第百三十八小節:車内
放課後になった。
麗奈は完全に上の空だった。
海翔は背伸びをし、カバンを持ち上げて立ち上がった。
そして廊下に向かう。
海翔を追う葵。
2人が見えなくなったところで麗奈は机を強く叩いた。
騒々しかったくらいの話し声が一瞬にして消え去った。
周りは麗奈を見る。
肩を上下に揺らしながら、沈黙の教室に聞こえる呼吸を吸う音。
そんな麗奈を心配の目で見るのはカナだけだった。
海翔と葵は相変わらず校門の前でたむろっているマスコミの間を通り抜け、トンネルの向こうで待っている瀬川の車に乗る。
「今日も無事だったみたいだね」
「いつになったら消えますか? 学校に迷惑っすよ」
「んー。早くいなくなって欲しいならさっさと話すことかな」
「記者会見ですか?」
葵は目をまんまるく開けて聞く。
「記者会見で話すのが早いかもね。でも、その前に聞かせてくれないか」
「何をです?」
「君たちは本当に付き合ってるのかい? 正直に言って」
「はい。付き合ってます」
葵は躊躇することなく答えた。
「好きなのかい。」
「はい」
「海翔くんは?」
沈黙が流れた。
海翔は車内から外を見ていた。流れていく風景を呆然と見ていた。何かがそこにいるかのように。
「好きです」
心がこもっていなかった。瀬川はそれはわかった。葵でさえ。
「生半可な気持ちじゃ許さないよ」
瀬川はバックミラーで2人の顔色を伺った。
「2人の気持ちが本当なら記者会見で付き合っていることを発表しよう。そうでなければ発表しない。いいね。記者会見で発表するまで、個人的に発表しないこと」
葵の顔色が曇る。
葵は海翔の気持ちを知っているかのようだった。
「今日は営業があるからね。海翔くんはどうする?」
「帰ります。宿題もありますし」
そうかと呟いて車を海翔宅に向けた。
その間会話はうまれなかった。
気まずい雰囲気だけが流れている。
「ねぇ、海翔、明日空いてる?」
海翔は相変わらず外を見ていた。
「部活」
「良かったらさぁ、ごはん食べに来ない? お父さんもお母さんもいないからさぁ、寂しいんだ」
「うちに来たらいいじゃん」
「いいじゃん」
「めんどい」
「絶対に来てよ」
海翔はもう答えなかった。
「絶対に来てよ、絶対」
葵は何度も繰り返した。
海翔宅の前に着いた。
海翔は車から降りてなにも言わずに家に入って行った。
車は走り出す。
「瀬川。海翔って」
「知らない。葵が決めることだ」
「ひどい」
「違うよ。君はもう大人だろ。そのくらい自分で決めるんだ」
「まだ大人じゃないよ」
「いや、大人だ」
「わかったよ」
葵はふてくしたように海翔とは逆側の外を見た。
その先に、やはり誰かいるのだろう。
葵、麗奈、お互いがお互いを意識し合い、お互いが自分に自信がなかった。
海翔は机の上に指輪を置いた。
そしてため息を吐いた。
机の上にある、クリスマスライブの時にカナが撮った、【ペインツ】と【グランドマイン】が写っている写真が入っている写真立てを見た。
海翔の隣の麗奈。笑顔だった。そして海翔も。
「オレは……」
迷いって深いですね。