第百三十小節:我慢
なにか我慢している事はありませんか?
小村は、何をすることもなく、ブラックのコーヒーを飲んでいた。
タバコをひとつとりだし、口にくわえ、ライターを手に取った瞬間だった。
「おい!小村!」
なぜかよく聞くムカクツ男の叫び声が耳を突いた。
小村が扉の方に目をやると、女を背負った男がゆっくりと入り込んできていた。
「おい、どうした?
取り合えずそこに寝かせろ。」
小村は扉に一番近いベットを指差した。
男はそこに女を寝かせた。
女は顔をしかめて、腹部の上の方を押さえながら、手足をばつかせ、唸っていた。
「レナちゅん!」
「海翔、麗奈ちゃんは?」
小村はため息を吐いて、
「うるせぇ。診察出来ないだろうが。」
小さく叱咤した。
「ごめんなさい。」
「すいません。」
「まぁ、丁度いいから、どっちか、服あげて、」
カナがすぐに反応し、麗奈に近づき、Yシャツを胸のした辺りまであげる。
小村は聴診器で腹部を数ヶ所調べる。
「おい、意識あんだろ。
触るから痛かったら叫べ。」
小村は聴診器を外し、調べた辺りを押す。
最後に水落を押す。
「ギィー!」
小村はすぐに押すのを止めた。
「あぁ、ここね。
倒れるほど痛い?
そうか、そうか。」
小村は立ち上がり、自分の机に行き、棚からビンを持ってきて中から1錠の薬を取りだし、麗奈の口の中に放り込む。
「なめて飲め。
痛みは引くはずだ。」
麗奈の喉がゴクンと鳴った。
するとばたついていた手足は動かなくなり、顔も安堵をついたように笑顔になった。
息は荒い。
「おい、テメェら。
もう授業始まるぞ。
コイツ休ましとくからお前ら行け。」
「海翔、行こう。」
「あ、あぁ。」
海翔と、転入生の葵はすぐに出ていった。
「お前もだ。」
「あたしはサボります。」
小村は深いため息を吐く。
「悪いが、コイツに聞きたいことがあるんだ。
お前にも聞かれたくないことなんだよ。」
カナはうつむいた。
「後でコイツに聞いてくれ。」
カナはそのまま頷いた。
「すまんな。」
カナは名残惜しそうに立ち上がり、出ていった。
小村は再び、麗奈を見る。
「胃が荒れてる。
刺激物でも食ったか?」
「食べてない。」
「酒は?」
「私じゃ買えないし。」
「それもそうか。
簡単にストレスだな。」
「ストレス。」
「なにかあったか?」
麗奈は口ごもった。
「まだ、新学期が始まったばっかりだ。
確かお前と海翔はクラス一緒だったな。
じゃぁ、理由は部活関係か?
それとも、あの転入生か?」
麗奈は口を閉じ、小村が座っている方と反対の方を見た。
「答えたくないなら別に構わないが、溜め込むのは良くないぞ。
お前、いい友だちいるだろ。」
「カナに話したら、大変なことになる。」
「ん?」
「シナに話したらカナに行く。
ユウヤに話したらシナに行く。
ダイゴに話したら、カナに行く。」
小村はただ麗奈をじっと見た。
「私が我慢すれば良いことだから。
私が我慢すれば良いことだから。」
まるで自分に言い聞かせているような言葉だった。
「そうか。オレにも言えないのか?」
麗奈は頭を縦に振った。
「なら聞かねぇが。」
小村は立ち上がり冷えたコーヒーが入ったカップを手に取った。
「それはお前らしくないんじゃないか?
お前はもっと自分本意で、わがままで、ホントはさみしがり屋だ。
なに全部殺して、そんなになるまで我慢してんだ。
お前、何日目だ?
もっと素直になれ。
子どもならもっと欲張れ。」
コーヒーを飲む。
「我慢することが大人になることじゃねぇよ。」
麗奈の目から知らない間に涙が流れていた。
あなたが我慢しているなら、少しは麗奈みたくいい放ってみたらどうですか(笑)