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第百五十小節:ここにいる




海翔と葵がデートしているとき、この部屋だけは陰鬱な空気を溜め込み、外からの光を拒絶していた。


部屋の真ん中にはギターが寝ていた。ギターの隣には金槌が置かれていた。金槌の近くには粉々になったピックの残骸があった。


部屋の角、そこには布団がおかしく盛り上がっていた。中からはすすり泣く音が聞こえる。


布団の中には麗奈が入っている。布団の中で体育座りしながら、壁に寄りかかっていた。


1週間くらい、ずっとこんな感じなのである。


お腹が空いたら、喉が渇いたら、布団ごとキッチンに行き、用がすんだらまた部屋に戻る。


戻ると、その都度、金槌を手に取り、ギター目掛けて振りかぶる。


しかし、脳裏に海翔の笑顔が浮かんで、振り下ろすことができない。


金槌を落とし、また部屋の角でなにもせず、ただそこにいるだけになる。


人知れず、ここにいる。


「私はいないほうがいいんだ」


毎日のように呟いている。


その時、この部屋に誰かが入ってきた。


まさか、泥棒。


麗奈は布団を上手くめくって、その存在を確認しようとする。


「レナちゅーん。いないのー?」


その声は、その存在は、麗奈にとって一番聞きたくも見たくもない存在だった。


「いないのか」


カナは部屋の真ん中にあるギターを見て、手に取る。


じゃららん。


その調律はひどいものだった。


「弾いてないんだね」


近くに置いてあった金槌を見て、悲しい顔をする。


ギターを元の場所に置き、光を遮っているカーテンを開け放つ。


その光は眩しかった。


布団の中でさえ、その光は射し込んだ。


さらに、この部屋の陰鬱な空気を取っ払うため、窓も開けた。


春の暖かい空気が入り込む。


部屋に色が戻ってきた。


カナは部屋の全体を見た。


「学校行ってないのか。あたしのせいかな? 助けるっつったのに、結局なにもしてあげられなかったしな。まさかあたしが退学処分くらったの自分のせいとか思ってんのかな? ……思ってそう。シナもよくわかんないとか言ってたしな。帰って来てるのかな。帰ってなかったらなかなか不用心だよな。玄関開けっぱだし。てか励ましに来たのにいないってどーゆーこと? 相変わらず空気読まないんだから。読めないんだっけ? んー、ちゃんと食べてるのかな? 生活感まったくないんだけど、この家。死んでたりしないよね……。心配になってきた。もう少し探してみよう」


カナはその部屋を走って出ていく。


麗奈はそれを聞き取ると布団を強く噛んだ。号泣。


人知れず、透明人間のように、誰にも気にされず、存在すら忘れられ、そうして、消えていけたら、どんなに楽か。麗奈は知っていた。


左手首にある、リストカット。今はもうほとんどなくなっていて、言われなければシワのように見えるそれが、そのことを物語っていた。


だけど、だけど、


「どうして、私に突っかかってくんのよ、あの女は、まったく、意味が、わからないじゃない、もう、ここにいるわよ!」


布団から出て、涙を拭き、叫ぶ。


「ここにいるわよ! 私は!」

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