼方にある、太陽の如く熱いビートを奏でてくれる、ドラムダイゴ!」
海翔は溜め息を吐く。始まったよ、と。
「次わぁ、地底の深く、マントルの如く唸りを上げる、ベースユウヤ!」
「マントルの意味がわかってんのか」
「次! 流れる風の如く、燃える火の如く、清らかな川の如く、轟く雷鳴の如く、」
「如くって言いたいだけだろ!」
「まぁ、兎に角カッコいいんじゃないの、ギター海翔」
「おい! なんでオレん時だけそんな適当!」
「はいはい、うるさいから。 最後にわ・た・し! 誰もが憧れる、天使のように美しい、麗奈ちゃんだよ! ほら拍手!」
「てめぇなぁ!」
「はい、最後、いくよ!」
いきなり麗奈が弾き始める。
海翔は舌打ちを打って、ソロを入れる。
【ペインツ】の得意な形である。
なんだかんだ言ってた海翔は、それでも楽しそうに弾いている。
「ありがとー! 次は、1年の新顔! 【ラブラドールレトリバー】!」
「それだと犬! 【ラブラドール】だから!」
引き際までうるさいバンドでした。
【ペインツ】と入れ替わり、チューニングを始めた【ラブラドール】。
配置は【ペインツ】と変わらない。まぁ、【ペインツ】の後輩だから当たり前と言ったら当たり前かもしれない。
「は、始めまして! ら、ら、【ラブラドール】、です! よろしくお願いします!」
ガッチガチの由梨。右にいる、ギターの娘が何かを言った。
「じゃぁ、いきます!」
ギターの娘がいきなりリズムを掻き鳴らす。
そこに、初心者のベースが入り、数小節後、ドラムが曲を進める。
不安定だった。まだ、幼さがあった。
【ペインツ】の足下にも及ばないその演奏。
しかし、たった数ヶ月で形にはなっている。かなり頑張ったのだろう。
不安定のまま、1曲目が終わる。
由梨は放心状態だった。
ギターの娘が肩を叩くと、我に還ったようで、
「ありがとうございます!」
と早口で言った。
「【ラブラドール】です! えっと、自己紹介?」
「おい! 今年の抱負をつけろよ!」
小村の相変わらずの無茶振り。
「えっと、先ずは、ドラムの、香那恵ちゃん。えっと、今年の抱負は?」
マイクをカナエに向ける。
「あたしは、世界一のドラマーになる」
「カナエちゃんスゴいねぇ。ホント?」
「当たり前だ」
「じゃぁ、次はベースの瑠夏ちゃん。今年の抱負は?」
今度は、ルカにマイクを向ける由梨。
「えっと、うちは、えっと、んー、えっと、ユウヤ先輩より上手くなる」
「ユウヤ先輩上手だもんね。目立たないんだけど」
軽く傷ついているユウヤ。
「で、この子が、リーダーのギター、希ちゃん。今年の抱負は?」
マイクを向けると、そのマイクを奪い取り、客席に向かって指を指した。
「私は、海翔先輩より、薫先輩より、ギターを上手くなって、クリスマスライブで1番を取る!」
海翔と薫は、微笑んだ。
「望むところだ」
「待ってるわよ」
2人は小さく呟いた。
マイクを返してもらう由梨。
「えっと、最後に、私は、えっと、ギターの一志由梨です。1年です。初心者です。よろしくお願いします」
深々と頭を下げる由梨。
「今年の抱負は、麗奈先輩より歌が上手くなって、葵先輩みたいに、アイドルデビュー、したいかな? イヤだ、恥ずかしい」
顔を真っ赤に染め、両手で顔を隠してしまった。
「よし、その目標、しっかりと胸に焼き付けて、最後、いけ」
小村がそう言うと、【ラブラドール】は頷き、
「それじゃぁ、最後!」
それは、ドラムのスティックから始まった。