友の声
昨日はバイトを終えたあと、地元の後輩と、湘南台にあります『らく』という銭湯に行ってきました。その銭湯は天然温泉でございまして、毎日、奥湯河原からの源泉を運んできて下さっているそうです。僕達二人は、腰をおろし、奥湯河原からの馨りを楽しみながら、湯船に浸かり、近況やこれからのことなどを、語り合いました。ゆっくりと、時間が過ぎていき、日頃の心の疲れや鬱憤などは、湯で洗い落とされ、次第に、二人は、心の翼を広げていくのでした。
それから、そのまま夜の湘南海岸ドライブをしました。真夜中の潮風、街の灯りによる、プラネタリウムというものが、いっそうに、僕らを異世界のとばりへと、いざなってくれるかのようでした。僕たちは、時には、沈黙し、時には、さざ波の聲に耳を澄ませ、時には、心の奥深くにあります、心情を打ち明けあい、分かち合ったのでした。
友の声は、遥か彼方にあります、最果ての地から響いてくるようでいて、それと同時に、この海の精が絶えずに育くむ、銀の音色のように、ごく身近に、沁み込んで、こだまして、とても神秘的な感覚が僕の中に、芽生えました。それはしかも、くずおれてしまいそうな、儚さを持ちつつも、確かで、素直、ありのままの、決して消えない、小さなともしびとして、僕のなかで、燃え続けています。
早朝になり、二人は、それぞれ帰省し、鳥達の囀ずりが、曙やこがねを歌うなかで、僕は、父を戸塚まで送るために、車を走らせました。
父を見送ったあと、自宅のいずみ中央に帰宅し、正午頃まで就寝しました。人は、夢のなかで、心を自由に羽ばたかせるもので、様々な夢を見るものですね。その夢の力を、現実化させてみたいと、夢の中で、泳ぎながらも、思うものでした。
それから夕方頃に、武蔵小杉の近くの街で毎月恒例となっております、高校の同級生とのボイストレーニングを行ってきました。その貴重で、尊い営みを、言葉で表現することは、難しいことですが、まさに、奇跡のように、有り難いものを感じまして、導いて下さっている神様、背後の御存在と、友に、涙を添えて、感謝するかぎりです。
ボイストレーニングを終えたあと、近くの居酒屋で、乾杯しながら、心のコアとなる部分を、互いに、シェア致しました。「素直さ」についてや、「道」や「縁」、「心は、いつでも帰依していること」などについて、話しが、盛り上がりました。その度に僕は、友の存在や神様の計り知れないご経倫に、頭が上がらない、気持ちになりました。
友の声は、いつでも僕の蟠りを解きほぐしてくれます。友の声のなかに、やっぱり神様の御言葉を感じざるおえません。なによりの妙薬です。僕も、僅かながらでも、友の力になっていけるような人として、成長していけたらな!と、心より、思います。




