第百二十三小節:アコースティックギター
編入してきた葵の回りには男女問わずたくさんのクラスメイトが集まっていた。
「ホントにあの胡桃ちゃん?」
「うん。そうだよ。」
「趣味は?」
「やっぱ、歌いながら踊ることかな。」
それを面白くなさそうに見ていた麗奈。
「お姫さまが、突然現れた本当の歌姫に撃沈。」
「うるさいわね海翔。」
今葵の回りにいないのは2人だけだ。
「芸能界って厳しいんでしょ?」
「厳しいけどみなさん優しいし、楽しいよ。」
「好きな食べ物は?」
「チョコかな。」
可愛いと言う女性陣の声が響く。
麗奈のイライラが頂点に達しそうになっていた。
「ちょっと行ってくる。」
「おい、やめとけ。」
「いやよ。」
麗奈は立ち上がり、葵を囲むやつらどもの間を掻き分けながら、お目当ての顔を見つける。
「あ、確か麗奈さん。」
「覚えていただいて光栄ですわ。葵さん。」
「こちらこそ、そちらから来ていただけないようでしたのでこちらから出向こうかと。」
「それは失礼しましたわ。」
「あ、そうだ。」
葵が突然立ち上がる。
「麗奈さん。挨拶として、1曲歌わせていただけませんか?」
回りのやからは、まじかよ、生だぜ、などが呟かれ、それが拍手に変わっていく。
「しょ、しょうがないわね。
1曲だけよ。」
「なんという幸せ。
ありがとうございます。」
何度見ても綺麗な笑顔だった。
麗奈でさえ何も言い返せなくなるほど。
葵の通る道が開き、教壇の上に上がる。
「歌だけだとなんなんで、海翔、手伝って。」
全ての生徒の視線が海翔に集まった。
「は!?オレ!?」
海翔は自分を指差しながら言う。
「うん。
あれだからさ。」
「今日ギターねぇし。」
「私がアコギ持ってきてる。
お願い!」
両手を、パンっ、と合わせ片目をつむった。
「わかったよ。」
「ありがとう!」
本当に嬉しそうな顔をする。
海翔はダルそうに自分のイスを教壇の上に持っていく。
その間、葵はいつ用意したのか、自分の机の近くからギターの形をした黒いハードケースをとり、急いで教壇に戻る。
「はい。」
黒いハードケースを海翔に手渡す。
海翔はそれを受けとって床に置き、開ける。
その状態で固まった。
「まだ持ってたのか、これ。」
「海翔との思い出。
捨てられるわけないじゃん。」
海翔は柄を持ちそのアコースティックギターを取り出す。
至って普通のアコギ。
その裏側を海翔はまじまじと眺めた。
「2人で武道館、か。」
海翔はイスに座り、右足を左足に乗せ、ギターをかまえる。
一度じゃらんと弾く。
「大事に使ってくれてんだな。
ありがとう。」
「ううん。始めよう。」
「あぁ。アレだな。」
「うん。私と海翔のデビュー曲。」
全員が今か今かと待っているなか、海翔は深呼吸をして、目をつむった。
それを見て、葵も目をつむる。
刹那、海翔のG7のコードのアルペジョ。
G7、C、Em、B7、Am、D、G7
流れるように奏でられるdurのコード。
明るい和音にゆっくりなテンポ、なぜか漂う哀愁に、聞いている方は、不思議な世界に入った感覚だった。
「このままずっと一緒に
いる未来の私たち
あの太陽のように
綺麗だった日々を」
葵が歌い始める。
耳を澄まさなければ聞こえないほど小さく。
「暑い日も寒い日も
おんなじ部屋で
笑い合ったりケンカしたり
幼かった2人」
段々と大きくなり始め、音域も高くなってきた。
「手を太陽に向けて
透かしてみたの変でしょ
この手にあなたの手が乗り
変じゃないよと呟くあなた」
海翔と葵はクレッシェンドを全快までかける。
教室がビリビリと葵の声に共鳴する。
「毎日一緒に
いるのに不思議ね
1日1日の日々が
新鮮なの
左手の薬指
2人で見せ合う
白銀に光る指輪
好きですの言葉」
また海翔がコードのアルペジョをしながら、曲を終らせた。
拍手がまき起こった。
クラスメイトだけではなく、他のクラスからも大勢が聞きに来ていた。
「ありがとう。」
海翔はため息をついた。
アコギをケースにしまい、麗奈を探した。
その場には既にいなかった。
アコギの裏に何が書いてあるのでしょう…