第百十四小節:大晦日
師走の季節はやはり早く、いつの間にか31日であった。
海翔の家でも大掃除が始まっていた。
海翔はせせっと自部屋を掃除し、ギターの弦を変えたり、布で綺麗に拭いたりしていた。
そうやってせっせと働いている親たちとうって変わって、リラックスムードが部屋に流れていた。
その部屋の扉を誰かが叩く。
「あ?」
海翔は怠けた声を上げる。
「お兄ちゃん手伝ってよ!」
海翔の妹である美弥であろう声が飛んできた。
「今手が離せない。」
と言うと美弥が扉を開け、顔を出した。
「ムダにウソついてないで手伝ってよ。
ウチじゃ運べないの。」
色々と入った段ボールを抱えている美弥を見て、海翔はため息をつきながら立ち上がり、
「おら、なに運べばいいんだ?」
ゆっくりと美弥の所に向かっていった。
一方麗奈は、1人で大きな家をしっかりと掃除していた。
掃除していたが、なにか物足りない感じがあった。
誰もいない家でただひたすらに綺麗にしているだけだった。
海翔に戻り、海翔は母に高いところの掃除を任されていた。
めんどくさいと言いながら、淡々と手を動かしていた。
「母さん、終わったぞ。」
「あ、ありがとう。
もうやることないから、美弥手伝ってあげて。
まだ終わってなさそうだから。」
台所から飛んできた声にヘイヘイと呟きながら2階に上がっていった。
その途中、美味しそうな匂いが鼻をおおった。
明日食べるおせちだろう。
なんやかんや考えていたら海翔の目の前に大きな荷物があり、それが彼に襲いかかっていた。
「どーいーてー!」
「どけるか!」
海翔は階段を転げ落ちた。
「いったぁ!」
「どかないお兄ちゃんが悪い。」
海翔は舌打ちをした。
そのまま時間が過ぎていった。
もう日が落ちて暗くなっていた。
海翔の家族は全員集合していてテレビを見ながら海翔と父はビールを飲んでいた。
「あいつなにやってっかな。」
海翔がそう呟く。
「どうした?彼女のことか?」
「ちげぇよ。
ちょっと電話してくる。
あ、年越しそば1個多く頼んどいて。」
海翔は2階の自部屋に行き、携帯で麗奈に電話をした。
「もしもし、」
「おう。
なにしてる?」
「なにって、寝ようとしてる。」
「じゃぁちょうどいいや。
いますぐ家来い。
着替え持ってこいよ。」
海翔は電話を切った。
そして、1階に行き、またテレビを見始めた。
ピンポン。
「はぁい!」
母が玄関に向かっていった。
「あら、」
「海翔に呼ばれてきました。
お邪魔します。」
麗奈が小さなカバンを背負ってリビングに来た。
「お邪魔します。」
「海翔、彼女か?」
「ちげぇっつうの。
いきなり呼んで悪いな。
年越しそば多く頼んじゃったから一緒に食おうや。」
ピンポン。
「末廣です!」
「はぁい!」
再び母が玄関に向かっていった。
「噂をすればなんとやらだ。
ほら、座れよ。」
麗奈は大人しく椅子に座る。
「はい、年越しそば。」
5人の前にそばが並べられた。
「さぁ、いただきましょう。」
「いただきます!」
父が割り箸を割り、豪快に食べ始める。
それに続いて、海翔、美弥、母も箸を進める。
「おい麗奈、食えよ。」
「でも、」
「いいのよ。
多く頼んじゃったから遠慮しなくていいのよ。
ね、海翔。」
「あぁ。」
「じゃぁ、」
麗奈は割り箸を割り、一口口に運ぶ。
そばをすする音と共に、すすり泣くような音が聞こえた。
「どうした!?」
海翔は動揺した。
「ぐすん。
違うの。
みんなで食べるそばって、こんなに、美味しい、ぐすん。」
父は笑った。
「あぁ、美味しいだろ!
なんならいつでも来い!
いつでも大歓迎だ!
がははは!」
「おやじ、飲みすぎだろ。」
麗奈は涙を目頭に溜めて、笑っていた。
そのあと、年が開けるまで、色々と話し込んでいた。
紅白歌合戦で、胡桃が出ているのを見た。
麗奈は久しぶりに家族の暖かさに触れたのだ。