羽音の復讐劇
「ご苦労様です」
「お勤め、ご苦労様ね」
宿で警備している兵士に部屋の敬礼をして部屋に入り、ローブを脱ぎ下着姿になる。
やっぱり、この世界に来てからよくローブを着ているけど、肩が凝るんだよね。
「もう、十年か……」
ベッドに倒れこむと私は天井を仰ぎ見ながら呟く。
私たちは十年前、この世界の宗教団体の聖女に呼ばれてこの異世界に勇者として来た。
来させられた理由は……十年後起きるとされている魔物の大反乱に対する対抗手段としてだそうだ。
理不尽だ、そう思ったけど多くの人はこの異世界に順応していった。無理もない、私たちにはその下地があったのだから。
……たった一人、この状況に歯向かった馬鹿な女はどうしているのだろうか。まあ、死んだとは聞いてないし、今もあの暗い牢獄で生きているのでしょうけど。
「秋月悠人……か」
私たちが異世界に召喚される数日前に事故で死んだ少年。誰よりも優しくて、私が見捨ててしまった少年。
もし、もしもまた会えたのなら……悠人くんに謝罪をしたい。あの頃、私が見捨ててしまったことを。
「……あれ?」
夕食の時刻になってもやって来ない兵士たちに違和感を感じ、服を着て部屋を出る。
何かあったのでしょうか。でも、護衛の兵士たちは精鋭中の精鋭、普通の人間やつがAランクの冒険者に勝てるわけがないけど……。
「精鋭中の精鋭……そう聞いていたが、ここまで脆弱だったとはな」
「ひっ……!」
兵士の一人の首を片手で締め、もう一つの手で顔を握り潰している覆面の少年を見てしまい腰を抜かしてしまう。
な、何!?何なの!?一体どうして!?それよりも、どうやって十名の精鋭を皆殺しに出来てるの!?
「……やはり、兵士の中で俺の事を知っているのはいないか」
「一体何を……!?」
何かを呟いた少年が着けていた仮面を取り外した瞬間、私の身体は心の底から震え上がる。
少年の顔は整っているが童顔。細い体つきと相まって少女のように見える。赤と青のオッドアイで鋭い目付きをしている。
あと数年出会うのが後になれば好青年になっていたであろう少年だ。
だが、それらは今は全てどうでもいい。
少年の額には二本の角が生えているのだ。それは、人族ではないある種族の特徴だ。
「鬼族……!」
鬼族、聖女が予言した大反乱において人族に敵対しかねない勢力の一つ。その勢力を潰すために私たちは十年前、この大陸から鬼族を根絶した。
そんな鬼族が何故今、ここにいるの!?まさか、あの滝壺に落ちた子供が生き残っていたの!?
「不思議か?だがまぁ、別に構わない。どうでも良いからな」
「来ないで!」
私は常に持ち歩いている杖を少年に向ける。
私の聖具は戦闘向けではない。だから、魔法の実力を他の人たちよりも努力して徹底的に上げたのだ。
今の私はかつて鬼族の村を焼いた時よりも遥かに強い!一人でも勝ってやる!
「【炎のや―――!?」
詠唱を口を開いた瞬間少年の手が口の中に入る。
う、嘘でしょ!?あの距離を一呼吸の間に詰めたと言うの!?鬼族でも、そんなの難し
「……え?」
頭を棍棒のような何かで叩かれ身体がふらついたと思った瞬間、私の身体は倒れ意識を落とす。
一体……何が……。
「む、むぐぅ!?」
気がついたとき、私は暗闇の中にいた。
目も見えないし猿轡されてるのか口も開けない。それに、手足もロープのような物で拘束されてる。
これじゃあ、どこにいるのかも分からないじゃない!?いや、まさかそれが狙いなの!?
「起きましたよ、エイン様」
「ようやくか」
少年と少女の声がしたと思ったら目と口が解放される。
ここは……まさか、白亜の迷宮!?私を気絶させた後、運び込んできたの……?だけど、あの場所には兵士が常駐していた筈……まさか、これにはあの領主も関わっているの……!?
何て罰当たり。私はこの世界に呼び出された勇者なのよ!?それを殺そうとするなんて……!
「殺す?お前は何を考えているんだ?」
「なっ……!?」
私の考えを読むかのような言葉を発する鬼族の少年に確かな恐怖を覚える。
私の聖具『ライアー』は認識した生物の声なら何だって読めてしまう。膨大な数の生物の声を聞けば最後、脳の情報処理が追い付かず細胞が壊死してしまう。
この男がそれを見越しているのかいないのかは分からないが、この場所の設定はある意味正解だ。
だが、この男は何を見ている……。私の心を、どうやって読んでいるんだ……!?
「スフィア、お前は見張りをしていてくれ。……こいつとは話がある」
「分かりました」
喪服のようなドレスに赤いフード付きのマントを羽織った少女を離れさせた男を怪訝な目で見る。
自分の名前を明かしたり、協力者の名前を明かしたり……無用心過ぎる。あの犯行も強行しているし、恐らく頭はそこまで良くない。
となれば……上手く言いくるめればここを脱出できるかもしれない……!
「……随分と余裕なんですね」
「当たり前だ。そのために準備と下調べを済ませてある。……アドリブ多めだがね」
アドリブ……つまり即興?即興で私を襲撃して捕らえてるの?なら、上手く行けば成功しやすい。
「さて……君には幾つか情報を話して貰いたい。特に他の勇者たちの活動場所かな。話せば君を生かして返そう」
「……分かりました。それでは話します」
私は鬼族の少年に勇者全員の名前と特徴、活動場所、聖具を教える。
私の考えている事をあそこまで高度に読み解けるのだ、デタラメを言ったところで見抜かれる。それなら、真実を告げた方が生存率が高い。
クラスメイトには悪いけど……私は何があっても生きたいの。断じて、あの馬鹿な女や秋月悠人のようにはなりたくない。
「さぁ、答えたわよ。解放しな「……変わってないな、お前は」―――ガッ!?」
私が不敵な笑みで言葉を紡ごうとしたところで腹を蹴られる。
痛い。訓練で受けた攻撃よりも重く、速い。これが鬼族本来の力なの……!?
「ゴホッ、ゴホッ……!?」
「お前は何時もそうだ。自分が生きるためなら、自分が楽するためなら、お前は平然とクラスメイトを見捨て、売ることに躊躇いがない。ホント、何も変わってない」
「一体何を……!?」
「お前は、あのクソ領主が違法奴隷の販売や密輸に関わっている事は知っている。何せ、あのクソ領主が言っていたからな」
私が地面に吐瀉物を吐いても蹴り続ける男の理不尽さに怒りを覚える。
あの領主め……!私にあんなにも汚らわしいものを見せただけでなく、それをこの男に知らせるだ何て……!?
だが、それは罪ではない。それは法によって決められてる。
どの国も似たり寄ったりだが、人族以外は法の恩赦によって生かされてる。だからこそ、人族のために奉仕するのは当たり前なのだ。
人族のためなら殺されるのは当然だ。生かされているのに私たちに噛みつくのなら殺しても良い。
人族のためなら汚させるのは当然だ。女も男も、人族に奉仕するのならそれが最適だ。
人族のためなら他種族は子供を産ませ続ける工場の歯車になるのは当然の事なのだ、それが生かされている者の奉仕と言うべきものだ。
それを否定することは、私たち人族に剣を向けると言うこと。
何て傲慢。何て背信。
この男はまさに―――神の敵だ!
「この……神の敵め……!」
「神の敵……?くく、くはあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
恨めしく見上げる私を少年は見下げながら蹴るのを止めて高笑いする。
「俺は神の敵じゃねぇよ、間抜け。俺は……復讐鬼だ。村を焼き悲劇を生み出した貴様らに惨劇を与える悪鬼だ」
「なっ……!?」
つまり、この男の目的は私ではなく更には教会ではなく……私たち!?
あの村を焼いたのは確かに私たちだけど……それを認めているのはここの法律だよ?私たちは何も関係ないのに!?
「さて……それじゃあ、そろそろ始めるか」
邪笑を浮かべる少年が小さな粉の入った入れ物に線香のような物を差し込む。
あれは……一体……。
「お香だよ。スラムだと安いの高いの様々な形状のやつが売られてるぜ」
「一体何を……」
お香を焚く少年に違和感を感じながら手にかけたローブをほどこうともがく。
よし、これならあと数分でほどけそ
「なぁ、知ってるか?蟻なんかが良い例だが、虫の中には匂いで食べ物をマーキングしているそうだ」
「……え?」
それってまさか……!?
「粉型の媚薬に幾つか薬草やここで取れる鉱石を混ぜるとさ、このダンジョンで生まれる幾つかの種類の虫型の魔物のマーキングの匂いを発生させれる」
「そ、それは、それだけは止め」
「それじゃあ……『幸せ』を砕いた罪を懺悔してくれよ?」
「ぐむおっ!?」
私の口を再びローブで塞ぐと男はお香を置いて立ち去っていく。
すると、私のメガネが突然様々な色を写し出す。
聖具が起動している!?まずい、このままだと匂いに釣られた虫型の魔物が……!?
『『『『『――――――――――――――――』』』』』
「むぐうううううううううううううううううう!?」
凄まじい音量の羽音と共に現れた何千、何万、何億と言う虫の群れを見た瞬間、絶叫する。
痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ!!
聞きたくもない声が、聞きたくもない心の音が、頭の中に響く!私の視界を覆い尽くす!
脳が焼ける、無理な回転をさせて脳が焼かれてる!!
何で、何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で!?
私は、何も、悪いことをしていないのにぃいいいいいいいいいいいいいいいいい!!
「……全く、愚かですね」
「……え?」
羽音と魔物の群れの声に紛れるように先程の少女の声が聞こえる。
ちょ、ちょうど良かった。助け
「助ける訳ないでしょ。私はエイン様の共犯者ですので」
「ぐぬうううううううううう!!」
「それじゃあ、調節を始めましょうか」
……え?
「裏方作業ですが……エイン様曰く、デモンストレーションらしいですので……まぁ、生きていれば十分ですね」
一体何を……!?
「まずは、四本」
少女が何かを呟いた瞬間、両腕と両足の感覚が失う。
「グムウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!?」
それに気づいた瞬間、耐え難い痛みと共に転げ回る。
う、腕がぁ……!足がぁ……!
「ポーション……でしたっけ。面白いものをつくるのですね」
傷口に何か冷たい物を垂らされた瞬間、痛みが失われる。
まさか……ポーション!?私の魔法の薬を勝手に使って傷を……!?
「それでは、縫っていきますか」
「ブモォ!?」
口からロープが取れたと思った瞬間、針が突き刺さり目にも止まらない速さで縫われていく。
く、口が開けない……!?まさか、口を閉じさせるつもり……!?
「ああ、鼻もいりませんよね。それと髪の毛も。声もそうですね」
鼻をナイフで削ぎ落とし、髪の毛を頭皮ごと引き抜き声帯を切られ、血で濡れた瞬間ポーションがかけられて血を止血させられる。
私はただ、絶叫も許されず、ただされるがままだった。
あ、あぁ……
「それでは、『絶望』してくださいね?」
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
唯一残された耳に少女は囁いて去ると、頭の中に声にならない絶叫が鳴り響く。
私は、何も、悪くない、のにぃ……。




