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痴漢されている美少女を助けたら一緒に登下校するようになりました  作者: 木嶋隆太


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第十話 喫茶店1


 喫茶店の控室で制服に着替えていた。

 着替えを終えたところで、更衣室がノックされ、返事をするより前に扉が開く。


「浩明くん、もう来てたんだ?」

「……真奈美さん。ここ男子更衣室なんですけど」

「いーじゃんいーじゃん」

(……よくないっての。俺が裸だったらどうするんだ)


 佐々木真奈美。喫茶店のマスターの娘であり、現在大学一年生であった。

 昔から、親同士が知り合いということもあって、比較的親しくもある。幼馴染のようなものであった。

 朗らかに笑う彼女が更衣室内に置かれた長椅子に腰掛ける。


「最近高校はどうなんだい?」

「……まあ、無難にやってますよ」

「そんな距離のある話し方じゃなくて、昔見たいに真奈美お姉ちゃんって言ってくれたらいいのに。お姉ちゃん、悲しいよ」

「……もうそういう年齢でもないですから」

(この人、美咲と似たような人だから、正直ぐいぐい来られるのは苦手だ)


 真奈美は普段から時間があるときに、ホール、キッチン問わずに仕事をしている。

 小さいころからずっとここで育ったこともあって、その腕はマスターである父に並ぶほどだった。

 椅子に座っていた彼女は足をぷらぷらと動かしていた。


「最近、あの仲の良いカップルの子たち来てくれないから高校の話聞けないんだよね。もしかして喧嘩とかしてない?」

(幸助と美咲か)

「してないです」


 駅で往復800円ほどだ。

 高校生にとって気軽に通える金額ではない。

 仕事開始までまだあと十分ほどあった。何度かの深呼吸を繰り返していく。


「そんなに大変なら、キッチン回る? 私が手取り足取り教えるよ?」

「……いや、これも一応人見知りを直すため、ですし」

「頑張っちゃってー、可愛いー」


 立ち上がった真奈美に頭を撫でられそうになり、浩明はすかさずかわす。

 子ども扱いされることを嫌っての行動だったが、真奈美はぶーと頬を膨らました。


「なにかわすのー」

「……もうそういう年齢じゃないです」

「ほんと、大きくなっちゃって。昔はこんな小さかったのに――」

(そのサイズは幼稚園くらいの時じゃないか)

「最近、本業のほうはどうなってるの?」

(小説のことか。無収入の本業ってそれ無職じゃないか)

「調子は良くないです」

「そっか。まあ、浩明くんならどうにかなるって! お姉さんを信じてね!」

(……根拠はないけど、悪い気はしないんだよな)

 

 笑う真奈美に、浩明も頬を緩めた。

 短く息を吐いてから、仕事開始の時間だ。

 まずは掃除からだ。店の開店時間は十時からであり、それに向けて徹底的な清掃を行う必要があった。

 店内はもちろん、店外も掃除をしながら、近所の人が通るたびに挨拶をしていく。


 必死に笑顔を浮かべながら、浩明は仕事を頑張っていく。

 これも彼にとっては一つの訓練だった。

 いつまでも人見知りのままでいるわけにはいかない、という決意のもと、キッチンに入らずホールでずっと仕事をさせてもらっていた。

 その甲斐もあって、この一年で人並みに話ができる程度には改善したのだった。

 

 高校入学当時は今以上にぶっきらぼうだった。その状態で、幸助たちと親しくなれたのは、彼らの心の広さゆえだろう。

 そうして、開店時間になったところで、浩明の仕事が始まる。


 といっても、この店に訪れる人は九割常連だった。


「あっ、浩明くん。おはよう、今日も頑張ってるね」

「お久しぶりです、佐藤さん、近藤さん。いつもの席、空いてますよ」


 老婆のペアを案内し、注文を受けてキッチンに戻る。

 真奈美がどこか退屈気な様子で仕事をしている。キッチンには、すでに真奈美の父である源五郎もいた。


 寡黙な人であり、浩明に気づくと会釈をする。それに浩明もぺこりと下げてから、真奈美を見た。


「佐藤さん、近藤さんいつものです」

「はいはいー」


 初めはそれなりに多いメニュー表に苦戦した浩明だったが、ほとんどが常連なので今では「苗字」と「いつもの」をセットするだけで問題なく伝わっていた。

 そんな対応ばかりなので、稀に来る新しい客のときにテンパってしまうのが今の浩明の課題だった。


 開店からしばらくして、それほど大きくはない店の席がほとんど埋まっていた。それも老婆が多く、彼女らが一度話に花を咲かせるとたちまち店内は彼女らの話し声であふれた。

 一度彼女らが話し始めるともう止まらない。これが、佐々木珈琲店の日常的な風景だった。


 だから、一度客が入ると仕事が一気に減る。時々、おかわりやサイドメニューの注文が入るだけで、ほとんどやることはない。


 たまに、新しいお客さんが入ってくるのだが、今日はそれもない。

 キッチンにいた真奈美に手招きで呼びつけられ、浩明は仕方なく向かった。


「毎週土曜日シフト入ってるけど、平日に入る気はないの?」

「……なんでですか?」

「若くて可愛い子、いますぜ兄貴?」

(ほかのシフトの子のことだよな。真奈美さんが土曜日に入れないときに、たまに一緒になるけど、よく知らない子たちだ)

「はぁ……」


 興味のない声を上げると、真奈美がむっと頬を膨らませた。


「もう、花の高校生なんだからもうちょっと色気出しなさいよ! ねえ、お父さん!」


 源五郎は鍛え抜かれた腕を組んだまま座っていた。

 真奈美の言葉に反応した彼は、すっと親指を立てた。


「ほら、お父さんも許可出してるよ! 社内恋愛のチャンスだよ! 今くらい明るく振舞えれば大丈夫でしょ!」

「……いや、これ営業しているときだけですから」

(というか、一週間分のスマイルをこの日に注いでいるといっても過言じゃないんだよな)

「もう、高校男児がそんな卑屈でどうするの! もっとハイエナのようにならないと!」

(本当にハイエナになったらそれはそれで困るだろ。いや、なれないけどさ……)

「今は、いいですよ。それより、真奈美さんはどうなんですか? 大学入ってから、ちょっとはいい出会いあったんですか?」

(小説書く時の参考にさせてもらいますから)


 そういったとたん、真奈美はテンパったような顔になる。


「うえ!? そ、それはーそのーえーと、私はまだ恋とか考えられないからなー」

「なら、人に言わないでくださいよ」

(むしろ、大学生の真奈美さんのほうが色々と余裕もあるんじゃないのか?)

「う、うるさいっ! ほら、お客さんきたよ! さぼってないで!」

「はいはい」

(呼んだのはそっちじゃないか)


 入店を告げるベルが響き、浩明は笑顔を浮かべながらそちらに向かう。

 そして、その笑顔が引きつった。なんなら、首でも絞められたような声も一緒に飛び出してしまった。


「は、早水、どうしてここに?」

「あ、戸高くん。土曜日に仕事してるって聞いてたから来たんだけど……いてよかった」


 ふふ、っと悪戯が成功したかのように笑う彼女に、浩明は慌てて首を振る。


「……お客様、一名様でしょうか?」


 にこっと、精一杯の笑顔を浮かべると、華恋が少し驚いたように頬を染める。


「はい、一名です」

「そ、それではこちらの席へ……」


 浩明は必死に普段通りを心掛け、彼女を案内する。


(ていうか……私服、か。なんでも、似合うんだな)


 今日は夏到来、とでもいうほどの気温であり華恋も季節に合わせた薄着だった。

 健康的な肌を見せつけるようなその恰好に、浩明は見とれかけていたが仕事中であることを必死に思い出し、業務に集中する。


「メニューはこちらになります。ご注文が決まりましたら、声をかけてくださいね」

「何か、おすすめのメニューってあるんですか?」

「……えーと、そうですね。コーヒーはどれもおいしいですし、ケーキなどもオススメですね。お昼がまだでしたら、こちらのサンドウィッチなどもおいしいですよ」

「へえ、そうなんだ。うーんとりあえず、これとこれでお願いします」


 彼女はショートケーキとコーヒーを一つ注文した。


(コーヒー飲めるんだな)


 浩明は飲めなかった。




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