第百五小節:また聞いちゃった
「小村先生。
ちゃんと来てくださいね。」
小村は振り返って、出したお茶を飲んでいる薫を見た。
そして回る椅子で薫の方に体を向ける。
「来いったってなぁ、急患が来て忙しいかもしれないしなぁ。」
薫は口を手で隠し、クスクスと笑う。
「ご冗談がお上手で。
頼めば絶対に来てくださるじゃないですか。」
小村は頭を掻きながら椅子を回し、机に体を向ける。
「そうだったかなぁ。
忘れたなぁ。」
「そうですか。
私の最後の晴れ舞台、ちゃんと来てくださいね。
来てくださらないと、一生口聞きませんから。」
薫は立ち上がる。
「お前、確か国笠音大が第1希望だったか?」
薫はコップを流しに入れ、水で浸す。
「はい。」
「そうか。」
小村は溜め息をついた。
「それでは、お邪魔しました。」
「最後に、お前ねピアノ、聞いてみたいなぁ。
どうせ、この学校から離れられないんだ。
一度くらい聞かせてくれ。」
「考えて、おきます。」
薫の顔が少しだけ崩れ、その状態で出ていってしまった。
「あいつ、まだ2年なのになぁ。」
手元にあったコップを取ってお茶を飲もうとしたが、倒してしまって、白衣を濡らしてしまった。
「あぁあ、やっちまったよ。
ったく、めんどくせぇなぁ。
なぁ、カナ。」
シーツで囲まれたベットから顔を出すカナ。
「はい。
聞いちゃいけないことを…」
「お前、なんかこんな運があるよな。
前もなんか聞いちゃった事件あったよな。」
カナはシーツの中から出てきて小村に近づきながら、
「ありました。」
しげしげと呟く。
「みんなに、麗奈たちに言わない方がいいですよね。」
小村は白衣を脱ぎ、別の白衣に着替えた。
「あ?
むしろ言った方がいいんじゃね。
薫にバレないように。」
カナは小村の言っている意味がわからなかった。
「また前みたいに、」
「今回はならねぇ。
いいから広めてこい。」
カナはそのまま保健室を出された。
そして溜め息をつく。
「まだ寝てたかったのに。」
しょうがなく、教室に戻るのでした。