第十五話 球技大会1
球技大会。
基本的に集団でやる競技が好きではない浩明にとって、その日はなかなかに憂鬱であった。
もともと、運動は好きではない。そういうのも災いして、浩明は、より一層その日学校に行くのが嫌だった。
「運動苦手だからって、そんな顔しないの」
「……別に苦手ってほどじゃない」
「じゃあ、得意なの?」
「……人並みには、できると思ってる」
「それじゃ、期待してるね」
電車に乗る前まで華恋とそんな話をしていた。
今日は球技大会が行われる。授業は一日なく、皆にとっては息抜きの日だった。
浩明も、この日のために執筆用のブルートゥースキーボードを持ってきていた。
自分の競技が終わった後は、どこかの空き教室でひたすら執筆していようと考えていた。
いつものように電車を降りた後は、お互い別々に学校へ向かう。
教室に入った浩明は、ちらと華恋と視線だけをかわす。
今日は華恋が先についた日だった。彼女との挨拶は心中でだけ済ませる。華恋も友達との会話に戻ったからだ。
浩明が席につくと、すぐに幸助が前の席に座る。
「おはよ、浩明」
「ああ、おはよう」
「今日はいよいよ球技大会だけど、意気込みはどうですか、兄貴?」
「いつものように、問題にならないくらいで終わらせる」
「そうかそうか。なあ、そういえば聞いたか? 斎藤の話さ」
「……斎藤の話?」
斎藤という苗字は珍しいものではない。学校全体で見れば結構な数がいたが、浩明たちの高校で話題になる斎藤となれば、一人しかいない。
「野球部の斎藤?」
「そうそう! なんでもよ、今回の球技大会が終わった後に、早水に告白するとかいう話だぜ?」
(……本気で言っているのか?)
斎藤――公立高校のうちが去年初めて県大会決勝にまで進出したときにエースで四番として、一人でチームを引っ張っていった野球の才能にあふれた男だ。
おまけに、爽やかなイケメンだ。華恋が女子のナンバーワンだとすれば、斎藤は男子のナンバーワンだった。
去年の夏の大会の際には、彼に会うために他校の女子生徒が校門にまで押しかけたこともあるほどだ。
「なんでも、前から早水のこと気になってたみたいなんだけど……この球技大会で優勝してそのまま告白するつもりみたいだぜ?」
「……球技大会って。もうすぐ夏の公式戦あるだろ? そっちで甲子園にでも行ったらとかでいいんじゃないか?」
「いやいや、さすがに厳しいからじゃないか?」
「それにしたってな……」
浩明がさらに何かを言おうとしたとき、幸助が意外そうに目を丸くした。
「なんだ、珍しく色々意見してくるな。もしかして、おまえも早水が気になっていた口か?」
「別に、そういうわけじゃない」
「相手が斎藤じゃあ、厳しいって思うのも無理はないけどさ。おまえだって悪くないんだし、今日中にアピールして誤魔化しておくってのはどうだ?」
「だから、そういうのじゃないって」
「まあ、そうだよな。おまえ、そういうの興味ないもんな」
(……ああ、興味ない。けど――なんていうか、少しだけ嫌だなって思った。……勝手だな)
浩明は首を振って、そんな考えを振り払った。
「早水と斎藤かぁ。悔しいけどお似合いだもんなぁ。とうとうオレたちのアイドルが手の届かないところにいっちまうんだな」
(美咲。彼氏が他の女に手を伸ばそうとしてるぞ。というか、俺までアイドルのおっかけに巻き込まないでくれ)
「おまえには美咲がいるんだろ?」
「まあな。だからまあいいんだけどさ。これからは、早水の笑顔を純粋に喜べないってな」
「喜べばいいじゃないか」
「斎藤の顔がちらついちまうからさ」
「……そうか」
(面倒な奴だな)
浩明は幸助に苦笑していると、美咲が教室に入ってきた。
「おっ、なになに何の話し合いだい?」
「幸助が浮気を考えてるって――」
「幸助? どういうこと?」
「お、おい浩明っ! 嘘は良くない! 否定してくれ――」
美咲も嘘だってわかったうえで幸助の襟首をつかんでぶんぶん振り回しているのだ。
(……気づいたら、ただのイチャイチャになってる。ちょっとは周りの目を気にしてほしいもんだ)
そんな二人を横目にしながら、ふと浩明は遠くで楽しそうに話している華恋の姿を見た。
(斎藤、か。もし早水が告白をOKしたら……それからは一緒に通うことになるのか?)
華恋はまだ電車を一人で乗れていない。それを思い出した浩明は、斎藤の顔を思い出す。
他クラスの男であるが、男の目から見てもかっこいい奴だ。
話で聞いただけだったが、優しい人という噂もある。
(斎藤なら、毎朝早水を迎えに行くくらいするかもな。二人が付き合ったら、たぶんきっと俺たちの関係も終わるだろう)
そう思った時少しだけ胸が苦しくなった。
浩明はその様子に首を傾げる。それは一瞬で、何が原因かもわからなかった。
やがて、朝の始業を伝えるチャイムが響き、クラスに担任が入ってくる。
朝のホームルームが終わったところで、着替えの時間となる。
浩明たちは教室で着替え、女子たちは皆更衣室へと向かうため、教室を出た。
「浩明、オレ今日のために秘密の特訓してたんだぜ?」
「何のゲームだ?」
「ババババッカ! ゲームじゃねぇよ!」
(ゲームだな)
適当に幸助を相手して、教室を出る。
まずは開会式だ。今日は外の天気が良かったため、全員が校庭に集められた。
校長がありがたい言葉を放った後、司会が球技大会実行委員会に移る。
「球技大会実行委員長の斎藤です。みなさん、今日は勉強なんて忘れて楽しみましょう!」
マイクに向かって、件の斎藤が声を上げた。
斎藤に対して、黄色い歓声がいくつも生まれた。相変わらずの人気に、男子生徒の何割かは嫉妬するような視線を向けていた。
(……斎藤、か。文武両道で顔までいいんだから、そりゃあ嫉妬を集めるよな)
浩明たちの試合は第一試合目だった。
相手のチームは一年生であったが、浩明たちのクラスは事前に話していた通り、経験者がロクにいなかった。
その上、相手にはサッカー部が三名いた。
一試合目、ということもあってか2-1の面々が応援のために集まっていた。
「頑張れー幸助ー! 死んでもいいから勝てー!」
美咲が手でメガホンを作りそんなことを叫ぶ。
幸助が苦笑するようにして、そちらを指さした。
「なあ、浩明、あの彼女どう思う?」
「いい彼女じゃないか」
「はは、だよな」
(愛のある鞭だ、受け止めろよ)
浩明はそんなことを思いながら、軽く息を吐く。
応援にきた女子の中に、華恋の姿を見つける。
サッカーに参加した面々も、華恋を見ては見とれていた。
「よーし、早水さんのためにも頑張らないとな!」
「もちろんだ! 俺の全力を早水さんに見せて、斎藤の告白を阻止してやるぜ!」
そんな風にクラスの面々は盛り上がっていた。
ぽんと浩明の肩を幸助が叩く。
「頑張ろうぜ。オレたちも早水に勝利をささげるためにな」
「……嫌な力の入れ方だな」
(けど……少しだけ、頑張りたいなって思う)
浩明は自分のそんな考えを否定するように首を振る。
別にかっこいいところを見せたいとか、そういうわけじゃない、と浩明は何度も自問自答を繰り返した。




