第四話 連絡
自宅についた浩明は、玄関にまとめてあったゴミ袋を見て、僅かに憂鬱な気分になる。
もともと、ゴミなどをため込む面倒くさがりの性格をしていた。
家に戻ったらすぐにパソコンを開き、新人賞に向けての執筆をしたかったために、浩明は今日もそのゴミ袋たちを無視することにした。
部屋はそれほど大きくはない。風呂、キッチン、トイレ、リビングはあったが、リビングに関しては六畳程度の大きさだ。そこにベッドとパソコン、パソコンに合わせて机、椅子が配置されていることもあって、部屋にそれほどの余裕はなかった。
何より、ビニールにまとめてこそあるがゴミの入った袋、また乱雑に荷物をまとめてあるために、ほとんど足場もなかった。
(掃除、いい加減しないとかも)
最後に掃除をしたのは一か月前。見える範囲で埃などは片づけていたが、それでもゴミはかなりたまっていた。
僅かに片付けようか、という思考が浮かんだものの、結局浩明はいつものようにデスクトップパソコンの電源をつけ、立ち上がるまでの時間にコンビニで買ってきた弁当を食べた。
パソコンが立ち上がったのを確認してすぐに椅子に座る。
軽く首をひねってから、執筆するための文書作成ソフトを立ち上げた。
書きながらも、時々華恋のことが頭をよぎる。
朝の一件、またLINFを交換したことなど。
時々スマホを見ては、何か連絡が来ていないかとみてしまう程度には、意識していた。
(ダメだ。一旦全部忘れよう)
スマホを手の届かないベッドに放り投げ、浩明はパソコンに向き直った。
それから一時間ほどは集中していたが、やがて集中力が途切れてくる。
一度息抜きがてら、床でごろんと寝転がり、読書を始める。
そんなときだった。浩明のスマホが光った。
画面を見ると、LINFからの通知。特に意識せず眺めた浩明は、連絡してきた相手が華恋と知って心臓がはねた。
少なくとも、自分から連絡を取ることが一切ない浩明は、華恋の行動力に驚くしかなかった。
待機画面に表示されている文章の初めには、ありがとうという文字があった。
(ああ、一緒に登校、下校したことについてか)
納得した浩明はそれでスマホの画面を閉じ、再び執筆に戻った。
それから区切りのいいところまで書き、浩明はスマホへと視線を向けた。
(……忘れてたな)
頭をかきながら、LINFを起動する。
既読、という文字がついたことに僅かながらに焦りを感じる。
(既読、本当やめてほしい……)
『今日はありがとうね! それで、明日なんだけど、いつも戸高くんは何時頃の電車に乗ってるの?』
ありがとう、という可愛らしいパンダがお辞儀をしているスタンプとともに、そんな内容のメッセージが届いていた。
途中、可愛らしい絵文字も入っていて、
(若者、って感じだな。いや、俺と同い年だけど……)
絵文字、顔文字などは一切使わない浩明には、まぶしく見えるほどの若々しさを感じていた。
浩明は華恋の質問に対して、唸るしかなかった。
電車に乗る時間に関して、浩明は特にこだわりがなかった。
家を出てから一番近い電車に乗る。それが基本だ。
電車案内アプリを開き、学校に無理なく通える時間を調べてから、その時間を記載して送り付けた。
すると、あまり時間がかからず返信があった。
『そっか! それじゃあ、その時間に間に合うように集合しよっか。集合場所とかどうする?』
(どうするって……駅前とかでいいんじゃないか?)
浩明たちが乗る駅はそこまで大きなものではない。入り口は南口側からの一つしかない。
入り口近くの自販機、あるいはトイレ前にでも集合していればまず間違いなく落ち合うことができるだろう。
(どっちでもいいが……トイレ前のほうがわかりやすいか?)
浩明は「トイレ前でどうだ?」、と返事をしてから少し経ったときだった。
『戸高くんのアパートってここで間違いないよね? それなら、私がそこに行こうか? 朝だし、駅前は混んでるかもだし』
アパート『リビール』の写真付きの返信だ。
間違いはなかったが、華恋とは途中で別れたことを思い出していた。
華恋の家の通り道ならまだしも、遠回りになるようなことをさせたくはなかった。
『それなら、今日別れた場所で合流でいいんじゃないか?』
『それならわかりやすいかも! それじゃあ明日七時十分にそこで集合でいいかな?』
『ああ』
『了解! それじゃあ、また明日! おやすみー』
そして今度は別のキャラクターのありがとうというスタンプでやりとりはしめられた。
ふう、と軽く息を吐く。じっとりと、浩明は嫌な汗を背中に感じていた。
女性と連絡を取ったのは、これが初めてだった。美咲ともやり取りをしたことはあったが、浩明は彼女を異性として見ていない。
アパートにまで押しかけられたら、それはそれで変に注目を集める。
(あんまり長い時間一緒にいると……心臓が痛いんだよな。それに、ボロがでる)
人と話すのに慣れていない浩明は、そういう自覚はあったとしても、あまり相手にそう悟られたくなかった。
華恋に幻滅されるのではないか? そんな思考があって、浩明はあまり登下校することに前向きではなかった。
そんなことを考えながら、なんとはなしにスタンプ機能を思い出した。
彼女のおやすみ、の後に返事をしていなかった。既読ついているし、話は終わっているしそこで返事はしなくてもいいかとも思っていた浩明だったが、スタンプくらいは送ろうか? と睨み合っていた。
(そういえば、スタンプって送ったことないな……? あれらは一体どうやって送るんだろう?)
しばらく見ていた浩明だったが、
(わからん)
使い方がわからなかったため、断念した。
そして、軽く伸びをしてから、制服を脱いだ。
家に帰ってからしばらく制服を着ているのは、執筆に集中するためだった。
緊張感を保ったままでいないと、中々身が入らない。
それから風呂を浴び、寝る準備を整えた。
浩明は何か特別な理由がなければ、夜九時までには寝るように心がけていた。
そして、なるべく早く起きて、執筆をする。憧れの作家も、朝早く起きてからの数時間を執筆の時間に充てていると聞き、それを真似していた。
ベッドで横になった浩明だったが、すぐに眠りにはつけなかった。
(早水も、早く元の生活に戻りたい、はずだよな? 痴漢の恐怖がなくなるように、何かできることはないか?)
わずかな緊張とそんな思考が織り交ざり、いつもよりも寝付くのに時間がかかってしまった。




