第百三十九小節:麗奈のソロ
翌日の放課後、部活、久しぶりに4人揃った。
しかし、会話はない。
海翔と麗奈は背を向け合い、自分のことばかりやっていた。
「ダイゴ、大丈夫かな?」
ユウヤがダイゴに、2人に聞こえないように聞いた。
「オレに聞くな」
素っ気なく答えた。
「だってさぁ、」
「オレたちが関与していい話じゃない。あいつらの問題だ」
ユウヤは唇を尖らせた。
ユウヤは定位置に戻り適当に弾き始めた。
そのまま、気まずい雰囲気を引きずったまま、数分を過ごした。
「合わせようぜ」
海翔がそう言うと、静かになり、全員定位置につく。
「あれ、文化祭でやるんだろ」
誰も返事をしなかった。
「まぁ、いいけど。取り合えずあれ、やろうぜ」
ダイゴがスティックを叩き合わせる。
8ビートを全員が奏で、まるで元気を与えているような雰囲気だった。
この雰囲気に引かれてか、海翔のファンかわからないが、部室の外に数人の人が集まりだしていた。
麗奈が歌い始める。
特にどうとも言えない、至って普通の歌声。だが、それなのに魅力がある。
歌と掛け合うギター。
まるで機械のように正確に入る掛け合い。
ベースがでしゃばり始めると歌は段々と盛り上げていくように高くなっていき、ドラムも予兆のようなものが入る。
そして、全員で頂点へ。
ドラムはハイハットをオープンにしたまま、ベースはずっと八分音符、ギターは小節ごとに伸ばしていた。
歌は苦しそうだった。
高すぎて、少しかすれていた。顔を歪めながら意地でも歌いきってやるような感じだった。
一番が終わり、ギターのソロが入る。
海翔は違和感を覚えた。
麗奈がソロを自分と一緒に弾いているのだ。
しかも、ほぼ完璧に。
呆気に取られた。
そのまま二番に入る。
同じだ。
一番となんら変わりないクオリティー。
そう。海翔が弾いていないのに、変わらなかった。
麗奈は歌い続ける。
海翔は今まで気づかなかった、チラッと見える麗奈の右腕のテーピング。
それが物語るのは、想像できないほどの努力であろう。
海翔が不在のまま、曲が終わる。
麗奈の上下する肩。
聞こえてくるような呼吸。
廊下から響く黄色い声。
拍手。
「麗奈、すげぇじゃん! いつのまにそんなに上手くなったんだよ?」
海翔は嬉しさのあまり、大声で聞いてしまった。
「海翔がいない時」
麗奈は海翔に背を向けたまま冷淡に答えた。
「頑張ったな」
海翔は近づき麗奈の頭をグシャグシャ撫でた。
それを嫌うように麗奈は海翔を突き飛ばす。
海翔はそのまま後ろに倒れる。
「なにすんだよ!」
「私に触るな」
俯いていた。海翔は麗奈の表情を確認したかった。
「どうしてだよ!」
「その手は、葵ちゃんを撫でる手だろ。その手は、麗奈を撫でる手じゃないんだろ」
低い強迫する声だった。
「べ、別に」
「嘘はやめて! もういいじゃん! 葵ちゃんが好きなんでしょ! 八方美人な態度ムカつくの! 早くフってよ! その方が楽だよ……」
ユウヤは止めに入ろうとした。しかし、ダイゴはそれを許さなかった。
「オレはまだ、」
「いいよ。私に気、使わなくて」
「気なんか使って、」
「平気だよ。見たでしょ。海翔がいなくても、もうちゃんと出来るよ。海翔は葵ちゃんのところにはやく行ってあげなよ。きっと寂しがってるよ」
「だから違うって!」
海翔は立ち上がり、麗奈に近づいていく。
「まだ、どっちが好きかわからないんだ」
「じゃぁ、簡単じゃん。私棄てて」
麗奈の一言で全てが壊れた。
海翔は返す言葉を必死で探した。
「それでいいじゃん。一件落着。終わり終わり。もう時間だから帰るね」
麗奈は目の前にいる海翔を見もしないで、その先にあるケースにギターを入れる。
そしてバックを背負い、ギターを背負い、その部屋から出ていこうとする。
足が止められた。
海翔が麗奈を後ろから抱きついた。
「待ってくれよ」
「やだ、待ったら、私が惨めになるだけだから。海翔には葵ちゃんが似合ってるよ」
麗奈は優しく腕を取り払い、足早に部室から出ていった。
海翔は立ち尽くした。
去っていく麗奈を見ていた。
2人の心にポッかりと大きな穴が開いた。
それのせいか、海翔は知らず知らずのうちに、葵の家のベルを鳴らしていた。