第十六小節:一時
「ジャーン!出来たよ。」
襖を足で開けて畳を足裏に感じる。海翔は畳にうつ伏せの状態で倒れていた。
「起きなさいよ!」
手に持った2つのチャーハンの皿をちゃぶ台に置いてついでに倒れている海翔の横腹を蹴る。
「いてぇな!」
「お眠りさんご飯ですよ。」
蹴られた瞬間立ち上がり叫ぶ海翔。
海翔のいる反対側に正座をして座る麗奈。海翔も座る。
「チャーハンか。」
「なに?嫌いなら食べなくていいわよ。」
「いや、ヤケに野菜が入ってないなと思ってな。」
海翔の言葉にギクッとする。
「まぁいいや。いただきます。」
麗奈は平然を装って食べた一口は熱かった。
「あふ、あふ、あふ。」
「オイオイ…慌てんなよ。」
「うるふぁいわへ!(うるさいわね!)へほひははほほ!(猫舌なのよ!)」
海翔はとりあえず無視してゆっくりと食べ始める。麗奈はやっと熱い物を飲み込めた。
「ふー食べた食べた。」
満足そうにでっぱらを叩く海翔。麗奈はお皿を重ねキッチンへと持っていく。
「なんか飲み物いる?」
遠くで叫ぶ麗奈。
「炭酸。」
海翔もお構い無しに叫ぶ。
戻ってきた麗奈はグラスと2Lサイダーを持ってきた。それらをちゃぶ台に置き、もとあったお茶のコップを片付けにキッチンへとまた行く。
戻ってきた麗奈はグラスにサイダーをいれる。辺りはサイダーのシュワーという音だけが響く。
「はい、お飲みなさい。」
麗奈は手を出し進める。海翔はグラスを取り一口飲む。
「そう言えばさ、この家に俺たち意外いないの?」
一度も顔を見ていない気がする。
「言って無かったっけ?私、両親どっちも死んじゃったの。」
頭を傾げてにっこりと笑って見せる麗奈。
「なんか、ごめん。」
聞いてはいけないことを聞いてしまった。海翔は後悔する。
「大丈夫。もう慣れたから。」
ケラケラと笑ってサイダーを飲む。
「てか、さっさと作ってよ。」
「お、おぅ。」
と言ってキーボードの前に動く。
「電気借りるぞ。」
「うん。」
海翔はコードをコンセントに繋いぐ。ヘッドフォンを首にかけ、キーボードの電源をいれる。
「キーボード見るの始めて。」
麗奈が海翔の隣に座ってマジマジと眺める。
「そうか。また歌ってくんね?軽く。」
と言ってなんかのスイッチを押した。ヘッドフォンからカチ、カチ、という高めの音が等間隔で聞こえてきた。
「テンポこのくらいか?」
「うん。たぶん。」
「歌えばわかるか。」
キーボードの鍵盤に両手を置く海翔。
「いくぞ、」
首を傾げる。
「1、2、3、」
海翔は鍵盤を押す。左手は4つの音を同時に、右手は麗奈の歌と一緒に動く。
たまに左手が変わったりして調整しているようだった。
とりあえず全て歌い終わり、海翔が五線譜に英語を書きはじめた。
「なにそれ?」
まったくわかっていない麗奈は首を傾げて聞く。
「コードだよ。スコアに書いてあんだろがよ。」
「そぅだっけ?」
「そうだよ。」
この一連ですっかり力を奪われた海翔。五線譜にコードを全て書き終えた所で背伸びをする。
「終わった?」
「まだだよ。こっからギター譜とベース譜とドラム譜を書かなきゃいけないんだから。後ピアノがいるかなかな?」
「へぇ、ピアノ誰が弾くの?」
「さぁ?じゃぁやめとくか…」
もう思考回路が回らない海翔は畳に横たわり目をつむる。
「今何時?」
部屋に飾ってある時計をみる麗奈。
「3時。」
「まじか。」
沈黙がこの部屋を支配する。麗奈は楽譜を眺めた。読みづらいが大部形になったそれを見て恥ずかしくなった。しかし、嬉しくもあった。
海翔からスーという息の音が聞こえた。麗奈は仰向けでねっころがっている海翔を眺める。
顔をマジマジと眺めるために海翔の顔の近くに自分の顔を寄せる。
「寝たの?」
そっと呟いた。確認のために。起こさないように。
嬉しいことに反応しない。
「寝てる時はカッコイイのに、起きてる時はなんかな。」
独り言にクスッと笑う。
自然と目線が唇へと行く。やけに海翔の唇が気になる。
「今なら…」
麗奈は一度自分の唇を海翔の唇に近づけてみた。
段々と近づいていくごとに、段々と自分の中の鼓動が早くなる。
海翔の寝息が頬がかかる。あまりに緊張していたのでそれだけで顔を離して海翔から大部離れてしまう。
「なによ、寝てるだけよ。何をこんなに…」
心臓の所に手をあてがう。
「でも、チャンスよね。」
もう一度近づけてみる。ゆっくりと、ゆっくりと。
もう少し。頬に寝息が掛かる。鼓動が限界に近いぐらい高鳴る。覚悟を決めて目をつむる。
「うぅー」
海翔の唸り声に顔を離してしまう。そして海翔は寝返りをうって麗奈に背中を向けた。
「なにやってんだろ私。バカみたい。」
ケラケラと笑う。諦めた。今日は。
「ゆっくりでいいじゃない。そうよ、焦ったら負けって言うし。」
立ち上がる。
「食器洗おう。あと洗濯物も取り込まなくちゃ。」
せっせとその部屋から出て行った。
「なにやってんだよバカ野郎。」
寝ていたと思われた海翔が呟いた。
「まだ心の準備が出来てねぇよ。」
海翔もまた心臓の所に手をあてがう。
海翔は起き上がる。時計を見ると短針が4の所を差していた。
「片付けるか。」
キーボードのあれこれを外し手際よくバックの中に入れていく。
「よし、終わり。」
完璧に片付けた。
「あれ?もう終わり?」
そこに麗奈が家事を終わらせて戻ってきた。
「あぁ、後は家でパソコンに入れるよ。」
「パソコンにはいるの!?」
「お前、時代に乗り遅れてる。」
「しょうがないじゃない!パソコンとかよくわからないし。」
「じゃぁ、教えてやるよ。オレが。」
イタズラに笑う海翔。
「別にいいわよ。海翔がどうしてもって言うなら別だけど。」
麗奈は両腕を組み、少し目線を反らす。
「いいならいいよ。めんどいし。」
「あっっそうですか!」
麗奈は怒ったように怒鳴り気味でそう言う。海翔はその対処に困る。
海翔は立ち上がり、重たそうにカバンを背負う。
「じゃぁ、帰るわ。」
「えっ、帰るの?」
驚いた。あまりに急過ぎた。
「これ早くやっちゃいたいし。」
海翔は襖の近くまで動く。
「わかったわよ。」
ふてくしたようにぼそっと言う。それを見て海翔は左手で麗奈の頭を撫でた。
「またくるよ。」
笑顔で言う。その一瞬がとても長い時間の気がした。お互い。
「じゃ。」
ドアが閉まる。ガチャっと言う虚しい音が家の中に鳴り響く。
麗奈は自分の頭を触れた。