企み
三部作の最後です。
聖路加国際病院
405号室
病院のベットの上…あの日、バスジャックに合い、爆破された中にいた男…。
「まさか、こんな事になるなんて…美弥子を返してくれよぉぉぉ。美弥子に会いたい」
男は泣き出した。
白衣に掴みかかり、必死に訴えている。
「運ばれて来た時にはもう…」
医者は男から目をそらし、ゆっくりと男の手を離した。
「愛していたんだ。…心から愛していたよ…。なのに何でこんな事に…あの男ぶっ殺してやる!!」
医者は目を伏せ、小さな声で言った。
「ご存知の通り自爆した男はすでに死亡が確認されております。奥様を亡くされた事は心より、お悔やみ申しあげます」
「うわぁぁぁぁぁ」
シーツを被り泣き叫んだ。
医者は困った顔をして、看護婦と顔を見合わせた。
「大丈夫。落ち着いて」
医者はそう言って病室を出た。看護婦は不思議そうな顔をしてから、爽やかに微笑んで ”お大事に ”と言って出て行った。
バタンとドアが閉まる。
男はシーツの隙間からチラリと顔を出し、誰もいない事を確認した。
「よっしゃー!!!!」
両手をあげて上を向いて笑っていた。
”神様って奴は居るんだな。しかも俺の味方な訳だ。俺は今最高に幸せだ。”
男は心の中でつぶやいた。
美弥子を殺そうと思ってた。
だから、この日の為の莫大な保険金をかけオシドリ夫婦を演じてきたわけだ。
海についたらナイフで脅し海に沈めてやるつもりだったのに、手間が省けたぜ。
その上、犯罪者にもならず、悲劇のヒロインを演じ、周りからは同情されつつ金が手に入る。
あのバスジャック野郎には感謝だぜ。
男は不適な笑みを浮かべた。
笑うとまだ肋骨に響くな…そう思いながらも、これくらいの痛みで保険金が手に入るなら安いもんだろ…。
8/30(土)4時45分のバス。このバスに乗った事から俺の運命は変わった。
まさか冴えないサラリーマンがバスジャックをするかなんて誰も予測出来ない。本当に偶然だ。
だからこそ俺は堂々と保険金が受け取れる。お涙頂戴の臭い演技も嬉しくて気合が入りすぎたかもしれないが、良しとしよう。殺ったのは俺じゃない。
俺達が乗ったバスにブツブツと、つぶやきながら虚ろな目をした奴がいたのは判っていた。
”こいつ、ラリッてんじゃねーか? ”
奴の前を通り過ぎる時そんな風に思ったが然程気にも止めていなかった。
俺は美弥子を殺す計画で頭がいっぱいだった。
バスが動き出して、暫くすると奴はフラフラと運転席に行き、運転手に話しかけていた。
俺らの二つ前に座っていた中学生がなにやら話していて犯人と運転手の会話は聞こえなかったが、奴がでかい声で怒鳴り出した。
「うるせんだよ。いいから言う通りにしろ」
俺は何があった?と奴らを見た。
犯人は運転手にナイフを突きつけていた。
”こいつ、やっぱり頭いかれてんな。”
軽く考えていた。
ヒョロヒョロのいかにも秋葉でフィギア集めてます。みたいな顔している犯人は、俺なら簡単にねじ伏せられると思っていた。
ナイフを振り回している姿は小学生が泣きながらジタバタしているのと同じに見えた。
俺がぶっ飛ばしてやる。立ち上がろうとしたその時だった。
スーツの背広のボタンを開けた時、中に爆弾を仕込んでいるのを乗客に見せ付けたのだ。
犯人は泣きながら自らの置かれている状況を話している。
俺はそんな話に耳を傾けている余裕はない。こいつは周りを巻き込んで皆殺しにするつもりだろうが、俺は死ぬわけにはいかない。
ここで犯人が美弥子を殺してくれて、俺は生き残る。そのためにどうするべきか考えなくては…
「一人で死ぬくらいならお前らも巻き沿いにしてやる!!」
その言葉に美弥子が立ち上がった。
「いやよ。死にたくないわ!死ぬなら一人で死になさいよ。」
「落ち着け美弥子」
今ここで、あいつを怒らせて爆破されたら、お前だけじゃなく、俺まで死ぬだろうが!全く…この女は…毎回イラつかせやがって…
「だってこのままじゃ私たち殺されるわ。」
お前はどっちみち死ぬ運命なんだよ…そう思いながらも泣き出した美弥子を席に座らせた。
「いいから」
犯人は錯乱状態だった。いつ自爆するか判らない状態にみえた。
落ち着け…落ち着け俺…考えるんだ。生き残る方法を…
目を閉じた。
犯人は自らの死の恐怖と人生の絶望に周りを巻き添えに死のうとしている。自分の命の期限を知った今、残された道に自首を選ぶとは考えにくい。
犯人は必ず自爆する!!
一人で死ぬのが怖いんだろう。自分だけが不幸だと思い込んでいるのだろう。
奴は絶対一人では死なない。逆に言えば誰かがいればいいわけだ。
俺がいなくてもいい。
俺は犯人のポケットをみていた。ライターを取り出す瞬間、あるいは、いち早く美弥子を殺す為に持っていたサバイバルナイフの柄の部分で窓ガラスを割ろう。
そして飛び出すのだ。外へ向けて…
待てよ…ライターを付ける瞬間まで待っていたら遅いかも知れない。
今やるか……
ポケットに忍ばせておいたナイフでガラス窓を力一杯殴った。
バリン
窓ガラスは割れたが人間が出れる様な感じではない。
「なにしてるんだ。てめー!!」
俺は犯人が ”皆で死のうぜ ”といいながらポケットに手を入れた瞬間、美弥子を突き飛ばした。
「キャッ!」
驚く美弥子を横目に俺は両脚で窓ガラスをブチ破った。
ドバーン
バスは爆発した。
爆風と共に吹き飛ばされた俺は地面に叩きつけられ肋骨を折った。全身打撲、火傷、息苦しい…
救急車の音と騒がしい物音…懸命に誰かを呼び掛ける声…やがて意識がなくなり気がついたら病院のベットの上だった。
目が覚めてから暫く何が何だか判らなかった。
だが俺はすぐに状況を把握した。俺は生き残った。
しかし、美弥子は?!生きていたら…
看護婦が俺の点滴をいじっているのが見えたので、すぐさま体を起こそうとした。
「いてて・・・」
「あっまだ安静にしてないと…」
看護婦は俺の両肩を優しく持ち、ベットへ寝かせた。
「美弥子は!?美弥子は何処です?」
俺の言葉に看護婦は悲しい顔のまま無言だった。
「死んだのか…」
思わず笑みを浮かべそうになって慌てて表情を立て直す。
「教えてくれよ!!あいつは?美弥子は今何処に…」
悲しそうな表情をする…女を必死で探す哀れな男…そうさ俺は最愛の人を亡くした不幸な男。早く言ってくれよ。
美弥子は死にましたってさ、俺を安心させる言葉を…
「奥さんは………亡くなりましたよ……」
悲痛な、観劇の雄たけびを上げる。
「うわぁぁぁぁぁ」
泣いているのは嬉しいから…けれど悲しみを込めて精一杯泣く…振りをする。
「落ち着いて下さい。大丈夫ですから!!」
看護婦の言葉を振り切る形で泣き喚く。
「美弥子〜!!」
「とにかく落ち着いて下さい。奥様の事は辛いでしょうが、貴方が泣いていても時間は逆戻りしませんよ。だから、取り乱してはダメですよ。」
ニッコリ天使の様な微笑み。
取り乱してねぇ〜よ。演技だから…と心の中でつぶやいた。
「さあ、もう少し眠りましょうか。安定剤を打って置きますからね。」
看護婦はそう言って部屋を出た。
いいだろう。少し眠るか…金なら山ほど手に入る。ゆっくりしようじゃないか……退院したら、マンションでも買って悠々自適に一人暮らしを満喫して、そこら辺の若い女でも捕まえて楽しく暮らすか!!
意識がしだいに遠のいていく………。
「ねぇ聞いた?405号室の、バスジャックに巻き込まれた男性…怪我はともかく肺がんらしいわよ!色々調べてたら癌が見つかったって…しかも、あらゆる所に転移してて手遅れだって…」
「きゃ〜悲劇〜!せっかく助かったのにね…かわいそうに…」
「でも奥様亡くして取り乱してたし、奥さんの所に行けるから本望かもよ?」
「そうかもね!」
「あっ!だから…先生も大丈夫って…もしかして、もうすぐ奥様の所へいけますよって意味だったのかなー?」
「そうかもね!」
これが1番くだらない作品かもしれません。