第百十八小節:バレンタイン
とうとう3学期が始まった。
と言っても特になにかあった訳じゃなく、寒い平凡な日常が流れていた。
しかし、その日は違った。
男子は躍起になって周りの女子に目線を送っている。
甘い甘いそれを受けとるために。
そうバレンタインデー。
男子の価値が決まる日。
今日になると海翔たちのクラスには女子たちが我先にと押し寄せていた。
「海翔くんいる?」
一番始めに着いた1人の女子がそう言う。
たまたま近くにいたカナは、笑って、
「まだ来てないっすよ。
まだ、8時じゃないですか。」
そう言った瞬間、えぇと言う声が飛び交う。
そして残念がる感じでさっきまでの黄色い叫び声が消えてなくなった。
「まだ駅であの子待ってますよ。」
カナは小さな声でそう言った。
そう、まだ朝。
海翔はいつものようにギリギリに来る麗奈を待っていたのだ。
「ったく。さみぃから早く来いよ。」
海翔はいつもの木の下で体を震わせながら麗奈を待っていた。
いつも麗奈が乗って来る電車が来た。
遅刻班がぞろぞろ降りてくるなか、まだ寝ぼけてる麗奈を発見し、急いで駆け寄り、手をつかむ。
「あ、おはよー。」
「寝ぼけてねぇで、さっさと行くぞ。」
「なー。」
麗奈を引きずりながら、後10分で学校に着くために走る。
慣れなのか、体力がついたのか、走りが速くなったのか、8分で着けるようになった。
「あら、ちょっと余裕があるじゃない。」
薫が腕時計を見ながら、海翔に近づいていく。
「ま、遅刻ギリギリには違いないけどね。」
「ありがとうございます。」
海翔はクラスに向かおうとした。
「あ、海翔くん。
はい、ハッピーバレンタイン。」
薫が包み紙を差し出す。
「あ、ありがとうございます。」
「6人分に分けてあるから、みんなにあげてね。
中身自作のクッキーだから。
美味しいわよ。」
「自分でハードルあげましたね。」
「あら、ハードルにもならないわよ。
ほら、速くいかないと遅刻するわよ。」
「うわ!やば!
ありがとうございます!」
海翔はまた麗奈を引きずりって走っていった。
「あ。
気を付けなさいって言うの忘れてたわ。
ま、いっか。」
海翔は廊下を歩いているときに、何か殺気のような視線が複数感じとれ、寒気を感じた。
そのまま、海翔は教室に入り、朝のHRをダルく聞き流した。
そのあと、カナの所に行き、
「これ、薫先輩から。
みんなにって。」
「あ、申し訳ないっす。」
カナはそれを両手で受け取った。
「みんなに渡しといて。
ダイゴに渡しとくけど、あの2人には近寄りがたいって言うか、」
「あたしだってそうだよ。
ま、渡しとくよ。」
そこでチャイムが鳴り、授業が始まった。
そのままなにもなく昼休み。
いつも通りに机を6つ繋げて、食べ始めていた。
麗奈はシナの卵焼きを奪い、シナは自分の作った愛妻弁当をユウヤと一緒に食べていた。
海翔は相変わらずコッペパン。
それは急な出来事だった。
「海翔くんいますか?」
その声が聞こえた瞬間カナは机から離れた。
「いるけどなに?」
「きゃー!」
「うわ!」
海翔の周りに、何人いるかわからないほどの女子が包み紙やラッピングされた箱を海翔に差し向けていた。
「海翔様!
受け取ってください!」
「海翔様!
私のはトリュフです!」
「海翔様!
3日かけて作りました!」
などなでの声が黄色い声と共に飛び交う。
「さすが人気あるねぇ。」
カナは箸を加えてニヤリと笑った。
他の4人は何があったかわからなかった。
「なにがあったんだ?」
「僕にもわからない。」
「なによ。あんなに目をハートにしちゃって。」
「ははは、凄いですね。」
その場が収まるまでなにもできなかった。
静まり返った海翔の周りには無数の手作りチョコが溢れていた。
6人は席に戻りご飯を再び食べ始めた。
「なんでそんなに貰ってんのよ。」
「いや、完全な置いてった感じだろこれ。」
海翔はため息をついた。
「そんだけ貰えばもういらないわよね。」
「いらないって?」
「私、お手洗い行ってくる。」
麗奈は無造作に立ち上がり、ドカドカと教室を出ていった。
「なに怒ってんだよ。」
海翔はコッペパンを食べきった。
麗奈が戻って来たのは授業が始まる直前だった。
そのあと、残りの2時間を終えて、下校する。
「あ、海翔、これ、あたしから。」
「私からも。義理ですけど。」
海翔は持ちきれないチョコたちを袋詰めしている所に2人が渡してきた。
「嫌みか?」
「いいや。
素直な気持ち。」
「お前が言うと気持ち悪いな。」
「悪かったわね。」
全てのチョコを入れ終わる。
「あれ?麗奈は?」
「いませんね。」
「帰ったんじゃん。」
「まだ終わったばっかだから間に合うかな。
じゃぁな。」
海翔はサンタのように袋を担いで走っていく。
うまい具合に麗奈に追い付いた。
「おい麗奈!」
そう言うと麗奈は走り出した。
「おい、待てよ!」
さすがに海翔には勝てずに捕まってしまう麗奈。
「どうしたんだよ!」
海翔が麗奈を見た瞬間だった。
海翔は驚いた。
泣いていたのだ。
「うるさいわね!
余計なお世話よ!
バーカ!」
その場から逃げ出そうとする麗奈をしっかりと捕まえた。
「どうしたんだよ。」
麗奈は海翔の目を真っ直ぐ見た。
「甘いものが食べたい。」
海翔は意味がわからなかった。
が麗奈はすぐに自分のカバンから箱を取りだし、綺麗にラッピングしていた包み紙を破き、箱を開け、中に入っていた不格好なチョコを食べる。
やきになって全て食べようとした。
最後の1個を海翔に取られて食べられてしまった。
「あ、ウマイじゃん。
もっとないの?」
「あんたの背中に一杯……
一杯あるじゃない!!」
麗奈は海翔の手から抜け出て走り出してしまった。
「ったく。
こんなのより、お前のが食いたいに決まってんだろうが。」
海翔は道路に転がっている石を蹴って、ゆっくりと歩き出した。
私もチョコ食べたいです。
なんてのんきな状態ではないですね。
ちなみに、少量ながらダイゴとユウヤもファンから貰ってますよ。
ユウヤは本命のチョコが気になりますが(笑)