第百二十八小節:離れているだけ
放課後、部室にいるのは3人だけだった。
ダイゴは1人真剣に練習をし、ユウヤは相変わらず適当に練習している。
そして、麗奈は窓際でイスに座りながら、ただ外を見ているだけであった。
海翔はいない。
理由はいたって簡単だ。
コンサートの練習。
麗奈は仕方がない事であると知っている。
だから、静かにあそこにいるのだ。
麗奈の眺めている風景は、青い空と白い雲をバックに、太陽の光でその花を鮮やかに光らせている桜の木であった。
トントン、
部室の扉を叩く音がし、3人はそっちを向く。
「練習いいですか?」
由梨であった。
「いいぞ。海翔はいないがな。」
ダイゴがそう言う。
「え?どうしてですか?」
溜め息を吐く麗奈。
「忙しいのよ。モテるから。」
麗奈が嫌みっぽく言う。
「まさかデートですか?」
「違うわよ!
どこかのだれかさんのコンサートのお仕事が入ったの。」
「へぇ、そうなんですか。」
由梨は麗奈の近くに座り、予備のギターを持つ。
「じゃぁ、麗奈先輩、教えて下さい。」
「しょ、しょうがないわね。
今何やってんだっけ?」
「あ、これです。」
確り教えている麗奈を見てダイゴは安心した。
海翔がいなくても、ちゃんと出来るという事がわかったからだ。
そういえば、海翔は現在、胡桃のバンドと合わせていた。
【ペインツ】や【グランドマイン】とやっていた時より明らかに上手いし楽しい。
「君、上手だね。」
「ありがとうございます。」
「でもまだまだって感じかな?
左手大丈夫か?」
「まだ大丈夫っす。」
「あんまり無理するんじゃないぜ。」
「ういっす。」
「よし、クルミちゃんそろそろ来るから少し休憩。
ギターの少年、手当てしてやるから来い。」
海翔はベースの方に、左手をテーピングしてもらった。
「すみません。」
「いや、いいって事よ。
未来のスターをここで潰したくないからな。」
海翔は軽く笑った。
「クルミちゃん入りました!」
「よろしくお願いします!」
「よろしく!」
全員は円に位置取り、楽器を構えた。
「海翔、よろしくね。」
「あぁ。」
スティックがリズムを鳴らす。
そして海翔がアーフタクトど入り、胡桃らしい、明るい曲が始まった。
海翔は胡桃の息づかいを見ながら、オブリガードを奏で、それを支えるベースとドラム。
曲によってはストリングス隊が入ったり、シンセサイザーが入ったりした。
そのまま、たった1曲だけ残して全てを軽く演奏しきった。
「お疲れさまです!
本番もよろしくお願いします!」
「本番は、12時に現地に来てください。
お昼はあります。」
瀬川がいつの間にかいて、最後にそう言った。
「お疲れさまでした。
本番もよろしくお願いします。」
海翔以外の人は片付け、帰っていった。
「海翔くん。最後だ。」
「やっぱりっすか。」
「当たり前だ。ぶっつけ本番じゃ怖いだろ。リハもあまり出来ないんだぞ。」
「ういっす。」
海翔は部屋の隅にある黒いギターケースに近寄り、それを出して、持っているギターを適当な場所に置いた。
そして、適当な場所に座る。
「始めるぞ。」
「うん。」
胡桃は息を吸った。
デビュー曲のフルバージョンの始まりだった。
フルバージョン…どんなものなんでしょうか?