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12.夜会(セナ王子視点)

 連日何処かの貴族の家で開かれる夜会、その全てに王族が足を運ぶ事は無い。

 王族がプライベートな夜会の場に出席する時は夜会の主催者かその家の者が国に多大な貢献をした時、あるいは王家がこの家はこの国を取り仕切る五大貴族であると暗黙に訴える時だけだ。

 滅多にプライベートな宴に現れない俺に取り入ろうと次から次へと中流貴族達が群がり夜会デビューした貴族令息や令嬢を思惑まみれの初老達に紹介される。


 俺は小一時間程度それに付き合いグレアムに目配せした。グレアムは直ぐにそれに気付くと失礼、と執事の礼を取り側へよる。


「殿下、ユリアナ嬢よりリードコールがございました。そろそろいつものお時間にございます」


「ああ、もうそんな時間か、いつもは私からなのだが、待ちきれなかったようだ、すまない。婚約者におやすみを言わねばならないので失礼」


 そう言って俺が人気のないガーデンテラスへ歩み出すと俺を中心に囲んでいた人混みはゆっくりと開き俺達に道を開けた。


 背後から聴こえる声に耳を傾ける…。


『愛ある完璧なお二人、素敵ですわ〜』


『あんな美人なのにおやすみコールを待っているとは、なんと可愛いらしい婚約者だ、殿下が羨ましい』


『これでこの国は安泰だ。早く結婚パレードが見たいものだな』


 そんな言葉を聴きながら俺はガーデンテラスの暗闇に紛れて声無く笑った。


「こっちの噂もどんどん流してくれ…」


「殿下、心の声がまた漏れてますよ…いいのですか?ユリアナ嬢の許可なくこんな妄想(はったり)をふれまわって」


「問題ない、親密に見せる為だからな」


「…そうやって外堀から埋めていってその気にさせる。あるいは…ほかの子息への牽制ですか?」


「どっちも出来たら最高だよな」


 人混みを避けガーデンテラスでグレアムと二人

 だけになり外から夜会場の様子を窺う。


 ルアザ公爵は今宵は五大貴族の主人がいないので中流貴族の輪に囲まれて談笑している。


 貴族令息達は訪れている貴族令嬢を遠目に値踏みしたり積極的に口説いている者もいる。


 ご夫人方の輪の中心にエリノア夫人と王妃がいるのを観てーー(母上…お疲れ様です…)と心の中でつぶやく。


「…目的は達成しましたので、しばらくしたら

 救済に参りましょうか?お二人が先に帰られても問題は無いかと」


 グレアムが俺が言わんとする事を先に察してそう述べる。俺はそうだな、とだけ答えた。


 今宵は常にエリノア夫人に寄り添い仲の良い様子をアピールする王妃だが、実の所二人はプライベートでは反りが合わず仲が良いとは言い難い。

 だが、王家とルアザ公爵家とは政治的には切っても切れない仲である為どうしたって二人は関わらなければならない。

 二人とも分別のついた大人で自分の役割とどう振る舞うべきかを理解しているので表には出さない。普段はユリアナの母であるシンフォニア公爵夫人やグレアムの母でもあるロイゼン公爵夫人達が共にいるのでうまく中和されているのだが、二人きりで下位の貴族やご婦人の相手をするのはお互いストレスなようだ。


 そんな2人の様子を遠目に、俺は数時間前の王妃の事を思い出していた。



 ***


「ああ、本当に行きたくない…」


 母上がルアザ公爵家への移動中の車内でものすごく荒んだ瞳でこちらを見る。


「エリノアに個人的に借りを作る事は避けてきたというのに、息子を通して借りが出来てしまうだなんて…、可愛いユリアナの為でなければ今頃国外へ逃げ隠れてる所だわ」


「…可愛い息子の為では無いのですね」


 俺が苦笑混じりに微笑んで問いかけると

 ハッと短くため息をつかれてしまった。


「あなただけの問題ならば、放っておいたわ。

 次代の王になる息子をこの程度一人で解決出来ないような器に育てて無いもの。

 でも、今回は別。ユリアナが関わっている以上、私はあの子の為になら助力を惜しまないわ。

 わたくしの任を、この国の母となる重責を我が息子と婚姻する事によって担わなければならないあの子の為ならばね。」


「…息子には手厳しいのに、嫁には甘々なのですね、おっと。まだ婚約者か」


「…油断して横から奪われないようにしなさいな、あの子以外はわたくしが認めません」


「わかってますよ、父上がユリアナを気に入ってるのは知ってましたが、母上もここまでとは知りませんでした」



「ふふっ…はじめてあの子にあった時はまだ七歳ほどだったのだけど、もうあの頃から目をつけていたのよ、あの歳であの風格は…まるでこの子が次代の王妃になりますよ、と神様が目印をつけているようだったわ」


 当時を思い出してクスクスと笑う母上をみてユリアナはいったいどんな七歳だったのかと気になったが、ゆっくり聞いている暇も無くルアザ公爵領についてしまった。




 ***



「…神様の目印ね…気になるな」


「殿下…、前見えてますか?」


 グレアムの言葉に俯き気味だった顔を上げるとエリノア夫人がすぐ側まで歩み寄っていた。俺は体勢を整え急いで笑顔を取り繕う。


「これはエリノア夫人、よい夜ですね。今宵はいつにも増してお美しい。赤のドレスをこれ程までに美しく着こなせるご夫人はあなた以外いないでしょう。月見に出てみましたが、赤薔薇の淑女を月下の元で見られるとは今宵の私はじつに運が良い」


「あら、お上手だ事。すっかり紳士のお振舞いが様になってきましたわね」


 エリノア夫人は妖艶な笑みを見せたかと思えばスッと口元を扇子で隠し女狐の様にキリリとした眼だけをこちらへ向ける。


 笑っているような、それでいて此方の出方を待っているような…


「……」


「……」


「コホン。…失礼致しました。」


 一瞬睨み合いの様になってしまった空気を気遣ってか、近くで待機状態であったグレアムが咳払いを入れた。それに俺だけで無くエリノア夫人も気がついて二人してグレアムに視線を移す。


「……どうぞ、私めの事はお気になさらず。

 私は今宵は殿下の影ですので。ここには無いに等しい存在に御座いますゆえ」


「殿下の影は随分と饒舌です事。

 でも、そうですわね、影の前でどんな話をしようと外に漏れる事は御座いませんわね。」


「もちろんです。それにこのような薄暗闇の中、従者も無しに男女が二人きりでいるなどよろしく無いですからね。」


「ホホホ、嫌味かしら?こんな年増とウワサになど間違ってもなりたく無いと?」


「とんでもない。貴方のご主人、ルアザ公爵に嫉妬で刺されたくは無いだけですよ。

 それに私も大切な婚約者をでっち上げのゴシップで傷つけたくは無いですから」



 俺とエリノア夫人は笑顔なのだが、

 俺たちの間にはバチバチと牽制の火花が散っているようにみえる。

 そんな中でもグレアムは安定のポーカーフェイスで俺達の視界の隅に待機している。

(本当に影に徹する気なのな…)



「その大切な婚約者様の手綱はきちんと殿下が握っておいでですの?わたくしには、どうも殿下のほうがユリアナ様に手綱を握られているようにお見受けできますわ」


 グレアムがガーデンテラスの出入り口の前に待機している事で他者からの流言の危険が無いとみたのだろう。エリノア夫人は開き直る様に言葉を選ぶ事をやめた物言いで挑んできた。

 俺としてもそのほうがわかりやすくて都合が良い。こちらも同じように正直になれるというものだ。



「貴方がみてそう思うのならばそうなのでしょう。私は彼女の我儘なら全て叶えてやりたいと思うほどには彼女に夢中なので、婚約者に利用されるなら本望だ。」


「驚いた。とんだ開き直りですわね。

 殿下とユリアナ嬢は政略的な関係であったとばかり認識してましたわ。それが、政略どころか溺愛だなんて、今回はまったくの想定外でしたわ。ええ、本当に…聖女アリスが逃げ出したのまでは想定出来ましたのに」


 なんと、そこは想定内であったのか…

 確かに彼女程の器量があれば人心掌握はお手の物。一度檻から逃して慈悲をかける形で自分に従順になるように手懐ける予定であったのか…まあ、この人に限って失敗なんて末路は無いのだから、全て掌での事だったはずが、彼女が逃げた先がユリアナの元であった上に、ユリアナが俺を頼るなんて思っては無かった…そこだけが唯一この人の想定外だったのだろう…。



「貴方の計画を無駄にしてしまい。

 さらにこのような栄誉を横取りする形になってしまった事は申し訳なかった」


「…それは良いのです。私が気にしているのは、あの子の事ですわ…」


「はっ?」


「ユリアナ様は人に厳しくなれるお人柄ではございません。ガヴァネスとは時に憎まれ役になろうとも相手の益になるように振る舞わなければならないものなのです。ましてや友人関係で期間も少ないのです。うまくいかずにあの子がフィリーネ国にレスティア王太子妃は不出来な妃だと軽んじられないように万が一の時は私が何とかするつもりですけどね…」


 そういって、ふむ。と思案顔で話すエリノア夫人に俺は毒気を抜かれ固まっていた。

 その様子に気づいたエリノア夫人が訝しげな目線を向け何も取り繕う事なく発言する。


「なんですの?舟けた顔をして…仮にも王太子様なのですから顔面だけでも鍛えたらどうですの?」


(いや、仮でなく俺は王太子だよ…この人俺に辛辣過ぎないか?開き直り過ぎてびっくりするんだが…)


「いや…意外だったので…

 貴方がユリアナを気にかけているのが」


「あら心外ですわ、わたくし今までの教え子の中であの子を一番評価してますのよ?私の教えを完璧に習得でき、さらにまだ伸びしろがある娘なんて鍛えがいがあり可愛いでは無いですの。そうそう…やっと私の気にいる令嬢を見つけたのに我が子と十二も違うとは…口惜しい。後十年遅く産まれていれば我が家に嫁に迎えましたのに」


 いや、何いってるんだこの人。もし十年先にユリアナが産まれていたらグレアムに注意しなければならなくて、十年後だったらルアザ公爵長男がライバルだったかもしれないなんてそんな情報聞きたくなかった…。


(ただでさえユリアナは傾国の公女と評されるほどに他国の貴族にも名が知られていると言うのに…)


「あら、良いお顔だ事。男の嫉妬顔は大好物ですの私」


 してやったりと上機嫌にふんぞりかえりエリノア夫人が高笑いする。


(この人嫌いなのすごく解ります母上…)


「だが、グレアムでも無く、貴方の令息でも無い、運命は俺の元に彼女を据える事を良しとした。

つまりはそうゆう事でしょう?」


 たらればなんて考えるだけ無意味でしかない。

ユリアナはもう俺のものだ。絶対に手放す事は無い。

 

 そう心に決め込んだ俺とは裏腹にエリノア夫人は別の方へ気がそれたように俺から視線をはずしてつぶやいた。


「……紳士の仮面を被って主から略奪を企てていたというの…???」


「…違います。何も無いです…誤解です。

 殿下が勝手に妄想してるだけで全くの白ですから…ちょっと!!殿下。なんであなたは、いつも私を巻き込んでくるんですか?エリノア夫人があからさまに勘違いしてらっしゃるでは無いですか」


 気づけば俺のグレアムライバル認定的な発言によりエリノア夫人の標的は俺からグレアムに変わり何を勘違いしたのか扇子で口元を隠しながらグレアムを上から下まで舐める様に観察していた。

 それに耐えかねたグレアムは影に徹する事をやめたらしい…。


(ああ、ご夫人の略奪恋愛ゴシップ好きは知ってるけど、この方も例外では無いって事か)


「ああ、まあ…いいんじゃないか?

 他にもれるわけでも無いし…」


(俺の妄想です。とか…説明自体めんどくさいしな…)


「良くない!!全然良くないです。

 そんな横恋慕認知済みみたく言わないで下さい!余計拗れるじゃないですか」


 眉間に指を突き心底巻き込まれたくない様子を見せるグレアムに苦笑し俺は話を戻すことにした。



「ああ、話が逸れたが、エリノア夫人…」



 俺の声かけにまたエリノア夫人は此方に視線を移した。


「俺はもとより、彼女に手綱など不要だと思っているし今後も手綱をもって彼女を自分に従わせようなどとは思わない。王太子妃として、彼女をこの国に縛りつける以上に、彼女を縛りたくはないと思っている。手綱などなくても俺のつくる庭で彼女が自由に過ごし、安心して帰ってくる場所が俺のもとであるように俺がこの国を守り、彼女を危険になどさらさなければいいだけだ。

 むしろあれのほうがずっと思慮深く自らを俯瞰的にみてるのだがな…。

 まあ、なんにせよ、この国を守る事が最愛の女性を守る事に等しいのなら、そう遠くない未来、一国の王になるのも悪くないという話しだ。」



「…あの子は知ってますの?

 殿下がこの国すらも己を囲い慈しむ為の箱庭にするつもりでいる事を、これ程までに溺愛されているという事を」


「あー…それは無い、まだ一度も口説けていないからな…」


「なっ…ちょ…どうゆう事ですの?!まさか…」


 エリノア夫人はまたもグレアムに視線を移しあからさまに取り乱している。



「だから、違いますから。全て初恋に目覚めて嫉妬深くなってる殿下の妄想と捉えて下さればお分かり頂けるかと。深読みしないで下さい。私は完全なる外野です。」



「ああ…そうですの。」


 あからさまにつまらなそうにため息混じりにそう告げると少し間を置いて扇子を閉じたエリノア夫人が俺のすぐ側まで近寄り流れるように美しい所作で淑女の礼をとる。その姿が不覚にも最愛の女性と重なった。


(やはりこの人がいて、今のユリアナがあるのだな)


「殿下、先ほどまでの非礼は今宵の戯れとお流し下さい。実に楽しいひとときでした。

 私は他国から降嫁した身なれど、心はこの国の民であると自信を持って申せます。

 この国のさらなる繁栄と子々孫々に続く安寧の為、私の持ちうる全ての叡智を殿下と未来の妃へ捧げましょう。お困りの時もそうで無い時も、いつでもお申し付け下さい。必ずお役に立って見せましょう」



「感謝する。エリノア夫人」



 こうしてこの日の長い夜は幕を閉じた。

 全てが万事順調に片付いてユリアナに合う日も近いと期待していた俺だったが、それから父に「そろそろ退位にむけてお前へ引き継ぐ業務も少し増やそうと思う」など勝手に決められバタバタと時は過ぎ。さらにユリアナから会いにきてくれるものと期待していたものの、あちらも聖女アリスの教育に忙しいようで思った以上に会えない日々が長く続き、切ないやら、虚しいやら、悲しいやら色々な感情に苛まれながら疲弊する日々が続いたのだが…

 こうなったら待ちに徹すると決め込んでひたすらユリアナからの連絡を待った。

 だが、それが行けなかったのだろうか…。



 俺とユリアナが再開出来たのはそれから一ヶ月も経った後だった。



セナ王子視点、ここまでに次話由梨にうつります。

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