第百四十二小節:お前だろ
麗奈は職員室に連行され、唖然とした空気を引きずっている教室で、カナは見幕の表情で海翔に寄っていった。
カナは海翔の胸ぐらを掴み、物凄い力で立たせた。
「あんた! なにしたのよ!」
響き渡る。どよめきの声さえ掻き消すほどに。
「……」
「おい!」
カナは海翔を睨み、海翔は目を反らしている。
「ちょっと、やめてよ!」
葵はカナと海翔を離そう、精一杯の力で2人を押す。
「うるさい!」
その葵を突き飛ばすカナ。
葵はそのまま、机にぶつかりながら倒れていった。
悲鳴が上がる。
「あんただろ! お前だろ! テメェだろ! おい海翔! 海翔、海翔!」
海翔はいまだに沈黙を保ったまま、目を反らしている。
「なにか言えよ!」
海翔は口を開く。
「オレだよ」
一瞬、カナは悲しい顔をした。俯き、唇を強く噛んだ。
「バカヤロウ!」
カナの右手が拳を握り、物凄い早さで海翔の左頬を殴った。
刹那、海翔は宙を飛んだ。長い間、宙を飛んだ。スローモーションのように長い間、宙を飛んだ。
ドサッ。
鈍い音が鳴る。
すかさずカナは、倒れた海翔に馬乗り、海翔の顔を殴る。
「レナちゅんは」
殴る。
「あんたのこと」
殴る。
「好きなのに」
殴る。
「自分より」
殴る。
「葵ちゃんの方が」
殴る。
「あんたが」
殴る。
「幸せになれるって」
殴る。
「思ってんのに」
殴る。
「あんたはなんで、レナちゅんの気持ち、わかってあげられないのよ!」
殴ろうとした。しかし、手首を掴まれ、それはかなわなかった。
「カナ。もういいだろ」
カナの手を掴んだのはダイゴだった。
カナはその場で泣き崩れる。
幾多に絡んでいた、硬い糸が全て切れたように、カナ泣いた。
葵は立ち上がり、海翔に近寄る。
頬は赤く腫れ、鼻や口からは血が出ている。
「そいつ保健室につれてってくれ。オレはコイツどうにかしとくから」
葵は小さく頷いた。
ダイゴは泣きじゃくっているカナを立たせ、手を引いて教室を出ていった。
「いってぇ」
海翔は起き上がる。
「行くよ」
海翔からは葵の表情は見えなかった。ただ、小さく震えているのはわかった。
あぁ、小さく呟いて立ち、葵の肩を借りて保健室に向かった。
教室は静かになった。
誰もがこの場でなにが起こったか理解出来なかった。
教室に残った生徒たちは、立ち尽くし、座ったまま、海翔たちがいた場所をただただ見ていた。