第百四十五小節:真実
翌日になっていた。
海翔はいつの間にか学校に着いていて、机に突っ伏していた。
まだ生徒はほとんどいない。
いるのは部活で朝練をしている人だけだろう。
そのうち段々と増えていく生徒。
海翔は来ることを願っていた。
「海翔……」
「なんだ?」
葵の声に頭を上げ、後ろを向いた。
「ごめん」
「いきなりどうしたんだよ」
暗い顔の葵。笑顔が似合う胡桃のはずなのに、人を変えてしまった。
「私が、」
「私が悪いとかほざいたら怒るぞ」
その先を言われてしまった葵は口を固く閉ざしてしまった。
「別に葵のせいじゃないよ」
海翔は前を向いて、また突っ伏した。
チャイムがなった。
顔を上げる海翔。
左の席は空、少し遠くの右前の席も空。
黒板を見るたびに気になる。
授業始まってから30分ほど経った時、後ろの扉が開いた。
気にしないでいると、人影が左の席で止まり、小さくなる。
チラリと見る。
黒い髪を2つに、ツインポニーテイルに結んだ、いつもの感じの麗奈が座って、つまらなそうに黒板を眺めている。
そんな海翔に気づいたのか、麗奈は窓の外に顔を向けた。
授業が終わる。
「ねぇ、カナは?」
麗奈が呟いた。誰に言ったのかわからなかった。
だが、海翔は聞き取った。
「……」
返答に困った。
退学した。そう言えばきっと麗奈も葵みたいに暗い顔をするだろう。葵くらいの後悔ならいいのだが。
「風邪?」
「違う」
「足でも折った?」
「違う」
「サボり?」
「違う」
麗奈は海翔の方に顔を向けた。相変わらず幼い感じの表情で、無邪気に、疑問に対する興味を問うてくる。
「じゃぁどうしたの?」
退学、もう来れない、それだけの言葉が喉に詰まって出てこない。
「なに? 出席停止?」
「違う」
麗奈はもうお手上げのようだった。小さく唸りながら、あまり回らない思考回路を一生懸命に回転させていた。
「麗奈ちゃん、実は……」
葵は海翔を見かねて口を開いた。
「実は――」
「オレが言う。オレが」
そう言うものの、言葉が出てこない。
「早く言ってよ。ここまで焦らされると余計気になるじゃない」
「退学した」
麗奈はその単語を認識出来なかった。
「え? なに?」
「だから、退学した。もう来れない」
麗奈の瞳孔が開くのが、海翔はわかった。
「ちょっと待ってよ、」
しっかりと結んできた髪をグシャグシャに掻く。
「急になんでよ」
目が挙動不審に動き回る。
「昨日いたじゃん」
「麗奈、」
「昨日、私が帰る前はいたじゃん」
「落ち着けって」
「 」
その言葉は聞こえなかった。口だけはしっかりと動いた。
「おい」
「やっぱり……」
「麗奈!」
「私はいないほうがい」
立ち上がる。
走り出す。
海翔は追いかける。
早い。
追い付けない。
麗奈は上履きのまま、校門を出ていった。
バックも持たず。
海翔は校門の前で立ち止まる。
「なんでこうなるんだよ」
震えながら呟く。
「なんでこうなるんだよ!」
町中に鳴り響いた。
「夢なら覚めろ、夢なんだろ」
海翔の精一杯の現実逃避だった。