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 サリーが目を覚ましたのは、午後4時過ぎだった。


溶けた氷嚢を変えると、目をぱっちりと開けて俺の方を見てから、小さく笑って言った。


「ごめんね、勇気。迷惑掛けてる」


俺は少し気持ちが明るくなって、ポンポンと蒲団を軽く叩きながら笑って言った。


「少し体調はマシになったみたいだね。良かった」


時計を見る。あと5時間か。俺はサリーに尋ねた。


「なにか食べるか?おなか空かない?」


少女は首を小さく横に振って言った。


「大丈夫。私、おなか空いてない。勇気はなにか食べたの?」


俺は首を振って言った。


「食欲が無いよ」


そして苦笑いをしながら続けた。


「さすがに今日ばかりは、死刑執行直前の死刑囚みたいな気分だからな、食べる気が起こらない。でも大丈夫だよ、俺は冷静だ。静かにこの世とお別れするさ」


サリーは真顔になって黙り込んだ。なにか考え込んでいる様子だった。


やがて少女は意を決したかのように、ベッドから起き上がり、


俺の方に向き直って改まった口調で言った。


「お話したいことがあります。居間で待っていてもらえますか?」


俺は黙って肯いてから部屋を出た。いよいよ最期だな。


 少女は、一番最初に会った時に着ていた金色の縁取りが施された白いガウンを着て白い帽子を被り、


左手に黄金の鎌を持って、居間に現れた。


長い長い沈黙。


俺は少女が話し始めるまで待った。


少女は床の方を見つめながら小さく何回か肯いてから、


ようやく俺の方に向き直り、目を大きく見開いてから言った。


「私、あなたに、ずっと嘘をついてきました。これから本当のことをお話しします。信じてはもらえないかもしれないけれど」


沈黙。


それから大きく深呼吸をして、再び話し始めた。


「私は、死神ではありません。いくつもの過去や未来を行き来して転生を繰り返してきた魂の一つです。


あなたと会うために、一年だけ許されて、この世に来ました。なぜ会いに来たかというと」


大きく息を吸ってから少女は言った。


「実現する可能性の小さな未来のあなたを愛してしまったからです」



俺は自分のものではないようなかすれ声で少女に尋ねた。


「どういうことだ?お前が一年前に見せてくれた未来とは別の未来に、俺を誘導しに来たということか?」


少女はうつむきながら、小さく肯いた。


「なんのために?」自分の声が遠くから聞こえる。


少女は顔を上げ、俺の目をまっすぐ見て答えた。


「あなたと、またいつか、この世で会うためです」


二人の呼吸する音と、時計の時を刻む音だけが部屋に響く。


俺は少女に言った。


「俺はサリーのことが好きだ。わがままで、気まぐれで、泣き虫で、おこりんぼうのサリーが大好きだ。愛している。でも俺は、もうこの世を去らなければならないのだろう。次の転生先とやらでサリーに会える可能性はあるのか?」


少女はうつむいたまま、首を小さく振ってから言った。


「それも嘘なんです。あなたが、今日死ぬことはありません。この世からいなくなるのは、私です。そして再び会えるかどうかは、わかりません」


時が止まった。


少女は、左手に持った黄金の鎌を掲げながら、話し始めた。


「この鎌の刃は、過去と現在と未来の因果を断ち切る刃です。この刃の力で、今からこの世の現在と未来を断ち切ります。未来がどうなってしまうかわかりません、なにも変わらないのかも知れない」


「私は、サリーとして、あなたに、勇気に、またこの世で会いたいです。もともと会える可能性はほとんどありませんでした。そしてその可能性がこの一年間でどう変わったのかは、わかりません」


「この世に私がどのような形で戻るのかも、そもそも戻ってこられるかもわかりません。無数にある未来から、この世界の未来に来られる確率はほとんどゼロかもしれません。でもね」


少女の持つ鎌が目もくらむような輝きを放ち始める。


少女は小さく微笑んだ。


「おみくじには、恋愛は必ず成るって出てたから。だから」


声が遠く、小さくなっていく。


「戻ってこられたら、一番に勇気を探します。絶対に探し出します。そしてまた一緒に」


俺は絶叫した。


「サリー、行くな。戻ってこい」


急に周囲が暗闇に閉ざされ、すべての音が消えた。


 気づくと俺は居間に一人で立ち尽くしていた。


慌てて時計を見る。時計は午後10時を少し過ぎた時間を示していた。


サリーはどこに行った?



 急いでサリーの部屋に行ってみる。俺は呆然とした。


サリーのために俺が春休みにクレーンキャッチャーで取ったぬいぐるみも、


サリーお気に入りのポシェットも、あのピンク色の小さなスーツケースも、なにもなかった。


俺は床に崩れ落ちた。


床にはうっすらと埃が積もっていた。


まるで一年以上、誰もこの部屋に入っていないかのような風情だった。


妹が両親と一緒にアメリカに行ってしまった、その日から今まで、


この部屋は使われていなかった様相を示していた。


サリーの痕跡はどこにも残っていなかった。


スマホを見てみる。履歴には一切、サリーのメッセージは無かった。


着信も、一緒に写した写真も、なにもなかった。


サリーが送信してきた変顔の写真もなにも残されていなかった。

 

 唯一、サリーに関わるもので残されたものは、天井に星空を投影する小さなプラネタリウムだけだった。


 俺は一睡もできないまま、次の朝、学校に向かった。


予想通り、俺の隣の席にはサリーでは無い別の女子が座っており、


誰一人、サリーのことを覚えている人間はいなかった。


高橋さんは言った。


「天本さん?それ誰?江藤君の友達??私、会ったことある?」

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