第百四十六小節:愛妻弁当
あの日から1週間くらいが経った。
毎日のように学校に行っていた海翔。
2つの空席。
いつも隣にいた人がいない毎日が続いた。
それでも海翔は平常でいた。
平常でなければ、今後ろにいる、1番愛している、葵が苦痛を感じるに違いない。そう思っていたのだ。
カナは今何をしているのだろう。連絡はつかない。
メルアドは変えられていて、電話をかけても着信拒否されているのか、つながらない。
「別にオレはなんでもいいけど」
麗奈はどうしたのだろう。
カナが退学したと言ってから、音信不通だ。
「海翔、平気? ため息ひどいけど」
海翔は後ろを向く。
心配そうに見ている葵。
「やっぱり、麗奈ちゃんのことが気になるの?」
「別に、気にならねぇよ。それよりはらへった」
うん、葵はそう頷いて、バックの中から、お弁当を2つ取り出す。
「はい」
海翔は目の前に置かれた弁当箱をおもむろに開ける。
中身を見て、げ、と鳴く。
弁当箱の中身は、栄養面でも色合い面でも完璧なのに、弁当箱の半分を占めているご飯の上に、大きくピンクのハートが描かれていた。
「へへ、海翔最近元気ないから頑張っちゃった」
幼げに笑う葵を、海翔は固まって見た。
「早く食べてよ」
「あぁ、」
愛妻弁当とでも言うのだろうか。圧倒的存在感を醸し出すそれに、海翔はお箸を入れた。
ご飯を持ち上げ(ハートの1部分含め)、口に運ぶ。
「どう?」
「普通」
そのあと、海翔は迷いなくお箸を進めた。
普通、葵は落胆とも言える感覚にさいなまれた。
美味しいってお世辞でもいいから言って欲しかったようだ。
葵も海翔と全く同じ中身のお弁当を食べ始める。
「確かに普通だけどさぁ」
葵は無意味に呟く。
「なんか言ったか?」
「別になんでもないですよーだ!」
「なに怒ってんだよ」
「怒ってないし」
「怒ってんだろ」
「うるさいわね。早く食べて」
「うるさいのはどっちだよ」
「瀬川さんにチクっちゃうから」
「意味わかんねぇよ」
「あ! ご飯飛んだ!」
「わりぃ、」
「もぅ、お行儀悪いんだから」
「誰のせいだよ」
「海翔でしょ」
そんな調子で、昼食が終った。
2人だけ。特に問題はない。
麗奈が来ないことは、【ペインツ】として不味いことは、海翔だってわかっている。
「やっぱり、」
海翔は呟く。葵はそれに反応して、ん? と鼻で聞いた。
「なんでもねぇ」
海翔は視線を前に戻した。
まだ、前の授業の板写があり、誰が消すかわからないそれを見つめていた。
「確か、今日は、カナが消してたよな」
「ん? そうだよ」
海翔は無造作に立ち上がると、黒板に近寄っていき、黒板消しを手に取り、白や赤や黄色の線を綺麗に消していく。
葵はただ見ているだけ。
ダルそうに消していた。だが、性格なのか、粉さえ残らないほど、黒板消しさえ元の色に戻るほど、完璧に掃除をしていた。
終わるとすぐに手を洗いに行き、手をビショビショにして席に戻ってきた。
葵はビショビショの手に気づくと、バックからハンドタオルを出して海翔に投げつける。
「タオルぐらい持ってきなさいよ」
「なんでだよ、めんどくせぇ」
海翔は水を拭き終わると、ありがとうと言ってタオルを返した。
「海翔って変だよね」
「なにが?」
海翔は片眉を上げて間抜けに投げ掛けた。
「黒板は完璧に掃除するのに、手は拭かないし、ネクタイ微妙だし」
「余計なお世話だ」
そこでチャイムが鳴る。
「余計じゃないよ。彼女からして、もっと格好よくなって欲しいから、ほら、止まって」
海翔は後ろを向いたまま止められた。
葵は慣れているかのように、海翔のネクタイを外し、そのまま綺麗に結ぶ。
「はい出来た」
綺麗な三角形を首元に作られ、少し苦しそうにしている。
「キツい」
「我慢して。海翔はこっちの方が似合うから。あ、先生」
海翔は葵を睨みながら、前を向いた。
授業が始まる。
海翔は葵に気づかれないようにネクタイを弛めた。
海翔と葵、順調ですね。
初々しいですね。
なんかいいですね。
やっぱり2人はお似合いなんですかね……