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第七話 サッカー

 目的の電車が来たところで、乗りこむ。

 今日は席に余裕があり、二人は並んで座ることができた。

 昨日に比べて浩明にも余裕があった。軽く息を吐き、横目で華恋を見た。


(……ほんと、モデルとかアイドルとか、少なくとも俺と同じクラスの人とは思えないくらい可愛いよな)


 視線は一瞬。しかし、偶然にも華恋と目が合ってしまった。

 浩明は頬があつくなるのを感じた。

 華恋の困った様な苦笑に、浩明は一人反省する。


(気持ち悪がられてるぞ、俺)


 彼女はあくまで、痴漢の影響で電車が怖くなってしまったために誘っているに過ぎない。

 そう浩明は自分に言い聞かせながら、黙って視線を逸らすのも不気味がられるかと思い、浩明は口を開いた。


「帰りは一人でも大丈夫じゃないのか?」

(これだけ空いているんだ。痴漢に怯えることはないんじゃないか?)

「え?」

(え? ってなんだ)


 想像もしていなかった華恋の反応に、浩明も同じような顔を作ってしまっただろう。


「いや、朝は仕方ないと思うけど……帰りなら、ほら余裕あるし」

「ごめん、迷惑かけてるのはわかってるんだけど……その」

(迷惑? 俺は別に迷惑まではしていないが……むしろ、そっちのほうが迷惑になっているんじゃないか? 周りの目を誤魔化さないといけないだろ? ……気を遣ったつもりだったけど、何か失敗したか?)


 浩明はしばらく考えたが、彼女の心情を理解するには至らなかった。

 華恋の表情も変化し続けている。初めは少し申し訳なさそうに、そして今は少しだけ何かを期待するような様子に。


(なんだ? 何かあるのか? はっきり言ってほしいんだけど……)

「どうしたんだ?」

「別に、そのなんでもないけど……」

「そうか」

(なんでもない、って顔には見えないけど……本人がそういうのなら、わざわざ訊くのもな)


 しばらく電車に揺られる。お互い、口を閉ざしていた。

 そろそろ、会話もなくなるだろうと思い、浩明はスマホを取り出した。


「戸高くんってスマホでゲームとかしてるの?」

「……まあ色々と」


 据え置き機で好きなゲームがソシャゲーとして登場するのは最近ではよくあることだった。

 浩明もそんな一ファンとして、ストーリーを楽しむ程度にはやっていた。


「そっか。美咲の話なんだけど、何かのアプリで全然ほしいキャラクターがでないーってガチャ回してーって頼まれたことあるんだよね」

(……美咲、確か音ゲーが好きだったよな? そんなところか?)


 ガチャの確率が悪かったこともついでに思い出し、苦笑していた。

 そんな風に、友達のことを楽しそうに話す彼女に浩明も相槌を打っていく。


(……気遣われているのかもな。質問ばっかりだ)


 華恋からは色々な質問を受けていた。

 浩明と少しでも関われば、多くの人が話をするのが苦手な人と評価をするだろう。

 そんな浩明が困らないように、華恋の質問もはい、いいえで返事ができるものばかりであった。


「そういえば、球技大会の競技決めたけど……確か戸高くんってサッカーにしたんだよね?」

「……ああ」

(クラスメートのこと、よく覚えてるな)


 華恋が何の競技にしたのかを、浩明は覚えていなかった。

 自分の競技が決まってからは、すぐに読書を始めてしまったからだ。

 そのとき、華恋の口元がいたずらっぽく緩んだ。


「私の競技、何か知ってる?」

「……えーと」

(知らない、というのは簡単だけど、一応クラスメートの競技くらい分からないのは、失礼か?)


 ちらと華恋を見る。健康的な細い体。文武両道の彼女なら、だいたいの競技では並以上の活躍ができることは想像に難くない。

 彼女の体を見ても、結局答えは浮かばない。


「……ソフトボール?」

「違う違う。バスケだよ」

「……そうか」


 浩明がバツの悪い顔を作ると、華恋がくすくすと笑った。


「やっぱり、本読んでたもんね」

(知ってたのなら、そんな意地悪な質問しないでくれよ。……いや、知っていたからしたのか?)

「……悪い」

「ううん、別に気にしてないから」


 笑って流した華恋に、浩明はほっと息を吐いた。


「それで、サッカーやったことあるの?」

(体育でなら)

「いや、まったく」

「そうなんだ? それじゃあどうしてサッカーなの?」

「……そんなに、迷惑かけないと思ってな」

(……ディフェンスにだけ参加していれば、それなりに貢献できる。運動は別に得意じゃないし)

 

 しいてあげるなら、小さい頃に水泳を習っていたため、多少なら泳げる程度であった。

 あいにく球技大会には関係ないし、そもそも浩明の学校にプールはないためこの先見せるようなこともなかったが。


 海に行くことも、まずない。行くような相手もいなかった。

 幸助たちに誘われることもあったが、彼女らが二人だけで行くのなら断るし、大勢の友達を連れてきたとしても、居場所がないため断るしかない。


「うち、サッカー部いないから、結構厳しいと思うけど、頑張ってね」

「けど、俺はディフェンスくらいだし」

「じゃあ一点もやらないように頑張ってね! 応援行くからっ」

(それはまたもったいないお言葉だな)


 華恋の応援を受けたい人は、たくさんいるだろう。

 そういわれて、浩明も少しくらいは頑張ってみるか、と思えるくらいには単純な思考回路をしていた。


(けど……そういえばいいのだろうか?)


 ふとした疑問が浮かんだ。

 今こうして華恋とは一緒に登下校のみとはいえ、行動している。

 華恋に彼氏がいたら、まず間違いなく彼氏が誤解するであろう状況だ。


「……そういえば」

「え、なになに?」

(……妙な食いつきをみせるんだな)

「い、いや。ちょっとした疑問なんだけど……早水は彼氏とかいないのか?」

「え? そ、その……えーと」


 華恋の照れた様子に、浩明は少し眉尻をあげる。


(いない、みたいだけど……好きな人はいるってところか?)

「今、こうやって一緒に登下校しているけど、その人に変な誤解とかされないか? と思ったんだ。大丈夫、か?」

「……別に、大丈夫かな? 誤解とか、されようないし」

「……そうなのか?」

(そういえば、俺たちの駅で降りる人はいないとか言っていたよな? だから、大丈夫なのか?)


 浩明は一人納得し、彼氏がいないことに驚いていたことを誤魔化すように視線を外した。


「……なんか、意外って感じな目だね」

「……いや、そういうわけじゃない」

(エスパーか、こいつは)

「彼氏いると思ったの?」


 表情に変化はない。それでも浩明は、なんとなく怒っているような、少し残念そうなそんな曖昧な感情を察することができてしまった。


「まあ、クラスで人気だし話しも上手で、なんていうか落ち着くし何より可愛――いや、いると思った」

(……危ない。何を口走ろうとしているんだ俺は)


 彼女の話しやすい空気にすっかり流されてしまっていた。

 初めて見たときの気持ちまでも、思い出してしまい、浩明の心臓は小刻みな脈を打つ。

 慌てて言葉を切って誤魔化したが、華恋の表情は少しだけ照れた様子だった。


(察せられたか? ……くそ、滅茶苦茶恥ずかしい)

「まあ、たまたま出会いがなかったっていうか。今まで、そんなに興味なかったっていうか――まあそんな感じかな? それに男子と話すの得意じゃないし」

「そう、だったんだな」

(早水が得意じゃないって、それなら世の女子の半数以上は、男子と話せない、に分類されるんじゃないか?)


 浩明は自分でも、周りの人からしたら話しにくいタイプであることは自覚していた。自覚していても、もう人が苦手なことはどうしようもなく、これ以上改善することはできなかった。


 それでも華恋は、そんな浩明相手でも会話を広げる能力を持っていた。それだけで、会話が得意だという認定をするには十分だった。

 電車が目的の駅についた。二人駅を出たところで、華恋が振り返る。


「それじゃあ、勉強会といこっか」

「……ああ」

(お掃除会、で終わらないように頑張らないとな……)


 華恋を家に連れていくことよりも、部屋の汚さに彼女がドン引きするのでは? と思う程度には浩明は自分の部屋を心配していた。

 知らぬ間に妖精でも入って、勝手に掃除でもしてくれないか? そんなことを願ってもいた。




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