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雨ノ話  作者: 逸話の語り手
4/4

雨ノ話 其の四

最終話です!

楽しんで頂ければ幸いです!

10

道場の稽古場。

そこは、護石の影響で半端な霊なら入れないはずの部屋だったのだが、それを無視できるほどに強化された鍵醒は何とない様子で部屋の一番奥に佇んでいた。

「なんだ?また殺されに来たのか?」

鍵醒は、大して悪気もなさそうに言う。

「まあそれもいいだろう。次はどっちから殺してほしい?好きな方を選らばさせてやるよ。」

手に持った日本刀をくるくると回しながら。

「次死ぬのはお前だ・・・」

大雅君は、鍵醒を睨みつけながらそう言った。

「・・・殺してやる。」

手に持った形見の木刀を、握り締めながら。

二対一。

しかも、こっちは全員が鬼人化に成功している。

戦況は今までにないほど有利だ。

夜叉護石も無い今、ここで除霊が完了できなければもう望みは0に近いだろう。 

「ほう。随分な自信だな。鬼になって気分上々か。」

「お前が余裕漕げんのもここまでだ!」

不意打ち。

大雅が凄い速さで鍵醒に一撃を加え、鍵醒の右腕を千切った。

しかし。

その右腕も、三十秒くらいすればもとに戻ってしまった。

遅いとは言え、れっきとした再生能力。

何故?

再生能力は、確か・・・

「うわっ!」

咄嗟にかわしたのは、影の遠距離攻撃だった。当たったら即死のやつ。

即死というか、死ぬことさえ許されないもの。

それを避けながら、手にした槍で弧を描く。

流石に総力戦である。完全体よりも幾分影の力で強化されている今の鍵醒は、常に右腕に影を纏い、その状態で左手に日本刀を構えていた。

そんな相手に、私たちは中々いい勝負をしていると思う。

しかし、例え当たっても、回復される。

攻撃を加えながら、考える。

何故だ。

夜叉しか持てない性質を、何故・・・

「あっ・・・」

暫く考えて思いついた。

思い出した。

回復、という概念が既に間違っていたんだ。

忘れていた初期設定。

あいつは、今現時点では影なんだ。

今更だったが、納得がいった。

人間は、影に攻撃できないし。

肉体という概念が、そもそも無い。

だから、回復も容易。

しかも、あいつは夜叉護石に消されているんだ。

多少なら、その効果を取り入れていてもおかしくない。

だったら・・・

「おりゃあああ!」

袴の裾に一枚だけ保管していた御札を取り出して、鍵醒に向かっていき、叩き付ける。

胴体に貼ろうと思っていたのだが、避けられてしまい、左腕にしか貼れなかったのが失敗だった。ただ、それでも効果はあったようで、鍵醒の左腕は回復することもなく完全に消えた。

希望が見えてきたと感じたところで、またその希望は潰えた。

鍵醒は、右手に持ち替えた日本刀で御札を木っ端微塵に切り刻んだのだ。

もうなす術はない。

鍵醒の左腕がなくなってもなお、私たちは優勢に立つことは出来なかった。

鬼人化にも限界が見えてきている。

「・・・時間切れだ。」

そう言って、鍵醒が目を見開き、笑う。

私の目には、まるで信じられないものが見えた。

――鬼の八重歯と紫色の瞳。

紫。

その色が表すのは―――極鬼。

鬼の中でも、ぶっちぎりで最高位。

使いこなせるのは、聞いたところ片手で数えられるほど。

私程度の鬼に、大雅君程度の鬼に、勝てるはずもない。

鬼の中の鬼に―――勝てるはずもない。

私たちは、さながら玩具のように、少年漫画のように軽々と壁に叩きつけられた。

二人とも、ぐったりと倒れこむ。

ほらほら、動かないと死ぬぜ?

鍵醒の声が聞こえる。

――残り五秒。

カウントダウンが始まった。

――残り四秒。

――三。

痛い。

――二。

絶望と痛みで動けない。

――一。

もう―――だめだ。

――零。

そう言うと、鍵醒は、さっきまでくるくると回していた日本刀を、私に向かって凄い速さで投げつけた。

目を瞑る。

雨がこれでもかと言わんばかりに降り注ぐ。

―――結局。

結局、扇正さんの仇も、楓の仇も獲れなかった。

獲ろうとしたけれど、ダメだった。

私は、弱い。

何も出来ない。

ごめん―――みんな。

11

しかし、自分の弱さを、死んでその罪を償おうとした私は、しかしいつまで経っても死ぬことは無かった。

いや、それとも既に死んでいるのだろうか?

―――違う。

そんなはずはない。

私は、まだ死んでない。

目を開ける。

そして、目を見開くことになる。

投げつけられた日本刀は、私の頭部の僅か数センチ前で動きを止めていたのだ。

空気抵抗とか。

時間停止とか。

そんなことではなく。

任意的に。

止められていた。

私の、涙で濁った目に入ってきた人物は。

もう一生、目にすることができないはずだった人物だった。

人間でありながら。

人間より遥かに上の位を掴み取り、手に入れた人物。

夜叉と化した人物。

「―――楓?」

日本刀の刃渡りをしっかりと掴み、私を護ってくれた人物に、私は問う。

―――大丈夫。後は全部、引き受けた。

まるでサイズが合わないぶかぶかのレインコートを羽織り、刃渡りを握っているにも拘らず、血を一滴も出さずに佇む、その少年は、そう言った。

白と黒が逆になった目で、鍵醒を睨みつけながら。

その声と、その口調で確信が持てる。

彼は正真正銘の、今城楓だ。

楓は、片手で日本刀を真っ二つに折った。

握り潰した。

大雅君も驚きを隠せなかったようで、目を見開いていた。

そして、彼は折った日本刀を、ぶっきらぼうに床に捨てる。

「頼んだぜ―――雨夜叉。」

彼がそう呟いた瞬間。

誰かに話し掛けるように、そう呟いた瞬間。

楓は消えた。

消えたように、速く移動した。

残像さえ、目に残らない。

気づいた時には、楓はもう鍵醒の目の前にいて。

彼は、目にも止まらぬ連撃で鍵醒を圧倒する。

「人間」には、有り得ない連撃で。

ようやく分かった。

足りないもの。

足りなかったもの。

それは、「名前」だったのだ。

そこにいることを確定させる―――名前。

彼はそれに気づき、死ぬ直前に名前を与えた。

「御雨の夜叉」―――雨夜叉という名前を。

そこにどんなに大きな気持ちが込められているかは、およそ計り知れない。

それを失った悲しみ、憎しみ、悔やみ。

彼にとって、大切だったもの。

それが、彼を夜叉にする。

化物にする。

護石そのものとなった彼の一撃一撃は、私の持っていた御札とは比べ物にならないくらい、いとも容易く鍵醒の部位を消していく。

本気を出せる状態の夜叉なんだ。

例え相手が極鬼であろうと、まるで比べ物にならない。

同じステージに立つことさえ、本来なら許されないだろう。

回復なんてできるはずもなく。

受けることもできず。

避けることもできず。

消されるだけ。

そんな鍵醒は最期に一言、言い含めるように言い放った。

お前はお前で、不幸者だ―――と。

楓は、最後の一撃だと言わんばかりに、地面を叩き付けた。

叩きつけたところから、影がドーム状に広がる。

影の幕が消え、あったのは楓の姿だけ。

ほんの数十秒の間だったと思う。

豪雨が降り注ぐ雨の中。

十五年前に消えたはずの鍵醒は今この瞬間を持って。

余すとこ無く完全に消え去ったのだった。

結界が崩れ始める。

鍵醒を除霊したことによって持ち主を失った結界が。

私たちは傷ついた身体を引きずり、よろよろと歩きながら、それでもできるだけ急いで、狗兄のもとへ帰った。

しかし。

予想外なことに、結界の解除は、まだ終わっていなかったのである。

「えぇ!?マジで!?」

「ごめん、頑張ったんだけど・・・結界が四重に重ねられてて。三つはすぐに解除できたんだけど、あと一つがどうしても解けなくてね・・・」

作業をしながら狗兄は答える。

「どうするのよ!?」

「だから。頑張ってんだって。ちょっと待って。」

「解ける見通しはあるの!?」

「・・・ないね。」

「解き方は?私が解く!」

「無理だって。僕が解けなかったものが、お前に解けるわけがないだろう?」

「うるさい!教えなさいよ!」

「霊力を結界本体に送りつつ、その霊力を使って数百桁のパスワード的なものを・・・」

「ファイト!頑張って!」

「諦めが早すぎるだろ!」

楓に突っ込まれる。

今の状態で頭でもはたかれたら首チョンパだろう。

発言は要注意だ。

「・・・じゃあどうするんですか?」

「・・・」

大雅が聞いたが、返ってこない。

ヤバいヤバい。

折角鍵醒という脅威が無くなったのに結界に押しつぶされて死ぬとか、そんな結末は避けたいところだ。

緊張が走る。

暫くして、楓が案を提した。

「・・・残ってる結界の膜は一枚なんですよね?」

「ああ。そうだ。但し。」

但し、僕が手を離して数秒すれば一瞬で最初からだ。と。

狗兄は意味深なことを言う。

「それでもいいかい?今回も成功するかどうかは分からないよ?」

「・・・やってみます。」

「じゃあ、賭けるよ。」

「はい。」

楓が頷く。

二人の会話についていけない・・・

何のことを話しているんだろう。

狗兄がその場から離れ、楓が結界に触れる。

すると、数百桁のパスワードがあるはずの結界は、いとも簡単に解除できたのであった。

結界が、消えてゆく。

―――鍵醒の目的。

夜叉護石。

なるほど、そういうことか。

彼は夜叉護石を手に入れるまで、ここから出る気はなかったんだろう。

だから最下層に、夜叉にしか解けない結界を作った。

通常では、解けない結界。

他人と戦い、自分と戦う。

そんな彼にとって、出口は、一つしか無かったのだ。

「さあ、行くよ。」

狗兄が促す。

ここをくぐればこの出来事は終わる、と言われ、出た瞬間。

結界は、全て崩れ落ちた。

これでようやく。

私たちの、一日の戦いは、幕を閉じたのだった。







12

   *

最後の語りに入ろうか。

あの、嘘のような本当の話には実は少しだけ続きがあって。

あと少しだけ、付き合ってもらいたい。

  *

―――結界が崩壊すると、そこには朽ち果てた道場ではなく、いつもの静かな道場が悠然と佇んでいた。

結界内はその座標の平行移動。

狗改さんから言われた言葉が思い出される。

そうなると時間も進んでいないわけで、空を見上げると夕日が赤く、紅く、染まっていたのを今でも覚えている。

喜べない結末。

あの後、俺たちが向かった場所は、霊恍神社だった。

四人全員、その結末に一言も話すことなく目的地に向かう。。

目的は、師匠と葵の冥福を祈ることと、雨夜叉の封印。

まあ葵の奴は、きっと冥福なんて祈られたら怒るだろうけど。

それはさておき。

雨夜叉の封印についてはかなり時間がかかったものの、真希と狗改さんの力で無事、封印することに成功した。

しかし。

その代償として、封印主である狗改さんと真希とは会えなくなってしまったのだ。会ったら呪いが発動するらしく、その所為で、お祓いが成功してから、一言も交わせず、挨拶もできず、お礼もできずに霊恍神社を後にしなければならなかったのには、とても心が痛んだ。

―――夜叉の代償。

―――孤独の呪い。

その辛さは、今でもはっきりと覚えている。

そして今でも、思い出すと当時のように嗚咽を漏らしてしまう。

一言も、交わすことは許されなかった。

彼らに向けて最後俺ができたのは、振り向かずに手を振ることだけ。

ただそれだけだった。

届いたかどうかは分からない。

でも、今でも鮮明に覚えている。

今でも鮮明に、思い出せる。

   *

その後、俺と大雅は道場の前にそっと花を置いて、すぐに道場を後にした。

あの場所にずっといるのは、耐えられなかった。

あの大雅が無言で涙を流していたことに、彼の想いの強さが見て取れた。

もう、あのいつもの三人には戻れないと。

そんなことが、頭に浮かぶ。

俺たちは、道場を振り返ることもなく、家路につく。

   *

―――更に二日後のこと。

薫から、大雅の留学を知らされた。

驚いたのは言うまでもなく。

・・・聞いてないぞ。

何も言わずに、中学三年生の身で留学をするという行動は、大雅らしいと思わざるをえなかったが。事前に用意していたと思うと、悲しくなる。いつもと何も変わらない様子だったが、どっちが強いか決着をつけてから行きたかったに違いなかった。

でも、やっぱり好敵手でありたかったのだろうか。だから、あのとき大雅は笑ったのかもしれない。

俺は結局、一週間後の再決勝の日は道場で一人、自主練をすることにして、決勝には出場しなかった。

だって対等じゃないだろう?

不戦勝によって手に入れた称号なんて、欲しいとも何とも思わない。

賭けなんて、またいくらでも出来る。

決着は、また今度、着ければいい。

それがいつになるかは分からないけれど。

次は勝ってやる。絶対に。

   *

・・・と、まあそんな風に、この一連の話は、因果は幕を閉じた。

中学三年生の少年少女達が世界を救うという、異例の話は。

・・・ちょっと大袈裟かな?

いや、案外そうでもないのかもしれない。

それをこれから確かめるためにも、俺はこの出来事を忘れるわけにはいかない。

まあ、忘れられるわけもないだろう。

それならば、折角ならば、いつでも明確に思い出せるところに置いておこうじゃないか。

あれから三年という月日が流れ、高校三年生になった今も、そう心に決めている。

これからもう何もないといった保証はない。

というか、夜叉と化した俺に、これから何もないわけもないだろう。

人は絶えず変わり、化けることで生きている。

そんなことを、いつか言っていた気もする。

別にいいさ。なにがあっても。

望むところだ。

不幸なんて、乗り越えてやる。

いつか狗改さんが言っていた。

誰かを護るってのは、そいつに無いはずの罪を着せることと相成るんだ、と。

それに異論は無い。

議論するまでもない。

でも。

それに抗えると言うのにもまた、等しく異論はないと思う。

今回は、失敗した。

失敗してしまった。

自分の「弱さ」の所為で。

自分の「強さ」が足りなくて。

だからこそ誓う。

次は全部、余すことなく護ってやる。

もう、失敗はしない。

例えそれで、誰かに無いはずの罪を着せてしまったとしても。

その罪からさえ、護ってやる。

あの出来事を思い出して。

それをバネに。

次はもっと、良い結末を終えてやる。

目指せハッピーエンドだ。

約束する。

だから、この話はこの話で、これでいい。

良い結末では、決してなかったけれど。

最悪ではないはずなんだ。

だからこそ、俺は何度でも自分に問う。

何度でも問いただす。

こんな未来を。

こんな結末を。

一体誰が予想しただろう。

一体誰が予想できたというのだろう。

この話は。

言われてみれば少し前で。

言われてみればずっと前の。

全ての起点の、「彼」の過去話。

ふと、考えてしまう。

今も分からないけれど。

分かるはずもないけれど。

「彼」の目には。

あの雨は一体。

どんな風に見えたのだろう?


雨ノ話 完

お疲れ様でした!

評価、感想宜しくお願いします!

また、逸話シリーズ第弐弾、蘇ノ話、近日公開です!

これからも応援、よろしくお願いします!

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