ピグマリオン
ぼくには彼女がいる。
けぶる金糸の髪。碧く透ける硝子の瞳。薔薇色に輝く頰。
玉の唇は紅くつややかで、絹の肌は白くすべらかだった。
美しい少女だった ――― そう、人形の。
ぼくたちは祖父の屋敷で出会った。古い暗い物置部屋だった。
うず高く積まれたガラクタの向こう、ひときわ暗い部屋の片隅に、
彼女は静かに座っていた。
ひと目惚れだった。
渋る祖父を説き伏せ、ねじ伏せ、ぼくは彼女を手に入れた。
何年も何年もかかったけれど、ぼくはどうにかやり遂げた。
それからずっと、ぼくは彼女と暮らしている。この狭い部屋で。ふたりきりで。
ぼくは彼女の髪を梳かす。リボンで飾る。洗いたてのドレスを着せる。
いっしょに食事をする。流行りのドラマを観る。歌を聴く。同じベッドで眠る。
朝な夕な彼女に話しかける。さまざまな話を。そしてふと思うのだ。
その碧い瞳でぼくを見てくれたら、ぼくに笑いかけてくれたら、
それはどんなにかすばらしいだろう ――― と。
けれど、彼女の瞳は虚ろなまま、曖昧な笑みのままで、
ぼくはそれを少しだけ寂しく感じるのだった。
ある朝のことだった。
ぼくが彼女に話しかけると、彼女はパチンとウィンクをした。
次の朝、同じように話しかけると、彼女はにっこりとほほ笑んだ。
そのまた次の朝、彼女に話しかけると、彼女はカタコトで返事をした。
「ハジメマシテ、アナタ」
ぼくは彼女に髪の梳き方を教えた。リボンの結び方を、ドレスの着方を教えた。
いっしょに食事をした。ドラマを観た。歌を聴いた。同じベッドで眠った。
朝な夕な彼女と話をした。さまざまな話を。そして笑い合った。
彼女は熱心にぼくを見つめ、ほほ笑み、鈴の鳴る声でぼくを呼んだ。
それは本当に ――― 本当に本当にすばらしかった。
ぼくたちはいっしょだった。どこにいても。何をしていても。
ぼくはもう寂しくなかった。少しも。ちっとも。
彼女は美しかった。完全だった。ぼくの理想そのものだった。
幸せだった。そう思い込みたかった。
それなのにどうして、こんなにも胸が塞ぐのだろう。
碧い瞳で見つめられるたび、名前を呼ばれるたびに、ぼくの心が悲鳴をあげる。
口付けを交わすたび、細い腕で抱き締められるたびに、ぼくの心が崩れていく。
あぁ、もう駄目だ。限界だ。耐えられない……
違う、違う、そうじゃない。
そうじゃないんだ、彼女は。
だってきみは、ぼくの知るきみは、そんなふうに笑ったりしない ―――
「ねぇ、あなた」
あの男は何といっただろう。同じように、象牙の彫像に恋をした男は。
幸せだったろうか。ずっとずっと、幸せなままでいられたのだろうか。
あの空ろな瞳を、冷たい肌を、恋しく思うことはなかったのだろうか。
本当に? ただの一度も ―――?
「聞いてもらいたいことがあるの」
彼女が ――― いや、彼女に似た女がぼくに笑いかける。
その瞳に、声に、体温に、ぼくはぞっとする。
お前は誰だ? 彼女はどこだ? ぼくの彼女をどこへやった?
「わたしね」
ぼくは取り返さなくてはいけない。
そう、愛しい愛しいぼくの彼女を。
この女から。
「子どもができたの」
ぼくはにこりとほほ笑むと、幸せそうに笑う女の首に手をかけた ―――――