二章
「・・・んっ」
体が段々覚醒していくのを感じる。
目を開けると、空が暗くなり始めていた。
シルクは知らぬ間に寝ていたようだ。
切り株の横においてある水筒を手にとり、頭から水をかける。
「冷たっ」
外も冷えており、かけた水は予想以上に彼の体温を奪っていった。
シルクは、ひとまず濡れた頭をタオルで拭く。
そして、立ち上がり、伸びをする。
夜も近くなり、家に帰らなけらばならなくなった。作業が予定よりも大幅に遅れてしまったが、急ぐ必要はない。
シルクは置いておいた斧を手に取り、ここから少し行ったところにある家へ向かう。
大きな木々が生い茂るこの場所は、夜になるとかなり不気味だ。
それに危険である。
夜になるとこの場所は、猛獣たちが徘徊するようになり見つかればやっかいだ。
落ち葉の上をしばらく歩くと、遠くに洞窟が見えた。
あの洞窟の奥に彼の家がある。
そして、その洞窟の入り口近くには倉庫が置いてあるのだが、ここからは見えない。
倉庫の中には斧や剣、クワなどが入っており、万が一にも荒らされたりしないよう、迷彩柄の布をかけ、さらに魔法で見えにくくしているのだ。
そのため、倉庫に斧を入れるためには魔法を解除しなければならないのだが、その解除方法は極めて単純で専用の魔法鍵をぶつけるだけだ。
鍵は、この洞窟の横にある比較的大きな石の下に埋めてある。
シルクは鍵を取りに行くために少し駆け足になる。すると、
「おわっぁぁあ」
何かにつまずき転んでしまった。
「ううう・・・痛てて・・・」
頭がジンジンした。
たんこぶになってしまうかもしれない。
それに頭の横が凄く痛かった。
頭の横には斧が突き刺さっている。正確には耳に斧が突き刺さっていた。
「はぁ・・・あああああああああああっ!痛ったァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ」
その後散々叫び散らした彼は、耳を手で押さえながらゆっくりと立ち上がる。そして耳に治癒魔法をかける。応急処置だ。
これで、あと少し経てば痛みは引いていくだろう。
それにしてもシルクは何に転んだというのだろうか。
「ここには何もなかった気したしたんだけど・・・」
痛みが引いた後、彼はゆっくりと下を見下ろす。すると、
「えっ・・・」
そこには少女が倒れていた。輝く銀髪を持った少女である。
顔や服は赤く染まり体のいたる所に傷が出来ていた。
「ねぇっ!大丈夫!」
分かっていたことだが返事はない。
かなり危険な状態だ。
シルクは斧を投げ、彼女を洞窟の奥へと運んだ。
無事に家にたどり着いたシルクは、彼女の鎧や武器を外し、血まみれになっている顔を拭いた。そして彼女をベットに寝かせ、応急処置として回復魔法をかけた。
本棚から本を手にとり、薬草室からいくつかの薬草を取り出す。
その取り出した薬草を手順通りに調合していく。
そして調合が終わった薬を寝ている彼女に無理やり飲ませる。
これで彼女はしばらくすれば目を覚ますだろう。
それにしてもなぜこんな森の奥で彼女は倒れていたのだろうか。
この森は危険度A、厳重危険区域に含まれており、一般人はおろか、騎士でさえ容易に入ってこない。
それなのにも関わらず、少女が、それにこの深い地点まで到達しているのは不思議で仕方がない。
それも、彼女の周りには誰もいなかったのだ。
傷だらけになりながら、なんのためにここまで来たというのだろう。
そんなことを色々考えながらシルクは寝ている少女の顔を見る。
見ているとだんだん吸い込まれていく。
銀色の艶のある髪に整った顔立ち。
そして、シルクには何よりも誰かに顔が似ている気がした。
正確に誰に似ているかを思い出せないが、どこか懐かしく感じた。
彼女が寝ている部屋で椅子に揺られながら本を読んでいると、
「んんっ・・・」
という声と共に彼女は目を覚ました。
「おはよう」
シルクは挨拶をしてベッドの横にあるテーブルにココアを置く。
彼女は状況を全く把握できていないのか寝ぼけているのか周りをキョロキョロ見渡している。
そして、シルクをジッと見ると、
「ぐは・・・っ!」
彼女は突如立ち上がり彼の腹に膝蹴りを入れた。
そして冷静な声でシルクに問いかける。
「教えて。何故私はここにいるの?ここはどこ?私の武器は」
そう言いながら続いてあごに蹴りを入れてくる。
「早く。答えて。答えないと・・・」
「わ、わかった!だから膝蹴りの準備はやめて!」
シルクがそう叫ぶと彼女は彼から離れゆっくりとベッドに座った。
彼女は静かにシルクをずっと睨め付けている。
「はぁ・・・」
どうやら彼女は状況の理解が出来ていないらしい。いや、正確には何か間違って理解しているようだ。
僕は未だ警戒されている彼女からいったん離れるため武器を取りに行くことにした。
「え、えっと、まずそこに置いてあるココアでも飲んでて。僕は君の武器を取ってくるから!」
「逃げないでよ」
「はぁ・・・僕が君から逃げ切れると思うかい?」
僕がそう言うと彼女は、それもそうね、と言いながらココアを飲み始めた。
・・・僕のことを敵視しているのに毒だという可能性を考えないのだろうか。
僕は部屋から出て一息つく。
彼女も少しは落ち着けるようになるだろう。
シルクは武器庫にしまっておいた彼女の武器と鎧を取り出した後、
「入るよ」
そういって部屋の中に入る。見た限り彼女は少し落ち着いたようであった。
「えっと、君の鎧と剣についた血はお前の寝ている間に拭いておいた」
彼はきれいになった武器と鎧を彼女に差し出す。
すると彼女は無言でそれを受け取った。
「少しは落ち着いたか・・・そしたら今からさっきの質問に答えるけど・・・いいね?」
彼女は静かにうなづいた。
もういきなり蹴られたりはしないであろう。
「君のいるこの場所は僕の家。もっと正確に言うと、森の奥深くにある洞窟の奥だよ。森の名前は、深迷の森。僕は、この近くで君が倒れているのを発見しここに連れて来たってこと。僕が知っているのはこれで全部。ほかの質問については何とも言えない」
シルクは俯いている彼女に文字通り知っていることすべてを説明する。
彼女は何も言わない。
まだ状況が整理しきれていないのだろう。
「気が向いた時でいい。君がなんでこの場所に来たのか教えてくれ」
シルクはそういうと静かに部屋から出た。
しばらくしてシルクは彼女の元へ温かいスープを持って行き、外に出る。
洞窟の外はかなり冷え込んでいた。
彼はそんな寒さの中、近くの背の高い木の枝に飛び乗る。
そして空を見ながら深呼吸を繰り返す。
それは彼の日課に近いものになっていた。
シルクは濁った空を見ながら考える。
この場所にいつまで居続けるか。
今作っている畑には何を植えようか。
斧は今頃どこにあるのだろうか。
そして、彼女をどうすればいいだろうか。
無論、彼女を一人で帰らせるわけには行かない。だが、彼女を元いた場所に送るのにもそれなりにリスクを伴う。
このまま、傷が完璧に治るまでここにいてもらうべきだろうか。
考えが進まない。
シルクはポケットに入れておいた小さな水筒を取り出し温かい水を飲む。
冷えた体は温まり、熱くなった頭は落ち着きを取り戻す。
シルクは再び空を見る。冷たい風が彼の体に染みる。
すると、
「ここにいたんだ・・・」
と綺麗な声が聞こえた。
シルクは驚いて下を見ると、そこにはあの少女がいた。
そして、今からそっちへ行くね、と言って高い木の上へ難なく跳んできた。
シルクは彼女に僕の横に座るよう勧めた。
銀色の髪は夜でも輝いている。
「もう・・・大丈夫なの?」
シルクは彼女のことを本気で心配して、そう聞いた。
彼女は小さな声で、うん、とうなづく。
そして、しばらく無言の時が続き、彼女は決心したように口を開いた。
「まず最初に。さっきはいきなり手を出してしまってごめんなさい。そして私なんかを助けてくれてありがとうどざいます」
彼女はこっちを向いて頭を下げる。
「私に事情を話してくれたお礼と言ってはなんですが、先程の質問に答えさせていただきます」
「あぁ・・・それはありがたいんだけど、そんなに硬くならないでくれるかい?敬語を使われるのは慣れてなくて」
「・・・わかった。私の名前はレイナ・クロロフォン。私が住んでいたのは、この森を抜けたところにあるクロギア王国」
クロデリア王国というのは世界有数の大国だ。商業が盛んで、朝晩問わず賑わっている。
その華やかさから、華の国と呼ばれることもある。
「私はそこでフリーのサポーターをやっていたの」
「サポーター・・・」
「サポーターはクロギア王国特有の仕事で、ほかの国の人は知らない人が多いんだけど、騎士の補佐官のようなものだよ。遠くまでモンスターを倒しに行くときや、遠くまで誰かを護衛しながら向かう時、地図を見て道に迷わないようにしたり、傷ついた兵士を看護したり、騎士の出る必要がないほどの弱い敵の相手をしたり、時には・・・囮になったりもする。
そんな職業」
「・・・」
「私は両親がいなかったから、そんな職業しかやるものがなくて。武器だって安物。それに命までかけてやるほどの職業じゃないよ。馬鹿げてるよ」
まぁ私もその馬鹿げていることをやっているんだけど、と言って彼女は笑う。
「話が少しずれたから戻すと、私はおとといから、サポーターとしていつも通り旅に出たの。
だけど、その時の旅は騎士の数が異常に少なかった。
その代わりに私のようなサポーターが多かった。
多分、人件費削減だよ。
でも、その後の未来の予想なんて誰でも予想出来る。大型竜に襲われ騎士団は私以外全滅した。護衛していた貴族の夫婦や騎士、サポーターも皆死んでしまったの。
私は、この森に逃げ込んで、なんとか逃げ切ったんだけど・・・そこで倒れちゃんたんだよ。
命の危機にあった私が助かることが出来たのはあなたのお陰。改めて。ありがとう」
深々に頭を下げる彼女にシルクは、いえいえ、と返す。
「これであなたの知りたがっていた質問の答えは返えしたつもり。
助けてくれたことへのお礼なら、なんでもするよ」
「なんでもか・・・・ならケガが治るまでここで僕の手伝いをしてくれ。君もまだ故郷に帰れる状態じゃないんだし」
「・・・そんなことでいいの?」
「今人手不足で困ってるから是非手伝ってほしいんだ」
「そんなことでいいのなら。じゃあ私のことはレイナって呼んで。下の名前は嫌いだから。
えっと・・・あなたのの名前は・・・」
「僕の名前はシルク・ユニオ。まぁどちらでもいいや」
「わかった。シルク。よろしくね」
「うん。よろしく」
そういって二人は握手をする。
未来永劫語り継がれる二人の物語は濁った空の下、今ここから始まった。
「・・・サポーター」
僕は濁った空を見ながら考える。彼女にはこの空がどう見えているのだろうか。
正直に言うと僕はサポーターについて知っていた。
知っていたからこそ、彼女がサポーターをやっていたと聞いて少し唖然としてしまった。
サポーター。それは綺麗な言い方で実際は、犬などと言われている。
親がいない子供や親に捨てられてしまった子供が主にサポーターとなる。
サポーターは奴隷と同然の扱いをされ、一日に一食、暴力は日常茶判事といった生活が基本となる。
サポーターに触れすぎると人間ではなくなるという噂もあり、人に触れることなど暴力の時だけで、他は一切ない。
それに加え、サポーターは強くなったとしても騎士になることは許されない。ある程度歳をとった者は反逆の恐れがあるとして・・・殺される。
要するにサポーターは人間とは認められず死んでいく使い捨ての王国の駒みたいなものなのだ。
綺麗な女の人でさえゴミも同然に死んでいく。
「はぁ・・・」
空が汚い。
今の僕には彼女をどうするか決まっていた。