十年後
「ぎ……ぐっ……」
盗賊の頭領の首を屍の山の上に座りながら死なないように気道を開け骨を折らないように掴み上げる。
こいつがこの辺り一帯を荒らし回っていると言う凶悪な盗賊団のトップか。脆弱、そして惰弱。この程度ならかつての俺でも殺せる。
「がっ……」
気道を一気に締め骨を粉砕し意識を落とした頭領の頭を地面に叩きつけこの戦いに終止符を打つ。
あれから十年が経過した。
俺はあの日の後、使えそうな荷物を持って旅をしていた。
楽しい事は殆んどなく、理不尽な差別や迫害の洗礼を受けた。
路上で寝るのは当たり前、石を投げられるのも当たり前、不当に高値で食べ物を金を払わされたり人拐いや雇われた冒険者に襲撃された事も幾度もあった。十年前と何も変わって無いことが目に見えて分かる。
だが、それらは全てが些事。俺にとってはどうでも良いことだ。
「やるべき事も終えたし、さっさと出るか」
死んだ頭領を天井に蹴飛ばしてさっさとアジトだった洞窟から出る。
軍資金が足りなかったため盗賊のアジトに乗り込んで五十秒で皆殺しにしたが……まあ、このくらいの金があれば問題か。
それにしても……十年前と比べて本当に成長したものだ。
顔立ちが母親の血が強いのか童顔で体格が百六十程度と小柄だが……見た目に反して膂力が桁違いだ。
普通の金属は紙のように引き裂けるし低威力の魔法攻撃なら直撃したところでダメージにはならない。
反射神経や動体視力も桁違いに上がり、盗賊を全滅させる際に傷ひとつどころか返り血すら浴びていない。
他種族から『災禍の種族』と言われるだけある化け物っぷりだ。
「さて……現在地はここだから歩いて半日か」
長外套の内側に入れておいた地図を取り出して現在地を確認すると肩に黒の麻袋のリュックを背負い森の中を歩き始める。
僕が目指しているのはとある貴族が支配する中規模の迷宮都市だ。
迷宮都市と言うのはその名前の通りダンジョンによって栄えている街だ。ダンジョンからモンスターが出現し、倒すことで落ちるドロップアイテムや掘られる鉱石等で発展した異世界らしい都市の形だ。
これも適当な盗賊に教えて貰ったことだ。盗賊たちは拷問してもなけなしの良心が痛まなくて助かるぜ。
「ふんふんふ~ん」
鼻歌交じりで歩きながら村の農耕地帯に入る。
ダンジョンに入るのは冒険者。冒険者の腹を満たすために迷宮都市の近隣には中小規模の村が多く点在する。そうするとこで鮮度の良い食べ物を入手できるるしい。
「ふんふん~おっと」
農耕地帯を抜けようとしたところで後頭部に殴られたような感覚がしたが無視し後ろを見ることもなく歩みを止めない。
殴ってきたのは村の農民で得物はそこそこの大きさのある石か。気配でバレバレだし、成人した鬼族には傷一つつけられない。
殺すことも考えたがこんなことで人を殺すのはあまりにも不毛だ。この手の連中は無視することに限る。
「おっと」
殺気を感じ取り右側に頭を傾けると石が頬をギリギリ掠めない程の距離を通過し地面に落ちる。
「出てけー!」
「この村から出てけー!」
「二度とくるなー!」
背後から聞こえる村人の声を無視しながら僅かに流し見する。
こいつらに問いただしても差別や迫害を肯定する理由が「人族は他種族よりも優れているから」の一点張り。そんな連中の声なんて無視してしまえば良い。
それに、ここを二度と来るつもりはない。遠からずそうするさ。
「ふん……!」
農耕地帯を過ぎ、街道を歩いていると横を通り過ぎる豪華な馬車から顔を覗かせる肥満体の人族から侮蔑にまみれた視線を向けられた。
貴族も聞いていた通り多かれ少なかれ他種族を見下す傾向が多く、傲慢だったりプライドが高く高飛車な性格をしている者が大半を占めている。
盗賊から助けた事も何度かあったがお礼すら言わずにさも当然のように侮蔑して馬車で轢こうとするとか、いくら興味がなくても憤慨ものだ。
連中と絡むとろくな事にならないから関わらないのが得策だ。……まあ、そうは言ってられない事情があるが。
「と……そろそろ街か」
ちらほらと人通りが多くなってきたところで懐から取り出した額に当たる部分に二つの穴がついた仮面を取り付ける。
仮面を取り付けておけば角を装飾品と勘違いして鬼族である事がバレにくくなるため、街に入るときには自作した仮面を装着している。
この世界では仮面をしている者はそこそこおり、主に冒険者が多い。雇われて襲ってきた冒険者を尋問して聞いたところ、顔を隠しておかないと無用心に相手を威圧してしまうかららしい。
とは言っても、そこまで凝った代物ではない。野宿の際に出た炭を水で溶かしたものを塗りつけ乾いたところに朱色の石を砕いて溶かしたものを赤いラインとして塗ったものだ。
シンプルなデザインでそこそこ気に入っている。作る際は基本的にこのデザインばかりだ。
「それにしても、結構並ぶな……」
城壁が見えてきたところで街道に並ぶ馬車や人の列に並ぶ。
城壁の高さは十数メートルはあるし、聞いた話にあった『魔物を外に出させないようにするための城壁』と言うのはあれか。迷宮都市は大体ああ言った城壁があるらしいけど、建築費や維持費とか大丈夫なのかな。
それに、あれの素材……どうみても石とセメントだよな。魔法による保護機能程度はついてるだろうけど……あんなので防衛出来るのか?魔物と一度も闘った事のない素人の目線でしかないが、心配になってくる。
「ん……?」
隣にきた幌のない馬車を気づかれないよう流し見しほんの少し、憤怒の炎が猛り出す。
脚の付け根あたりに重そうな金属製の枷をつけ手首に木の枷をつけた人たちがこちらを虚ろな瞳で見てきていた。
あれは……奴隷か。人族の次に獣人族が多いのは人族の次に個体数が多い種だからかな。全体的に女性の数が多いのはそっち方面に売るためだろう。
迷宮都市は娼館が多いと拷問した盗賊が吐いていたが、その補充要員と言ったところか。奴隷を娼婦として働かせる事はよくある事らしい。
「おい、そこの兄さん。ちょいと道を開けろ」
「あ……?……ああ」
背後から話しかけてきた兵士の言葉に従い、奴隷を積んだ馬車の方に移動して道を開ける。
何事かと思い周りを見てみると平民も貴族も、身分に関係せず全員が道を開けていた。
たく……今度は何なんだ?
「……馬車か?」
兵士たちが開けた道を通る豪勢な馬車から顔を覗かせる人物の顔を見えた。
黒い髪に黒縁の眼鏡。魔力で青く変色した瞳で生真面目そうに本を読んでいる少女が、忌むべき怨敵がいた。
鳩締子安。俺の前世で風紀委員をしていたくせに、俺に対するイジメを黙認していた者だ。
理解した瞬間、仮面で隠された顔に邪悪とも呼べる笑顔が浮かぶのを感じとる。
ああ……来たか。いなかったら来るまで滞在する事になっていたし、幸先が良い。
「あぁ……」
歓喜するような声音の感嘆する声が仮面で曇りながら、内側で燃える炎は勢いよく燃え盛る。
何年も待った、何年も待ったんだ。憎悪の業火は未だ尽きず、静かに、それでいて烈火の如く燃え続ける。
贖罪はいらない。そんなものに価値はない。
後悔はいらない。そんなものに意味はない。
すべき事は『断罪』。貴様らが犯した罪を持って罰を受けなければならない。
だが、それは今ではない。今はまだ罰を与える時ではないのだ。
憎悪の業火を抑え込み鎮静化したところで兵士どもが通りすぎるのを待ち、元の場所に戻る。
さて、どんなデモンストレーションにしてやろうか。残酷で最悪な、誰もが目を背ける、そんな惨劇のプロローグに相応しいものにしないとないけないな。




