第百三十四小節:諦める
☆Spring concert☆も終わったことですし、やんわりと……
月曜日、麗奈はいつも通り、起きて着替えて歯を磨いて、髪をとかして家に鍵をかけて学校に向かう。
低血圧なのか、睡眠時間が3時間だからなのかわからないが、半分寝ていながら歩いていた。
おぼつかない足取りでいつもの電車に乗り、いつも通り立ったまま寝る。
最寄り駅に着くと、条件反射的に足が動き、トボトボと海翔が待つ、木の下に向かう。
「よう。」
海翔は麗奈を見つけ次第声をかけ、近寄り、手を取って走る。
麗奈は握られている手に、何か違和感を感じた。
「たまには早く来なさいよ!」
葵が走りながらそう怒鳴る。
麗奈の意識はすでに宙を浮いていた。
「まったく。」
走る。
走る。
いつも通り、ギリギリに着き、少し余裕を持って教室に向かった。
校内を歩いていると、周りがざわざわしているのに、麗奈でさえ気付いた。
教室に入るとなおさらだった。
「なに? どうしたの?」
異様な感覚に麗奈は覚醒した。
「知らねぇよ。」
3人は各々自席に着く。
そして、朝のHR。
HRが終わり、授業が始まった。
授業の合間合間に、海翔に視線を向ける輩がたくさんいる。
海翔自身は完全に机に突っ伏している。
カナでさえ、心配そうな顔をして3人の方を向いている。
そのまま時間だけが過ぎていった。
昼休み、
「ねぇ、レナちゅん。
ちょっといい?」
少し荒々しい口調に麗奈は片眉を上げた。
「いいけど、なに?」
「ちょっと来てくれる?」
カナは先を急ぐかのように廊下に出ていった。
明らかにおかしなカナ。
疑問を抱いたまま、麗奈はカナを追いかけるために、取り合えず立った。
するとどうだ。
クラス全員の視線を集めてしまった。
立っただけなのに。
少し怖くなって、逃げるようにしてカナを追いかけた。
2人が向かったのは屋上だった。
相変わらず誰もいないこの空間は、誰かに聞かれる心配がない空間、相談事がしやすい空間である。
「レナちゅん。落ち着いて聞いてよ。」
そういうカナが落ち着いていなかった。
「なによ。余計気になってくるじゃない。」
風が2人の髪をもてあそぶ。
カナは携帯を取り出して、キーを押している。
そして、その画面を麗奈に見せつけた。
「知ってるでしょ。」
「知るわけ……ないじゃない……。」
見たとたん、麗奈の体は震え始め出た言葉はか細く今にも消えてしまいそうであった。
「ホントなの?」
「知らない。でもどこのニュースでも引っ張りだこだよ。」
「指輪、」
「落ち着いて。まだ、そうと決まった訳じゃないから。」
麗奈は小さく頷くが、否定できる要素は全くなかった。
『胡桃☆Spring concert☆でのギタリストと熱愛か』
その見出しと共に、2つ白銀に光る指輪が1つの画面に撮されていた。
それが意味することは、
「違うかな?」
麗奈はそう呟く。
「違うに決まってんじゃん。」
カナは必死にそう唱える。
「カナ、知ってる?
今日、2人とも指輪してるよ。」
「え!」
麗奈はもはや限界に近いようだった。
しかし、カナが慰められる訳もなく、ただこの突きつけられた実情の全てを受けとめてしまっていた。
麗奈は音もなく涙を流す。
「やっぱり、諦めた方がいいんだよ。」
麗奈は自分自身の喉元を鋭い刃物で刺すような言葉を吐いた。
「まだ平気、」
「しょせんまだなんでしょ。」
「平気だって!」
「ムリだよ。だって、私といるとき、もう絶対に目合わせてくれないもん! 私なんか、見てくれてないもん。」
「海翔はちゃんとレナちゅん見てるって! そんなに過剰に受けとめなくても、」
「過剰じゃないよ。
2人、中学の友だちだったんだよ。2人で路上ライブやってたら、デビューしたんだよ。2人だけで舞台やったんでしょ。
私とだったらムリだったに決まってる。海翔だって私と音楽するより、葵とやったほうが楽しいに決まってる。
私より葵の方が可愛いし、社交的だし、家も裕福だし。
私と一緒になるより、葵と一緒になったほうが、絶対に幸せだもん。」
カナは返す言葉を失ってしまった。
「だから、諦める。」
カナに見せた、精一杯の強がり笑顔の目からは、涙が溢れていた。
……。