女の涙には勇者も魔王も敵わない
「えぐっ、ひっひぐ、ひぇひっひっ」
「お、落ち着いて下さい……」
「はひっ、ひぐっ……は、はいっ……」
──黒羽乃環 18歳
普段は普通の高校生であるがもう1つの顔は
今年、アイドル界に彗星の如く現れたスーパーアイドル──ノワ様──であった。
その抜群のルックスに出会った者全てを虜にすると言われる神対応、それに加えメディアでは大胆不敵で小悪魔的な性格も報じられ一部では“黒い天使”とも呼ばれている。
そんな誰でも知るようなスーパーアイドルがすぐ目の前にいる。
スーパーアイドル、ノワ様の視線を釘付けにするオレは全国民からの嫉妬や反感を買うだろうか?
否、そんな事は断じてない。
なぜなら……
「泣きたいのはこっちなんですけど!
その歳で女子高生を痴漢なんかして恥ずかしくないんですか!!!
はぁ……お願いですから、モテないならモテないなりに慎ましく生きて下さい」
「……はぅ!!
そっ、そこまで言わなくてもっ!
だっ第1オレは痴漢なんてっしてませんっ!」
「……無職とスーパーアイドル…どちらの話に信憑性があるんですかね?」
ぶわっ
何かが目から溢れる。
──古野英雄 22歳
つい昨日魔王を倒し1つの世界を救った英雄は女子高生にガチで泣かされていた。
ヴーヴーヴー
ポケットでは救世主がこっちだよ、こっちだよと控えめに呼んでいた。
「……あ、あのっこれからっ、病院にいかなくてはならなくて、おっ、おそらくそこから電話がっ……」
「チッ……さっさと済ませて下さい」
アリガトウゴザイマス……と涙声で小さく呟くと、電話に出た。
「古野さん??大丈夫ですか??
本日カウンセリングの日なんですが……」
「しゃ、しゃくらじゃん……
ずびばぜんっ、きょ、今日はいげぞうになびでずっ……」
「どうされたんですか!?
古野さん、今どちらに!?!?!」
見かねた駅員さんが事情を説明してくれ、電話越しにすいません、すいませんと声が聞こえる。
新たに涙が流れかけたが、目の前の鋭い眼光に睨まれた気がして引っ込めた。
一時の休憩が終わり、電話が切られると再び堕天使とオレの攻防……いや、堕天使様の一方的な虐殺が始まる。
もう反撃をする気もなくなり、いよいよ諦めてしまってもいいんじゃないかと思った瞬間──バンッ!と部屋の扉が開かれた。
「失礼します!
古野さん!大丈夫ですか!?」
(天使様……)
さくらさんがオレの為に来てくれた……
大天使さくらさんの優しい声を聞けた途端、何かが吹っ切れた気がした。今のオレなら何でも出来る、そう思い再び反撃の狼煙を上げようとしたが
「部外者は出て行きなさいよ!!!
これは私と古野さんの問題なんだからっ!!!!
あんたはっ…あんたは関係ないでしょ!!」
と堕天使が今日1番の咆哮をしたので大人しく黙ることにした。
「関係あります!
古野さんは私の患者様で、精神的に弱ってらっしゃるんです!!
それ以上強い口調で話して悪化したらどうなされるおつもりですか!!」
この天使と堕天使の闘いはそれはそれは凄まじいもので、とても入り込めそうにもなかったので潤った瞳で苦笑いする駅員さんを一瞥してから、扉をボーっと見つめていた。
扉が涙のせいか少し歪んで見える……段ボールのようにひしゃげて……いや、実際に曲げられていた。
そして、ゆっくりと扉の外からこの世界の者とは思えない程に大きく、一目で異常だと分かる男が侵入してきた。
「な、なんだっおm!?!?」ビチャ
目の前で駅員さんが事情を把握する前に肉片となった。
「きゃぁああぁああー!!!」
異常な状況に遭遇し、その返り血を浴びたさくらさんは絶叫し、気絶してしまった。
先程までヒステリックに叫んでいた女子高生も恐怖からか動けずにいる。
日常では到底あり得ない恐怖を目の当たりにしては無理もない。
「見つけたぞ、ヒーロー!」
その言葉にオレはようやく正気を取り戻す。
よく見ると声の主は人でも悪魔でもなかった、というより昨日倒した魔王だった。
確実に昨日殺したはず……というかなぜ日本に……?
「なぜ? という顔をしているな
簡単な事だ。我の憎しみは死をも凌駕した!!
パワーアップしたこの力で貴様を亡き者にしてやろ…う?」
考えるのは後だ、とりあえずこいつを倒そう。
そう思った──確かにオレはそう思っただけだった。
だが、目の前にはすでに死体となった魔王が転がっていた。
「だから、部外者は邪魔」
黒羽乃環はそう静かに言い放つと室内全体が黒い霧に包まれた。
霧が晴れるとそこには穏やかな空気が広がっていた。
「痴漢を捕まえてくれて、ありがとうございましたっ!!
わたし……私本当に怖くてっ!」
「私どもからもご協力に感謝いたします」
黒羽乃環と駅員さんはそう言うとオレに頭を下げた。
どうやら、オレが痴漢を捕まえた事になっているらしい。
色々あった気もするし、理不尽な心の傷を負った気もするが都合の良い展開には下手にツッコミを入れないというのが自分の主義だ。
時計を見るとまださくらさんとの約束には十分な時間があったのでちょっと本屋でも寄ろうかな、とか思いつつ病院行きの電車に乗った。
それよりも電車の中ではさくらさんと何を話そうかとか、あの堕天使がなぜオレが無職だと分かったのか考えながら目的地へ向かった。
読んで頂き、ありがとうございましたm(_ _)m
手が空きましたら、1話のボリュームを増やしたり更新頻度を上げようかなと考えているので応援よろしくお願いします!!