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痴漢されている美少女を助けたら一緒に登下校するようになりました  作者: 木嶋隆太


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第十一話 喫茶店2

 

 注文を受けた浩明はそれをキッチンにいた真奈美に伝えた。

 しかし、真奈美はじっと女性のほうを見ていて、浩明の言葉などまるで聞こえている様子はなかった。

 仕方なく、浩明は源五郎へと視線を向けたが、彼も腕組みポーズのまま固まってた。


 普段はじっと目を閉じている彼が、今だけは見開いていた。親子揃っての同じ様子に、浩明はため息をつくしかなかった。


「学校の、クラスメートです。特にそれ以上の関係はありませんけど」


 二人が驚いている内容を把握していた浩明は、努めて冷静にそういった。

 本当は登下校を共にしていたが、それは仕方ない事情があったからこそ。

 浩明の声を聞き、源五郎は再起動された。しかし、真奈美は未だじっと華恋に視線を送ったままだった。


「……ただの、クラスメート、そんな仲で終わるような距離感じゃないね!」


 真奈美が興味津々、楽しそうな笑みとともに叫んだが浩明はそれを聞かなかったことにした。

 逃げた浩明だったが真奈美に肩を掴まれ、がたがたと揺らされてしまう。


「他には何もないですよ、別に」

「だって、あんな風に親しく話している浩明くん、見たことないし! ……もしかして、恋人!?」

「なんでそんなぶっ飛んだ発想になるんですか。本当にただのクラスメートです」

「だって、浩明くんの学校って三十分くらいかかる場所だよね? そこからわざわざ会いに来ないよ! 怪しい臭いがするよ!」

「この辺りに住んでるみたいですよ。たまたま駅で見かけただけですけど」

(嘘は、言っていない)


 浩明の言葉に、真奈美はそれでもまだ疑いを抱いていた。

 そうこうしていると、華恋の注文した物が完成したので、浩明がそれを運んでいった。


(……まったく、真奈美さんには困らせられるな)

「お待たせいたしました」


 料理を華恋の元に置くと、華恋はじっとキッチンの方を見ていた。


「……あのキッチンにいる人。なんだか親しい感じだったね」

(見られてたのか……お客さんにあの姿見せるって、ここじゃなかったらアウトだな)

「なんか、俺と早水の関係を疑っていたみたいだ」

「疑ってた? ……ああ、そういうこと」


 別に黙っているようなことでもない。

 華恋は浩明の言葉ですぐに状況を理解したようだ。その頬を少しばかり緩めていた。


「もちろん、電車でのこととかは口にはしてないから」

「そ、そっか」

(なんだか、ちょっと予想していた反応と違うけど……まあいいか)


 別のテーブルから呼ばれてしまったので、華恋との会話はそこで切り上げた。

 そうして、いつもの仕事に戻った浩明が再びキッチンに戻ると、


「浩明くん、それで? 本当に何もないってことないよね?」


 真奈美に絡まれ、浩明は苦笑を浮かべる。


「またそれですか。何もありませんよ」

「いや、何もないのはダメでしょう!」

(なんなんだ……)

「わざわざこうして仕事場に来てくれるような相手なのよ?! ここはがしっと、距離を詰めないと!」

「距離を詰めるって……別にそういうのはなくて……」

「それじゃあ、まったく興味ないってこと!?」

「そうじゃないですけど……」

(その二択は極端すぎる)


 異性としてみて、華恋は魅力にあふれていた。

 だけど、何かしたいとかそういう風に見ているわけではなかった。

 出来るのならば、もう少しだけ今のような関係が続けば――そんなささやかな願いくらいは抱いていた。


 それ以上を求めるのは、自分にはおこがましい、とも。

 客が何名かちょうど帰宅するところで、浩明はその場から逃げるようにレジへと向かった。

 会計をしていると、その列に華恋も並んだ。


「今日はごめんね、邪魔しちゃって」

「……いや、俺は別に。邪魔にはなってない」

(わざわざ来てくれて、嬉しいとも思ったし。けど、そんなこと口にしたら気持ち悪がられる、よな)

「そう? それで、その――この前話していたことなんだけど」


 ぽりぽりと頬をかき、華恋は煮え切らない言葉を口にする。

 華恋が何を言おうとしているのか予想していた浩明だったが、


「ごはん、作ろうと思ってたんだけど、今日この後か、明日でもいいんだけど空いてない?」


 頬をわずかに染めながらそういう華恋に、浩明の頭は真っ白になっていた。

 しばらく華恋の言葉を反芻して、ようやく理解する。


 偶然にもレジが混んでいなくて助かる程度には、浩明は硬直してしまっていた。


「い、いや……いいって。そこまでしてもらうのはお礼としてはもうもらいすぎだ」

「単純に、私がしたいからってだけで、お礼っていうわけでもないよ」

(私がしたいからって……けど、食べてみたい気持ちもある)


 学校の男性の大半が、華恋の手料理を食べたいと思っていることだろう。

 そんな立場になるというのは、この先の人生の運を使い切ってしまうようなくらいだろう。


「嫌なら、いいんだけど……」

「嫌、じゃない……わかった。今日でも明日でも都合のつく日でいい」

(食い気味に、返事をしてしまった……はずかしい)

「じゃあ……明日にしよっか? まだ仕事長いよね?」

「そうだな、一応十八時あがりだけど……それから夕食の準備っていうのもな」

「ゆっくりしたいし、明日ってことで」

「……それじゃあ、お願いしてもいいか?」

「任せて」


 嬉しそうに笑う華恋に、浩明も口元を緩めた。

 おつりを返したところで、華恋が店を出ていく。

 軽く手を振ってきた彼女に、似たように返してキッチンに戻ると、真奈美がじーっと見てきた。


 その探るような、疑うような視線。興味で染まった彼女の瞳に、浩明は今日何度目かという嘆息をつくしかない。


「何話してたの?」

「まあ、色々学校のこととかです」

(よかった。手料理をふるまってもらう話は聞かれていないようだな)


 それまで聞かれていたら真奈美の好奇心はとどまるところを知らなかっただろう。

 真奈美がビシビシと肘で浩明をつつく。それなりに力がこもっていて、浩明はやめてほしいと思った。


「ちなみに。私はただのクラスメートの仕事先まで足を運ぶことも、別れ際に手を振ることもするつもりないよ?」

(それは、真奈美さんが優しくなくて、華恋が優しいだけなんじゃないか?)

「何その目は」

「いえ、別になんでもないですけど」

「浩明くん脈ありだよ」

(……あるわけないだろ。相手、学校一の人気者だぞ?)


 逆立ちしたって無理に決まっていることはわかりきっていた。

 今の関係でさえ、奇跡的なものにすぎない。

 せめて今は、これを維持できるようにと浩明は思っていた。


「もう、なんだぁ。浩明くんも男の子だったんだねぇ」


 ふふふ、と笑う真奈美に浩明は口をすぼめる。


「別に何の関係もありませんよ。相手に迷惑かかりますから、余計なことしないでくださいね」

「浩明くんは何とも思ってないの? もしも付き合えるチャンスがあったらどうするの?」

「……」

(そりゃあ……どうなんだろう? 気が許せる相手ではあるけど、俺はあんまり彼女に時間をさける人間じゃない。……だから、相手にとって迷惑になるんなら、断ることだってあるだろう)

「実際に、そうなってみないとわからないと思います。……ていうか、こんなありえない想像をするなんて、失礼ですよ」

「そこで、とりあえず付き合ってみる、ってならないのが浩明君のいいところであって悪いところだよね」

(褒めるのなら、褒めてほしいんだけどな)


 浩明は再びレジに戻る。

 窓から見える外は夕陽が目立っていた。だんだんと人の数も減っていく。

 十八時になるころには、すっかり外も暗くなり、浩明たちはいそいそと閉店の準備を進めていった。

 そして、制服から私服に戻る。


「何か、進展あったら教えてね? 応援するぜっ」


 ぐっと親指を立てる親子に、浩明は誤解を訂正するのも面倒になって、そのまま黙り込むことにした。


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