亡国の姫様と時々猫
◇ ◇ ◇
あの時の事は、いくら時間が流れても忘れないだろう。
我が国は小さな国で、土地はほとんど放牧の為に使っている。牛や羊、豚などの家畜を飼い、彼らの肉や皮を商品に大国に売っていた。
我が国の城はそんなに広くなく、少し小高い丘のようだと表現されていた。
私達王族も民とわけ隔てが無いように過ごしていたぐらい、仲が良い小国だった。
なのに、あの日、夜中に私が目を覚ましたらその面影は無くなっていた。
夜空にはいつものように星が輝いているけれどその空はいつもより赤い。
焦げた臭いと鉄のような臭いが充満している。
春になったばかりだというのに暑い気温。
そして目に映るのは燃え盛る炎。
他にも視界に入っていたのかもしれないけれど、私は何も覚えていない。記憶に残っていたら、私はもしかしたら発狂していたかもしれない。そう考えると、忘れる事も有り難いものだ。
一人で炎の中歩いていたら、見知った騎士に出会った。彼は怪我をしているのにその右手は剣を離す事はしなかった。
彼は最初に私の心配をしてから教えてくれた。
突然、モンスターや魔王の配下である種族が襲ってきたと。街の方も被害が大きいと。まだ、父様と母様の安否は不明だと。
そして私だけでも外に逃げろと言ってくれた。父様と母様は探して、逃がすから。姫様だけでも逃げろと。
どうしたらいいのかわからない私は言う通りに逃げた。
聞こえてくる声は無視して、助けを求める姿も見ないで。
そうして朝を迎えた時、私は一人の魔女に拾われた。
◇ ◇ ◇
おいらの身体が縦に揺れておいらの眠気が飛んでいく。
いや、別においらがびっくりして飛び上がったわげじゃにゃいぞ。
おいらと嬢ちゃんは都市から来た人間が用意したという馬車に乗っていた。
前いた場所で走ってた奴よりは遅いし、乗ってみるとよく揺れる。
折角ぐっすり寝てたってのにいい迷惑だにゃ。
馬車のにゃかを改めてみると、広い部屋にいるみたいだ。嬢ちゃんは表情を固くして何も喋らない。おいらが面白いジョークを言ったとしても嬢ちゃんに伝わらにゃいから困ったものだ。
そういえば、橋がにゃいのにどうやって都市に向かっているかというと、遠回りににゃるが別の場所にも橋がかかっていたようだ。にゃら最初からそこを通っていれば都市に迎えたんじゃにゃいかと思ったが、そちらは決められた人間じゃにゃいと通れにゃいそうだ。
窓から外を見てみると、人間が増えてきている。さっきの村より多い人間の数に少し驚いたが、馬車のにゃかにいるから特に心配はにゃい。
馬車はどこかの建物に入ったかと思えばまた外に出た。先程までとは馬車の揺れが変わり、おいらの身体が飛び跳ねる事はにゃくにゃった。
人間の声が騒がしくなってくる。だがおいらにはにゃにを言っているかはわからにゃかった。
しばらくして馬車は止まる。嬢ちゃんはおいらを抱きかかえ、開かれた扉から外に出る。前を見れば、見た事ないぐらい大きにゃ建物があった。嬢ちゃん達は迷わずその中に入っていく。
長い廊下を歩いていくと何人もの人間とすれ違っていく。嬢ちゃんに対して敵意を見せている人間はいにゃいので、おいらは嬢ちゃんに抱かれたまま身を委ねる。
大分歩いてからやっと目的の場所に辿り着いたらしく、おいらは床に降ろされた。
周りを見渡してみると、しっかり手入れしているらしく、壁も床もぴかぴかだ。銀色の服を着た人間が赤い床を挟むように立っている。その奥には偉そうにゃ人間が一人椅子に座っていた。
人間達の親玉だろうか?
「顔を上げなさい」
親玉の言葉に頭を下げていた嬢ちゃんが顔を上げた。
これは、嬢ちゃんのペットとしては礼儀正しくいた方が良さそうだ。おいらも嬢ちゃんの足元に座る。前足を揃えるのと、尻尾を前足に乗せれば敵意はにゃいとわかってもらえるだろう。
「セト国の第三王女、だったね。昔会っただけだったが覚えているだろうか」
「勿論覚えております、キアタ国王陛下。突然の訪問をお詫び申し上げます。セト国第三王女、ライラ・セト・トラロクと申します」
「確か5年前に会ったはずだが、ライラ姫よ今幾つになった?」
「今年で10を数えます」
え、嬢ちゃん10歳?ちっこい人間だとは思っていたけどそんにゃ歳にゃのか。
「さて、今回は何故この国に?君の父上は旅をさせるような人には見えなかったが」
「……伝令は、届いていないようですね」
嬢ちゃんは少し悔し気に、だが落ち着いた声で言う。
「我が国は、魔王軍により被害を受けました」
嬢ちゃんの言葉にこの部屋にいる人間達がざわつく。親玉が片手を挙げるとすぐにそのざわつきは落ち着いた。
こいつ、にゃかにゃかできる。
「被害の状況は」
「壊滅、です。私を助けてくれた人が確認したところ、生存者は私だけ、のようです」
「何故、こちらに連絡をくれなかった。キアタ国とセト国は軍事的繋がりがあるというのに」
「伝令兵も、伝書鳩も我が国から飛ばしておりました。それが届いていないという事は、道中で邪魔があったのでしょう」
おいらにはよくわからにゃいが、これは、嬢ちゃんの住処がにゃくにゃっちまったってことか?嬢ちゃんは元々飼い猫みたいに家の中にずっといたのか?
「魔王軍が進軍していたとは……。すぐに他の被害がないか確認しろ」
親玉の言葉に、すぐ近くにいた人間が急いで部屋から出ていった。
「私を救ってくれた人によれば、我が国の近くの集落も壊滅と。食料も取られていたので、強奪目的だったかと」
嬢ちゃんを見上げてみるも、その表情は硬いままだった。
「となると、ライラ姫はこれからどうなさるつもりだ?」
「……厚かましくも、お願いがございます」
嬢ちゃんはぎゅっと掌を握りしめる。
「我が国を、セト国を復興したいのでございます。どうか、力を貸してくださいませんか」
嬢ちゃんの言葉に親玉は困った表情を見せる。
にゃんだ、嬢ちゃんのお願いが聞けにゃいのか。
「すぐに答えは出せない。今日は部屋を用意するので休んでいってほしい」
「……ありがとうございます」
嬢ちゃんはまた頭を下げる。おいらも真似して頭を下げてみる。
おいら達が頭を下げている間に親玉はそこからいにゃくにゃった。村であった人間の先導で部屋を出た。おいらはまた嬢ちゃんの腕に抱かれている。
あんにゃいされたのは昨日寝た部屋よりは綺麗で広い部屋だ。
嬢ちゃんに何か言ってから人間は部屋から出ていく。嬢ちゃんはおいらを床に降ろしてベッドに腰をおろす。
おいらは一先ず身体を伸ばしてから欠伸を一つ溢す。
嬢ちゃんがいる方を見ればベッドに身体をにゃげだしていた。
どうやら今日はもう動かにゃそうだ。
おいらは窓の近くのたにゃに飛び移る。外の景色が見えるのは安心する。
「私の国、牛や羊とか、動物が沢山いたんだ。牧草地に皆放牧して、クロスもその中にいたら楽しんでたかもね」
外の景色から嬢ちゃんの方に視線を向ける。嬢ちゃんはおいらを見るわけでもにゃく、天井に視線を向けていたがどこか別の所を見ているようだった。
「みんなで協力して羊の毛を刈ったり……。私も牛の解体とか手伝ったことあるんだよ。まぁ、ほとんど見てるだけだったけれど。昔はキアタ国の領地だったけれど、そうやって大国に物を売ったりしてるうちに独立できたんだって父様が言ってたな」
嬢ちゃんは両腕を持ち上げて天井に掌を向けた。
「でも、全部燃えちゃったんだって」
冷静だった嬢ちゃんの声が震える。
にゃんだよ。親玉の前でも冷静に言えてたのに、我慢できにゃくにゃったのか?
おいらはたにゃから降り、嬢ちゃんが横ににゃっているベッドの上に立つ。おいらを見つめてくる嬢ちゃんの頬をひとにゃめする。
ん?痛いとかいうにゃよ?そこは少し我慢してほしい。
「クロス……っ」
嬢ちゃんがおいらを抱きしめてくる。かにゃり苦しいが、今は我慢する。
おいらの毛が水に濡れるのも、我慢する。
翌日、いつの間にか寝てしまった嬢ちゃんが起きるのとおにゃじタイミングで、おにゃじ格好をした人間達が入って来たと思えば、嬢ちゃんとおいらの餌を用意してすぐにいにゃくにゃる。
とりあえず毒ははいっていにゃそうだ。おいらが遠慮にゃしに食べていれば、嬢ちゃんもゆっくりと食べ始める。
そしておいら達が食べ終わった時に、また同じ格好をした人間達が入ってきて皿を片づけていった。
……どこからか見られてるわけじゃにゃいだろうにゃ?
少ししてまた部屋に人間がやって来た。今度は嬢ちゃんと背丈が近い人間だな。
「失礼いたします。ライラ様、お久しぶりです。覚えておられるでしょうか」
「……アレン、殿下。でしたよね?」
嬢ちゃんの言葉に肯定するように人間は笑顔を向ける。
「よかった。覚えていてくれて嬉しいです」
「一緒に遊んでくださいましたし、覚えていますよ。ただ、昔に比べて成長されていたので一瞬分かりませんでしたが」
「こちらも同じです。美しくなりましたね、ライラ様」
「……ありがとうございます、アラン様」
嬢ちゃんと人間は言葉を交わしてから、近くの対面の椅子に座った。
嬢ちゃんを褒めてはいたが、にゃんとにゃく警戒はした方がよさそうにゃ気がする。ひっそりと嬢ちゃんの足元に移動したが、人間はおいらを見つけていたようだ。
「そちらの猫は、ライラ様のペットでしょうか?」
「いえ、召喚獣です。ペット、とは違うかと」
「そうなのですか。黒い毛並みなのに、額に白の十字のような模様なんて珍しいですね」
お、にゃんだおいらを褒めてくれるのか?良い奴みたいだにゃ。
「アラン様。何か用があったのでしょうか」
「……そんなに固くなって欲しくはないのですが、そうはいっていられないようですね」
人間は肩をすくめ、先程までの笑みを消して真剣な表情に変わる。
「歳が近い私であればライラ様の相談相手にもなるだろうと父に頼まれました。昨日父に頼んでいたセト国の復興についてですが、貴女の望むようにはできないです」
「……どうして、ですか」
嬢ちゃんの声が震えた。おいらは嬢ちゃんの膝に飛び乗って腰を下ろした。
落ち着け嬢ちゃん。おいらがいるから不安ににゃるにゃ。
「国に必要な物は、土地と民と政治だと、私はよく聞いておりました。セト国の土地は残っている、政治もライラ様がいれば最低限は大丈夫かも知れませんが、問題は民だと思われます」
「民、ですか」
「詳細は我が国も聞いただけなのでわかりかねますが、セト国の民のほとんどが犠牲になっているのならば、民となる人間を集めなければなりません。我が国から移住希望がいれば彼らを、また他国になら難民もいるでしょうから彼らからも協力を得れるかもしれません。ただ、まとめあげる立場に就くライラ様には想像以上の苦労を強いるかと思われます」
嬢ちゃんの手がおいらの毛をにゃでる。
「この国が貴女の願いの手助けも出来ます。ただ、我々はそれを勧めたくないのです。貴女なら、他の道を選べる。この国の民の一人となる事も出来るし、貴女が望むなら、私達と共に暮らす事も出来ます。……それを、伝えたかったのです」
嬢ちゃんは、口を開かにゃかった。ただおいらを見下ろしていた。その表情からはおいらにはにゃにも感じ取れにゃかった。
嬢ちゃん、おいらには詳しくわからにゃいけど、嬢ちゃんの今後の生活がかかってるんだよにゃ?
おいらはにゃにが正解かわからにゃいが、どんにゃことににゃってもおいらは嬢ちゃんについていくぞ。
だから、嬢ちゃんは嬢ちゃんが望んだ方を選べばいいんじゃにゃいかにゃ。
まぁ、おいらの言葉にゃんて嬢ちゃんにはとどかにゃいんだろうにゃ。
嬢ちゃんはまだ言葉を発さにゃい。ただその瞳が揺れていた。
「……にゃー」
ここで、おいらはここに来て初めて声を上げた。嬢ちゃんと人間の視線を感じにゃがら、おいらは前足を伸ばして嬢ちゃんの頬に当てる。
爪は出してにゃい。おいらの肉球がぷにっと嬢ちゃんの弾力ある頬に当たる。
前いた場所では、嫌がるおいらを気にせずに嬉しそうに肉球触る人間もいた。もしかしたら人間はこの弾力が好きにゃのかもしれにゃい。いつもは触った奴は爪の餌食にしてやるけど、嬢ちゃんには特別にゃんだからにゃ。
だから、元気出してくれ。
「……ふふっ」
嬢ちゃんは笑みをこぼして、おいらの頭をにゃでてくる。それから、顔を上げて人間を見た。
「私は、人に教えてもらってこの子を召喚しました。また魔王軍に襲われても大丈夫なように力が欲しかったんです。でも、召喚されたこの子の事、私は全く分からなかったんです」
嬢ちゃんはおいらを抱えて立ち上がった。
「決めました。少しだけ、手伝って頂けますか?」
人間は嬢ちゃんを見つめ、苦笑を見せにゃがら頷いた。
準備を整えた嬢ちゃんと一緒にやって来たのは酒場という建物だった。
にゃかは人間が多くてすごくうるさい。それでも嬢ちゃんは気にした様子もにゃくにゃかを歩いていく。
人間の集まりのにゃかに目当ての人間を見つけ、嬢ちゃんの足が早くにゃる。その人間の目の前で脚を止めると、その人間・毛むくじゃらは驚いたように嬢ちゃんを見た。
「ライラ、か。お前らしくない格好だな」
毛むくじゃらの言葉においらは確かにと同意した。
嬢ちゃんは今まで来ていたワンピースという服を脱いで、人間の雄が着ているようにゃ服を着ていた。匂いや顔は変わっていにゃいというのに、服が変わるだけで一瞬誰かわからにゃくにゃるものだ。
おいらを抱えていた嬢ちゃんは毛むくじゃらの目の前のテーブルにおいらを置いた。どうしたのかと嬢ちゃんを見上げれば、嬢ちゃんは右前脚に小剣を持っていた。
にゃにごとかと驚く暇も与えず、嬢ちゃんは可愛らしいリボンで一つに纏めていた綺麗な毛を左手で掴み、戸惑いもなく小剣を毛に当てる。小剣は嬢ちゃんの毛を滑り、リボンでまとめた部分から綺麗に斬り取られた。
毛づくろいもされて綺麗にゃ嬢ちゃんの毛が、嬢ちゃんの肩で揺れる程のにゃがさに変わった。
嬢ちゃんは切った毛を毛むくじゃらに突き出す。
「綺麗な髪の毛は売れば資金になると聞いた事があります。前回は他の人の援助で貴方を雇いましたが、今回は私の意思で依頼します」
嬢ちゃんは今までの品のある笑顔とは違い、悪戯を思いついたようにゃ笑顔で言った。
「リュカ。これからも私の、王女でもなんでもないライラという娘と旅を共にしてください。その中で、私に無い知識も教えてくれると嬉しいです」
毛むくじゃらはしばらく嬢ちゃんの顔を見つめていたが、噴き出すように笑ってから嬢ちゃんの毛を受け取った。
「釣りは出せないけど大丈夫か?」
「勿論」
やったにゃ嬢ちゃん。
おいらの言葉がわかる毛むくじゃらは一度おいらを見てにゃにか言いたげだったが、諦めたのかため息をついた。
「国は諦めたのか?」
「諦めたくないって気持ちもあるのですが、私はまだわからないことが多いことに改めて考えました。クロスのこともまだちゃんと知らず、そしてモンスターの事もわかりません。この状態で国を再興できたとしても、同じことを繰り返しそうです」
嬢ちゃんはおいらの頭をにゃでて目を合わせてくる。おいらは目を閉じて見せる。
「国を再興することだけを考えていたなら、違う方向に目を向けようと思いました。だから、私はリュカとクロスと世界を知りたいと思いました。だから、貴方に依頼したんですよ」
「……そうか」
毛むくじゃらはにゃにか複雑そうにゃ表情を見せた。
にゃんだ?嬢ちゃんといるの嫌にゃのか?
毛むくじゃらは嬢ちゃんに気づかれにゃいようにおいらを睨む。お前は黙ってろって言っているようだ。
全く、嬉しいにゃらそう言えばいいのに。人間ってのはめんどくさい。
ステータス紹介
名前:クロス
種族:猫
性別:♂
年齢:5歳
出身地:地球・日本・東北
誕生日:11月17日
容姿:黒短毛 金目 額に白の十字模様
野良猫であったが、最近地域猫に昇格?したので右耳がV字に切られている。
スキル:狩猟Lv.7 人語Lv.5 夜目Lv.10 敵察知Lv.7 忍び歩きLv.7 跳躍Lv.7
HP:258/258 MP:80/80
属性:雷
顔つきはきりっとしているが、なかなかのビビり。
白十字模様は地域猫になる際に落書きと思われて獣医に必死に拭かれたりしたが本当に模様だと判明した。
トラックに轢かれて亡くなったが、こちらの世界に呼ばれ、転生(生き返り)した猫。
最初は猫が人間に転生も考えましたが、収拾がつかない気がして猫のまま転生にしました。