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雨ノ話  作者: 逸話の語り手
3/4

雨ノ話 其の参

雨ノ話 其の参です。

まだ其の弐をご覧になっていない方は、先にそちらをご覧下さい。

07

大会が幕を閉じた。

だからと言って、この話が終わるわけが、終われるわけが無いだろう。

この話の幕は、まだ閉じていない。

まだ戦いは終わっていないのだ。

鍵醒は、準決勝を棄権した。

それは決して喜ばしいことではない。

案の定、嫌な予感は当たってしまったのだから。

狗改さんと連絡がとれないのだ。

さっき、真希が鍵醒の棄権を伝えたときは繋がっていたということを考えると、携帯電話の電源を切らないといけないような状況に追い込まれているのかもしれない。

非常に由々しき事態である。

特に、今の鍵醒はほとんど完全体と化してきているため、尚更だ。

待ってくれていた真希と葵と相談した結果、除霊の手伝いをしに行こうということになった。

しかし、またもやここで問題が発生してしまった。

二人と、鍵醒の居場所が分からないのだ。

できるだけの可能性を考え、絞り、割り出した結果、考えられる場所は二つ。

霊恍神社と、御雨道場。

急を要することを考えると、行けるのは一箇所のみ。

鍵醒が向かいそうなところは――――

「御雨道場だ。」

後から来た大雅が話を聞いて、言い切った。

「なんで分かるんだ?」

「朝、狗改さんがそれっぽいことを言ってたから。」

なにかあったら、いつもの場所で、と。

いつもの場所、といえば、あそこだけ。

「早く向かおう。迷ってる暇は無いぜ。」

「了解。」

その後、五分程度で身支度をし、途中で薫との世間話を少しして、別れを告げてから御雨道場に向かうことにした。

道中は予報通り、焼けるような暑さだった。

―――道場に到着。

普段と何も変わっていない気がして、不安が頭をよぎったが、中にいることを信じて扉を開ける。

すると。

「うわあああっ!」

電流が流れたような痛みに悲鳴を上げる。

左手が痺れて動かない。

「何こんなときにふざけてんだよ。バカか。」

大雅がこっちを見て嘲笑する。

「いやいや、無理だって!触ってみろよ!」

「えいっ!」

俺は大雅に向けて言ったのだが、何故か葵が扉に触れた。

触れて転げ回ってるし。

馬鹿かお前。

一方大雅は、俺たちの経験をもとに人差し指だけで扉に触れた。

痛っ!と小さな声で言ってすぐに手を引いていたが、この野郎よく考えろ。俺と葵は手のひらで触ってんだよ。何倍の表面積あると思ってんだ。

「結界・・・」

ふと、真希が口にした言葉に反応する。

結界。

その地形を、そのままそっくり平行移動させたもの。

普通には、這入れない。

「どうする?真希。」

「どうするって言われても。解除するしかないじゃない。」

「どうやって?触れもしないんだぜ?」

「私を誰だと思ってんのよ。」

「あ」

・・・そうだ。そうだった。

真希は、この年にして霊恍神社の巫女長なんだ。

解除くらい、お茶の子歳々なのかもしれない。

「離れてて。」

そう言って、ポケットからおもむろに御札を取り出した。

雑だなおい。それ、霊験あらたかなもんじゃねーのか。

「とりゃあぁぁぁ!」

そう叫んで、御札を結界に叩きつける。

すると、その部分だけ結界が無くなり、それを槍で破るように広げると、人間一人分がちょうど入れるくらいの穴ができた。

「よーしおっけい!入るよ!」

「やっぱ大雑把だな・・・」

と、そんなやりとりの末、真希に続いて全員が中に這入りこむことに成功。

そして、成功したはいいが這入った後に気づく。

―――「何か」がいる。

人の形こそしているが、人間ではないもの。

はっきりとしていないもの。

もし例えるとするならば――――――影。

影もどき。

影として蘇った―――彼。

「やあああああっ!」

真希が迷い無く槍で影もどきを貫いた。すると、それはまるで何もなかったかのように、跡形も無く消えた。

「早く構えて!」

真希が叫んで促す。

どうやら、影もどきに敵認識をされてしまったようで、それが襲い掛かってくるのに時間は掛からなかった。

「斬っていいんだな!?」

大雅が尋ねる。

「構わないわ!使い捨てのサンドバッグだと思って!」

・・・すごい例えだな。まあ、そう考えると人型で斬るのを躊躇していたのが幾分楽になるけれど。

「了解だ!取り敢えず稽古場まで進むぞ!」

おお!、と、声を合わせて言う。

しかし暫くしても、影もどきが減っている気配はなく、それどころかむしろどんどん増えていっている気がした。数十体。もしかしたら二桁に留まらないかもしれない。

それに、一体一体が結構強いので、少しも気を抜くことができないこともあり、体力的にも中々厳しい戦いを強いられている。

相手は俺たちを殺しに掛かっている。

正真正銘の殺し合いなのだ。

負ければ、死ぬ。

手加減無しのデスマッチ。

疲れている暇なんてない。

少しでも形勢を有利にするため、早く師匠たちと合流しないと。

十分くらい経ったときのこと。

迫り来る影もどきを消し、掻き分けて進んでいると、ようやく稽古場の扉が目に入ってきた。道場の敷地の中心地である。

影もどきの溜まり場に違いない。

そう覚悟して、扉を開ける。

すると、そこには大量の影もどきが―――――――――

いるはずだったのだが、そう覚悟していたのだが。

一体もいなかった。

掛け値なく、いなかった。

ここには集まれないってことなのだろうか。護石の影響で。

それとも・・・

「どっちもだよ。」

真希が簡潔に答える。

見れば、全員大怪我を負うことは無かったものの、結構息が上がっており、消耗している様子が見て取れた。俺も例外ではなかったようで、あまり余計なおしゃべりをする余裕はなかった。

「どういうこと?」

葵がその返答に対して更に質問を重ねる。

「清掃済みだってこと。」

それでも葵はまだよく分かっていないみたいで、

「師匠と狗改さんが、既に全部消したんだ。」

と、大雅が詳しく説明を加えた。

「じゃあ、作り出せる影もどきの数には限界があるってことか?」

無制限に創り出せないとしたら、こっちにも希望がある。

鍵醒と1on1に持ち出せるとしたら。

または、それ以上にハンデが作れるとしたら。

・・・それでも、勝率が完全に百パーセントだと言い切れないのは、力の差を感じるしかないのだが。

「うん。そうみたい。だから完全に全部消すことが出来たら、楓の思ってる通り、有利に除霊を進めることができる。」

「じゃあやっぱり雑魚から地道に狙っていくか。」

「まあ、雑魚と呼べるほどあいつらは雑魚ではないんだけどね。でも、どっちにしろ狗兄や扇正さんとも合流しなくちゃならないんだし、今はそれでいいとしても、その後の作戦は決めてもらったほうがいいかな。」

「違いねぇ。」

「じゃあ、もう一踏ん張りだねっ!」

「ああ、そう信じよう。」

その後、大雅と葵は真希のアドバイスを取り入れ、竹刀を置いて、武器を木刀に持ち変えた。攻撃力の大幅な上昇に心強さもグっと増した。

そんなこんなで休憩終了。束の間の休憩に、ここまでありがたみを感じたのは多分人生で初めてな気がする。

そんなことを思っていると、閉めた扉の向こう側から、ドンドンドン、という、何かが走って来る音がした。

全員咄嗟に身を構える。

「・・・開いた瞬間に、四人で襲い掛かるわよ。」

真希は小声で先制攻撃を促した。

扉が勢い良く開かれ、一斉に攻撃を仕掛けることに成功した。

しかし、拳を、木刀を振り下ろしたときに自らの誤りに気が付く。

相手が影もどきじゃなかったときを考えていなかった。

俺たちが攻撃した先には、師匠と狗改さんが待ち構えていたのだ。

―――まあ、結論から言ってしまうと、その攻撃によって師匠と狗改さんが致命傷を負うようなことはなく、それどころか拳と木刀をそれぞれ掴まれて返り討ちに遭うという嘘のような体験をさせられてしまい、全員揃って数メートル飛ばされてしまった。

嘘のような話と言ってしまうのならばここまでで既に夢でもおかしくないレベルまで来ている気がするんだが、それでも咄嗟の判断で俺たちの全力を込めた一撃を受け止め、それでもって瞬時に反撃されてしまったことから、俺たちはまだまだ彼らに勝てないということを悟った。

「ああ、悪い。お前たちだったか。」

師匠が申し訳なさそうに言う。

申し訳なさそうにされてもな・・・確かにダメージは受けたけど、そもそも攻撃を仕掛けたのは俺たちの方だから、なんとも言えない気分になる。

何というか、言い方悪いけど敵に同情されている気分である。

「・・・すみません。」

「いやいや、でも、判断は正しかったよ。相手の注意がないところにつけ込んで、先制攻撃を仕掛けるというのは。中々賢い方法だ。」

狗改さんがへらへらと褒めてくれた。またしても、何とも言えない気持ちになる。

「私が提案したんだからね!」

真希がどうだ、と言う風に胸を張る。

「なんだ、お前か。」

狗改さんがつまらなさそうに言う。

「なんだってなんなのよ!」

「褒めて損した。」

「損って言うな!もっと褒め称えなさいよ!ほら!」

「準々決勝敗戦おめでとう。」

狗改さんはニャッと笑いながら言った。

皮肉だーっ!凄い皮肉だーっ!

真希が、ぐぬぬ、と口籠る。これは確かに言い返せないな・・・彼女らは家でもこんな感じなのだろうか。

だとしたら、一人っ子の身としては正直なところ兄弟が羨ましくなったりする。なんというか、毎日が楽しそうだ。

「そんなことないわよ!」

「まあまあ。それより、誰が優勝したんだ?」

師匠が大会の話題を広げる。まあ、それによって真希の心からの叫びはあえなく消されてしまったけどな・・・

「俺です。」

大雅がニヤニヤしながら堂々と嘘をついた。

「嘘付くな!折角いい風に終わったのに!」

こいつに語りは任せらんねーな。何言い出すか分かったもんじゃない。

「え?じゃあ、引き分けに終わったってことか?」

「ハイ。」

「前々回もそんなだったような気がするな・・・」

「そうなんですか!?」

これは意外である。

前々回と言ったら、十五年前なわけで、つまり・・・

「まあ、一週間後に俺の優勝が決まるんですけど。」

何かに気づきそうになっていたところで、大雅が自信たっぷりに言った。

「んなワケあるか。優勝は俺のもんだ。」

「俺だ」

「俺だ」

「俺・・・」

「子供か、あんたたち。」

葵が会話を遮って俺らを止める。言われてみれば確かに、子供の会話のテンプレートもいいところだった。

「まあ、その再試合が行われるか否かは、今日決まるんだけどね。」

狗改さんがもっともなことを言う。

「そうだな。狗改の言う通りだ。・・・でも正直、俺としては、お前らにはここから逃げて欲しいところなんだが。どう思うよ、狗改。」

「僕もそう思う。ここは子供のいて喜ばしいようなところじゃないし。・・・そういえばだけど、どうやって入ってきたんだ?入って来れないように気持ち強めに結界を張っておいたのに。」

「えっへん。」

「なるほど。お前の所為か。」

「所為って言うな!手伝いにきてあげたのに!」

「手伝いって言ってもなぁ・・・・」

狗改さんが考えこむ。

「折角来たんだし。何か働かせてよ。」

「そうだね・・・君たちがこのまま戦っても、生きて帰れるとは限らないし・・・僕たちからすれば、君たちを死なせたくはないんだ。」

どうするよ、と師匠に目配せして、またこちらに向き直る。

「そうだね、じゃあこうしよう。」

師匠と狗改さんの間で、言葉も交わさずして一瞬で案が纏まったらしい。

すごい会話力である。会話はしていないけれど。

この人たちだから、テレパシーもありえなくはない気がする。

「正直、君たちが現状で出来ることはほとんど限られる。その中でも重要な役割を果たし、僕たちがとても助かるような仕事は一つだ。」

「鍵醒の除霊ですか?」

葵が尋ねる。

「本当はそうしてほしいんだけどね。残念ながら、今の鍵醒はほとんど完全体に、十五年前の状態に近い。というか見たと思うけど、そんなものとは比べ物にならないほど、今の鍵醒は強化されている。そんなやつに、例え四人がかりでも勝てる可能性は低いだろう。」

「・・・」

四人がかりでも、という言葉に、視線を落とす。

「だから、違うことをしてほしい。難を極めるけど、死ぬ可能性は極めて低い。それに、これをしてもらえると凄く助かる。」

「何ですか?」

「結界の出口を探してほしいんだ。」

澄ました顔をしつつも警戒心をほどかない師匠を横目に、狗改さんは話を続ける。

「え?でも、結界自体は狗改さんが張ったんじゃないんですか?出口は分かるものなんじゃ・・・」

「違う。」

狗改さんはそう言い切った。

「僕が張った結界の出口はちゃんと覚えてるし、最悪、忘れたとしても自分で解除することができるからそれはいいんだ。」

「?」

「今、この道場には二重に結界が張られている。鍵醒を逃がすまいと僕の張った結界と、もうひとつ、僕たちを逃がすまいとついさっき、鍵醒の張った結界が。つまり、つまるところ、鍵醒の張った結界の出口を探さないとここから出られないということだ。」

「でも、鍵醒を倒したら、除霊したら結界は解けるんじゃ・・・」

「それもよくある勘違いだけど、違う。対象の媒体を殺せば結界が解けるんじゃない。結界が壊れるんだ。この二つは同じようで、実は全然違う。」

解ける、と、壊れる。

「つまり、本当に出られなくなるということだ。分かりやすく言うと、立体パズルを一つずつ丁寧に外していく方法が、結界が解けるという状態で、同じものを上から叩き潰すのが、結界が壊れるという状態。僕たちが今、立体パズルの中にいると仮定して、それぞれの方法を使った場合、それぞれどうなるかは中学三年生の君たちには容易く想像できるだろう?」

「ああ、なるほど。」

「な?だから、例え鍵醒を倒したところで、出口を見つけないと生きては帰れないというわけだ。理解できたかい?」

「はい。」

「いい返事だ。分かったならいい。要は、だから、君たちには、鍵醒を倒す前に早急に出口を見つけてほしいということ。そういう意味では、人数補強と言う意味では、君たちが来てくれてよかったと思っているよ。」

「じゃあ、早速探しにいかないと。」

「バカ。待て。」

走りだそうとした葵を大雅が、道着の襟を掴んで止める。

「そうだね・・・バラバラに、適当に探すのは効率も悪いし危ないし・・・どうするよ、扇正。」

「そうだな・・・まず、俺とお前は分けたほうが良いだろうな。」

「そして、決勝戦を引き分けに終わらせたこの二人も、戦力的には分けたほうがいいと。」

狗改さんが指を二本立てて、俺と大雅に向けた。

「じゃあ残り二人はどうするか・・・」

「・・・」

「・・・万が一の事も考えて、霊節能力保持者はそれぞれのチームに一人ずついた方が良いんじゃない?」

「ああ、確かに、それはそうだな。」

迷っていたところ、真希がもっともな意見を出した為、チーム分けは意外と直ぐに決まった。

この決断力は見習わなくては。

「ところで、出口を見つけたらどうするんですか?狗改さんの携帯電話は繋がらないみたいですし。」

大雅が忘れかけていた重要な事実を問いかけた。

「あ、そうだね・・・結界の中では電波は受信できないし・・・」

そうだったのか。てっきり壊れたのかと思っていた。

「僕はそんな、誰かさんみたいにおっちょこちょいじゃないよ。」

狗改さんがまたもや二ヤッと笑う。俺の横にいた真希がうつむいて顔を赤らめた。

何があったんだ・・・

「聞かないで。」

真希に口を塞がれる。

「丁度一年前くらいだったかな・・・」

「言わないで。」

そのままで、真希が狗改さんを睨み付けた。

本当に何があったんだ・・・

聞かないけどな。

女子の手前、紳士に振舞わないと。

「まあ、若干面倒だけど、連絡手段は直接伝言でいこう。ついでに安否確認もできるし。一石二鳥だろうさ。」

「了解です。」

全員が納得する結果だった。

「じゃあ、早速チームに分かれて探索開始だ。時間が無いからね。」

「じゃあ、どっちが先に見つけられるか勝負だね!」

葵が楽しそうに言う。

・・・そうだな。こんなときこそ楽しまないと。

このポジティブシンキングもまた、見習わなくちゃな。

「よっしゃあ!何か賭けようぜ!」

「また百円か?」

大雅が意地悪そうに言う。

「いや、今回は千円賭けてやるよ。」

「微妙な値段だな。」

「いいじゃねーか。千円って。大金だぜ!?駄菓子屋で豪遊できるぜ!?」

「駄菓子屋好きだな・・・」

「駄菓子美味いじゃん。」

「まあな。否定はしねーよ。」

「じゃあ決定だ。」

「あはは、僕も参加するよ。」

狗改さんが笑いながら参加意思を表明した。

「何言ってんの!?バカ兄貴!」

「いいじゃん。楽しくて。」

本当に楽しそうで何よりだ。

「狗改が参加するなら、しょうがねーな。」

「師匠も参加するんですか!?」

「当たり前だろ?折角だしやる気を起こさないとな。」

「そうだそうだ!真希ちゃんも強制ね!」

「えぇー!?私のお小遣いが・・・」

「いいだろ、先に見つければガッポリ稼げるぜ?」

「そうだね。じゃあ、参加させてもらうよ。」

「そうこなくっちゃ!」

そんなこんなで、全員が参加した。

料金は後払いだ。

つまり。

生きて帰らないと、ルール違反。

「いいかい?もし鍵醒に遭遇したら、君たちは扇正に、僕たちのところは、僕にあとを任せて逃げて。それだけは約束してくれ。君たちを死なせるわけにはいかないから。約束だ。絶対に死なないでくれ。頼んだぜ。」

「はい!」

よし、じゃあ始めようか、と。

狗改さんは言う。

俺たちはそれに、拍手と歓声で応えた。

千円という金額についてどう思うかは人それぞれかもしれないが。

俺の今の貯金は使いすぎた故、千二十四円。

・・・悲しいことに、ほとんど全額である。

いい言い方をすれば、俺はすべてを賭けたわけで。

千円然り。

命然り。

・・・まあいいさ。

先に見つけて、生きて帰ってきてやる。

世界を護るために。

というのは大袈裟かもしれないけど。

あの笑顔を、もう一度見る為に。


俺はそう決意して、稽古場を後にした。














08

そんなこんなで、御雨扇正、今城楓、水村真希のチームと、水村狗改、灼山大雅、月原葵のチームに分かれてそれぞれ出口探しをすることになったのが、ほんの数分前のこと。

稽古場の中は、言った通りもともと護石が置いてあったため、影もどきが集まれなかったようだが、外に出るとやはり影もどきは大量にいた。

「突っ込みますか?」

師匠に尋ねる。

「なんでやねん!」

「違げぇよ!」

真希が突っ込みの意味を間違えてきた。師匠に聞いたんだよ。お前じゃねぇ。

シリアスシーンでふざけるな。

メリハリつけろ、メリハリ。

「よし、突っ込むぞ。出口探しは頼んだぜ。」

笑いながら言う師匠。

さっきもそうだったが、師匠は意外と冗談が通じるのだ。

通じなかったら置いていかれていただろう。

危なし危なし。

「行くぞ!付いて来い!」

師匠の掛け声と共に飛び出す。

―――出口を探せ。

どこだ。

どこにある。

師匠は俺たちに探すのを優先させるよう、攻撃は全部引き受けてくれている。

それにしても師匠を先頭に前に進んでいると、全く取りこぼしが無いな・・・

俺たちが結構頑張って一体一体消していた相手を、まとめて3体とか4体とかほとんど一撃で消していっているし、消したことに確信があるのか前方から目を動かさないし。まあ、そのおかげで俺と真希は出口探しに専念することができたのだが。

影もどきを掻き分け、二十分程進むと、出口っぽいものがあるのに気が付いた。

「扇正さん、少し止まってください!」

最初に気が付いたのは真希だった。

「見つけたか!?」

「はい!それっぽいものを!」

   *

着いてみると、確かにそこだけ、他のところと違った。

真希が結界に触れようとすると、師匠がそれを制した。

「迂闊に触るな。何があるか分からないから。」

そう言って、師匠が代わりに結界に触れる。

その瞬間。

師匠と俺たちを分断するかの如く、もう一重に結界が生まれた。

その二十畳くらいの結界の中に、影もどきが生み出される。

―――――罠・・・!

「師匠!」

叫びかけるが、反応が無い。

聞こえないのか?外からの声は。

「気を緩めないで!構えて!」

真希が影もどきを切り裂きながら促す。

暫く攻撃を続けると、何かがおかしい、と、真希が怪訝な表情をした。

俺たちもあくまで、結界の外の影もどきと渡り合いながらの会話である。

だいぶ慣れてきたから、会話する余裕ぐらいは出来るようになったが。

「何が?」

「いや、数が減ってないのよ。」

「え?」

結界の外の影もどきは確かに減っていないように見えるが、、あくまでそう見えるだけで、実際は減っていっていると思うのだが。

影もどきの生産にはエネルギー的に限度があるだろうし。

「違う。結界の外のことじゃない。扇正さんの相手。」

結界の中を見る。見ると、師匠は影もどきを瞬く間に消していくが、消されるに連れまた影もどきは生み出されていく。

何故・・・

「久しいな、扇正。」

結界の中から聞き覚えのある声が聞こえる。聞いたばかりの声。どうやら、中からの声は一方的に聞こえるらしい。姿こそよく見えなかったものの、その声主ははっきりと分かった。

「ああ、久しぶりだな。鳳導。」

師匠は、影もどきを消しながら、それでもちゃんと応える。

昔を懐かしむかのように。

そうだ。

俺たちから見れば、こいつはただの除霊対象に過ぎないかもしれない。

ただの敵かもしれない。

でも、師匠と狗改さんにとっては違うのだ。

敵なことに変わりはないかもしれないけど。

もしかすれば、それさえ違うかもしれないけど。

ともかく、違う。

彼らは、昔の旧友で。

昔の、好敵手なのだ。

敵としてとは言え、十五年ぶりに再会できて嬉しくないはずがない。

「十五年ぶりか。随分と時間が空いたもんだな。」

鍵醒は目を開けようともせず、柱にもたれ、腕組みしながらゆっくり話す。服は大会時の道着のままだが、身体の大きさに応じてサイズが大きくなっている。

「成仏できなかったのか?昔から不器用な奴だ。」

師匠は攻撃の手を止めずそのままで、微笑する。

「したかったんだがな。残念ながら、そのようだ。」

「そうか。それは残念だ。待ってろ。今からさせてやる。」

「そうはいかねえよ。俺は生き返る。自力でな。」

そう言って、鍵醒が指を鳴らす。

すると、見る間もなく影もどきが全て消えた。結界の中も、外も。

―――二人が構える。

1on1。

「決着つけようか。十五年前の、大会の。」

―――大会。

・・・そうだ。今回の大会は確かに異例の引き分けに終わった。しかし、今回が初めてではなかった。

十五年前、一度だけ。

たった一度だけ、今回と同じく引き分けに終わった回があった。さっきの師匠の言葉はそれを揶揄していた。

十五年前の同率優勝者。それは、あの二人だったのだ。

   *

―――その二人が走りだしたのは同時だった。

師匠の突き出した拳が、鍵醒の出した拳が、ぶつかる。

その後の蹴りも、薙ぎ払いも、全て。

鍵醒は、目にも止まらぬ連撃を、真希と戦ったときとは比べ物にならないような連撃を、対する師匠は、その連撃を相殺する攻撃を容赦なく繰り出す。

互角。

互角以上に、互角。

そんな戦いを、十分以上に渡って続けたとき、ほんの一瞬だけ、師匠に隙ができてしまった。

俺の所為だ。

俺は、てっきり影もどきが全部消えたと思っていたが、実はそうではなく、かろうじて数匹残っていた影もどきに背後を取られてしまった。

それを喚起するために余所見をした師匠に、少しばかり隙ができてしまったのだ。

鍵醒はその隙を見逃しはせず、師匠に一撃を加えた。

それによって、師匠は圧倒的に不利な状況に追い込まれてしまうことになった。

「楓!」

だんだん追い込まれていく師匠は、ギリギリの状況で俺に呼びかけながら、小袋を結界の外に向かって投げつけた。

「これを頼んだ!お前なら使いこなせる!」

師匠が投げたものは、結界を突き破って俺の手に収まる。

果たしてそれは、お守りに包まれた護石だった。

素人が触れば、それだけで制裁を受けるもの。

「絶対に死ぬな!なにがあっても生き残れ!」

叫ぶ。叫ぶ。

そして、最後に、最期にこう言った。

後は任せた―――――――と。

そう言い切った瞬間のこと。鍵醒が師匠に三メートルほどに広げた影を叩き付けた。

次の瞬間に目の前で起こった出来事が、信じられなかった。

消えたのだ。

今まで、さっきまで、いたはずの人間が。

跡形もなく、消えた。

まるで、最初から御雨扇正という人物がいなかったかの如く。

今まで共に過ごしていた十年間が、まるでなかったかの如く。

消えた。

その事実に、その信じられない事実に、立ち尽くす。

「何してるの!?早く!」

真希に手を引かれるが、そこから動くことが出来なかった。

・・・分かっている。

早くここから逃げないと、いつかは結界が解かれ、殺されるだろう。

消されるだろう。

師匠と同じように。

あの時の、鍵醒のように。

でも――――

身体が――――動かない。

真希が必死に呼びかけてくれているが、それらを全て排除するかのように、身体は固まり、動こうとしない。

「早く!あなたがこのまま死んだら!誰が扇正さんの仇をとるのよ!」

真希が涙ぐみながら言った、その言葉に―――身体が呼応する。

仇。

そうだ。師匠は最期に言ったんだ。

後は任せた――と。

俺には、やるべきことがある。

こんなところで、死ねない。

殺されるわけには――いかない。

俺はそう感じて、真希の手を引いて、その場から走り出した。

―――だいぶ進んだと思う。

真希をおろし、座りこむ。

「・・・ありがと。」

真希に涙ながらにお礼を言われる。

「いや、こっちこそ・・・ありがとう。」

お前がいなかったら、今頃俺は死んで、殺されていただろう。

命の恩人だ。

「ねぇ、楓・・・」

「分かってる。」

慰めるように声をかける真希の言葉を遮り、言う。

「分かってるよ。師匠は、これの所為で、殺されたんだ・・・」

横に置いた護石を見ながら。

「・・・」

真希は何も言わずに、聞いてくれた。

「こんなものの為に」

こんなものの為に、殺された。

こんな小さなものの為に、殺された。

「なあ、意味があると思うか・・・?」

この戦いに。

この殺し合いに。

「・・・」

「無いだろ?こんな小さな石を取り合って」

奪い合って。

何になるんだ?

これじゃあ、命をどぶに捨ててるようなもんじゃないか。

「この石がどれだけ凄いものかなんて、俺は知らない。」

知りたくもない。

こんなもの。

こんな災厄のようなもの。

さながら、夜叉のようなもの。

最初から無ければよかったんだ。

心からそう思う。

鍵醒も、思っていることは同じだろう。

師匠も、思っていたことは同じだったはずだ。

皮肉にも。

同じだったはずである。

「なあ・・・この石の所為でこれ以上取り返しのつかない事態を避けるには、どうしたらいいと思う?」

自問自答。

例え、鍵醒を除霊できたところで、そんなもの、ただの気休めに過ぎない。

きっと時間が経てば、それがいつかは分からないけれど、不幸は再来する。

絶対に、と言い切れる。

じゃあ、俺たちは何の為に戦ってるんだ?

鍵醒との戦いはただの通過点に過ぎないんだとしたら。

ここが終着点じゃないとしたら。

何と戦ってるんだ?

「俺が―――この戦いを終わらせる。」

この戦いのみならず、全ての因果を。

俺は、きっぱりと言い切った。

そして。

お守りの中から護石を取り出す。

手に置くと、少し痺れる。

こんなもの、ほしいのならいくらでもくれてやる。

そう思っていた。

でも、そんなために師匠は命がけでこの護石を護り抜いたわけじゃないんだ。

お前なら、使いこなせる、と。

師匠は最後にそう言った。

じゃあ、そうしないと。

使いこなさないと。

この戦いを、因果を終わらせるのに必要なら、渡すわけにはいかない。

護り抜いてやる。

俺が責任をもって。

そう言って、俺は口を大きく開け、一気にその護石を飲み込んだ。

「楓!?」

真希が、信じられないと言った風に、近くに駆け寄った。

「何してんの!?吐き出して!早く!」

咳き込む。

急なめまいに、倒れそうになる。

しかし、それも一瞬のことで、すぐに身体は対応したようだった。

夜叉を飲み込んだ。

神に抗える唯一の存在を。

神の失敗作の「災厄」を。

飲み込み。

取り入れた。

もう充分な罪である。

夜叉と化す。

夜叉と成る。

自分でも、信じられないことをしたと思う。

勝手なことをしたと思う。

でも、間違いだとは思わない。

失敗だとは思わない。

これで、いい。

道場にかけてある、師匠にもらったぶかぶかのレインコートを羽織って、立ち上がる。

師匠の、唯一の形見。

大丈夫。もう挫けはしない。

「行こう。」

仇を獲りに。

この戦いを、終わらせに。

休憩は終わりだ。

立ち止まるのも。

逃げるのも。

もう終わり。

これからは、前に進む。

護石なんて、いくらでもくれてやる。

―――俺を、殺せたらな。








09

「鍵醒!どこにいる!出てこい!」

楓は、そう叫びながら影もどきを消していく。

晴れた空が、少し曇った気もする。

ほとんど消したはずの影もどきは、鍵醒が扇正さんを倒したことによって得たエネルギーをもとに、新たに生み出されていた。それと戦いながら、鍵醒を探す。

夜叉護石を飲み込むという信じられない暴挙の末、楓は夜叉の力を手に入れた。

―――白と黒。

―――正と偽。

何が正しいのか、何が間違っているのかを見極め、制裁を加えるもの。

運命を変えることができるもの。

楓には、その能力が、素質があった。

それを見極めた扇正さんは、だからこそ彼に夜叉護石を託したのである。

夜叉護石を飲み込んでから、確かに楓のステータスは全般的に上がっている。

それは確かだ。

その証拠に影もどきを、それこそ目を瞑っても消せるくらいになっている。

ただ、何かが違う。

何というか、ぎこちない。

対応できていないのだろうか。そもそも、夜叉という上位の存在を、本当に使いこなせるのだろうか。

いや、そんな心配をする必要はない。扇正さんは正しい。

楓は、夜叉護石を飲み込めたという点において、既に適合していると言えよう。

それに間違いはない。

間違いはそこじゃない。

「何か」が足りないのだ。その所為で楓は、本当の夜叉の力を出せていない。

発揮できていない。

何が足りないんだろう。

絶対に思い当たるもののはず。

考えろ。それは・・・!

「きゃっ!」

影もどきをほとんど消し終わった頃、目の前に痺れるものを感じ、私としたことが小さいながらも悲鳴をあげてしまった。

水村真希一生の不覚である。

・・・ん?痺れるもの?

そこで気づく。

結界。

人間は入れない―――囲い。

と言うことは。

夜叉である彼は―――

「お前にも消えてもらおうか――今城楓。」

ついさっきも聞いた声が、結界の中から聞こえた。

結界の中には、鍵醒鳳導と今城楓の二人のみ。

さらに成長を見せた鍵醒は、もう限りなく完全体であろうと思われる。

「そうはいかねーよ。次消えるのはお前だ。」

楓が強気に応える。見ると、彼の目は強く、強く鍵醒を睨みつけていた。

「ほう。随分な自信だな。」

「ああ。夜叉護石は渡さねぇ。」

「お前から渡されなくとも、奪い取ればいい話。その自信がいつまで続くか、拝見しようではないか。」

―――知っているのか?楓が護石を飲み込んだことを。まるでそんな口調ではないか。

もし、感づかれているとしたら。

だとしたら、あいつに裏工作は通じない。

真っ向からの勝負しか―――意味をなさない。

その後数える間もなく、楓は鍵醒に飛び掛った。

そして、鍵醒は、その楓を片腕で止める。

・・・何故ここまで強い?

彼自身が影の力を纏っているとは言え、楓が夜叉の力を使いこなせてはいないとは言え、決して楓も変化がないわけではないのに。さっきも言ったが、結構ギリギリの戦いを強いられていた影もどきを、目を瞑ってでも倒せるまでになっている程である。私たち子供精鋭の中では、絶対にぶっちぎりで強いだろう。

それでも、互角にもなれない。

「うおおおおっ!」

楓が怒りの雄叫びを上げる。

何度も何度も。

打ち合いは続く。隙なんてない。作ろうとしても、作れない。

こんな奴をどうやって倒せばいい?

やはり、狗兄が言っていた通り、大会でしかチャンスは無かったのだろうか。

・・・だとしたら、失敗した私の所為だ。

あの時、少しも気を緩めなかったら。

油断しなかったら。

勝てていたはずだろう。

何故気を抜いた?

余裕で勝てると勘違いしたからか?

負けるはずがないと錯覚したからか?

相手は、御雨扇正の、水村狗改の好敵手なんだぞ?

   *

―――楓は、攻撃側とは言え接戦を強いられている。一度も攻撃が当たらないまま、体力だけがどんどん削られていく。

「何だ?夜叉の力もこの程度か?笑わせるな。扇正の勘違いもいいところだな。」

嘲る。嘲る。

扇正さんの名が出たことで、更に楓の怒りは増しているようだった。

しかし、攻撃は加えられない。

私は、罪悪感で唇を噛み締める。

そのときだった。

「頃合か。」

そう呟くと、鍵醒が形式を変えた。

反撃に、攻撃に出たのだ。

楓は咄嗟に構え、受けるが、間に合わなかった。

残像しか見えない攻撃の内の一つが楓の左腕に当たり、腕がごっそりと引きちぎられる。

楓が、声にならない苦痛の叫びを上げる。

「楓!」

そう叫ぶが、結界の中にいる彼に聞こえるはずもなく。

利き手を失った彼は、一回転して転がり込んだ。

千切られた腕は、影の中に沈んでいき、代わりにわずか数秒の間に、ちぎられた左腕が元あった部分が影に纏われ、その形に整えられて元の腕に変わった。

楓は驚いたような表情を浮かべたが、そんな暇はないと言わんばかりにまた形勢を整える。

―――再生能力。

痛みまで、まるで無かったかのように完璧な再生を遂げる。

でも、前に狗兄から聞いたことがある。

命は、どうやっても再生できない。

そりゃ、それだけ聞くと当たり前だろうと言われるだろうが、あくまで彼が夜叉化しているという前提に基づいての話である。

再生するのは部位だけ。

命は、元に戻らない。

死という定義について問いたいものでもあるが、とりあえずの定義はそれである。

「再生能力くらいは使えるのか。中途半端な奴だ。」

「うるせぇ!中途半端に消されてる奴に言われる筋合いはねぇ!」

「・・・!」

その言葉が癪に障ったのか、鍵醒は一蹴りで楓の腹部をふっとばした。

今の楓は再生能力があるからまだ大丈夫だとしても、これが人間だったときにできていたとすると考えると恐ろしくて鳥肌が立つ。

だとすると、狗兄も出来るはず・・・

あのバカ兄貴にはちょっかいを掛けないようにしないと。

そのバカ兄貴も、生きているかは分からないけれど。

大雅君や葵ちゃんは大丈夫なのだろうか。そんな不安が、頭をよぎる。

楓は再生能力を使えると分かってから、気持ち強めに反撃を行っているように見える。

それを確認して、鍵醒は右腕に影を纏う。

扇正さんを消した、あの攻撃。

紛れもない、消去の攻撃―――

「逃げて!」

必死に叫ぶが、声は届かない。

だめだ。その攻撃は。

いくら強くても、耐えられない。

楓もそれは分かっているようで、若干距離をおいて戦っているが、鍵醒はそんなことをお構い無しに、楓に影を投げつけた。

遠距離攻撃。

今まで近距離でしか戦うことがなかった楓にそれが避けれるはずもなく。

楓の再生された腹部に直撃した。

・・・しかし。

そんな心配を裏返すかのように、楓が消えることはなかった。それどころか、全くダメージを受けていないようにすら見える。

投げつけられた影は、楓をすり抜けて結界に当たり、消滅した。

そうか。夜叉である楓に、そもそも影を使った攻撃は利かないのか。

じゃあ、だいぶ有利に戦えるんじゃないか?

と、そう思った矢先のこと。

「いいぜ。そんなに死にてーなら、普通に殺してやるよ!」

そう言って、楓を結界内の壁へとふっとばした。壁が少年漫画みたいな割れ方をする。

楓が形勢を立て直す前に、鍵醒が楓の上の天井を叩き付けた。

天井が崩れ落ちてゆく。

そこから離れようとする楓を、鍵醒が連撃で止める。

「・・・!」

その瞬間。二階の底が楓の上に降りつけた。

砂埃が消え、ようやく前が見えるようになると、そこに楓の姿はもうなく、崩れた天井の、瓦礫の上には鍵醒鳳導が一人、立っていた。

私は涙ながらに、その悲惨な光景を見まいと、振り向きもせず、一目散にその場から駆け出した。

―――私は。

また罪を重ねてしまったのである。

私の大切なものが、失われてゆく。

私の所為で―――失われてゆく。

出会ってすぐとはいえ。

出逢ってすぐとはいえ。

大親友だった。

少なくとも、私の中では。

その彼は、もう死んだ。

死んでしまった。

ならば。

私は、決意する。

幼い頃、狗兄から預けられた鬼の力。

怒鬼。

ここで使う。

躊躇はしない。

容赦はしない。

   

私は―――――鬼になる。


殺してやる――――鍵醒を。そして。


こんな私を。




08裏

「出口を探せ!賭け金は俺たちがもらうぜ!」

「おおー!」

葵がノリノリで返事をする。

俺が語り手に向いてないなんて言う楓を見返してやろうじゃないか。

そう意気込んで、狗改さんを先頭に、影もどきを消しながら出口を探す。

狗改さんの槍さばきは、それはもう見とれてしまうほどで、俺や葵の剣さばきとは比べるべくもなく、なるほど真希さんが使用に凄く難がある槍を使いこなせているのにも納得がいった。

―――探し続けること二十分程度。

「あれじゃない!?」

葵が声を上げた。

「見つけたのか!?」

あった、と言っているのにも拘らず見つけたのかと聞くのはいささか人の話を聞いていない感が滲み出ている気もするけれど、気にしないことにする。

「あった、って言ってるでしょ。」

・・・どうやら見逃してはくれないらしい。

葵が、ほら、と指差した先には、確かに他の結界の部分とは違う感じの部分があり、急いでそこに駆け寄る。

「やった!賭け金ゲット~!」

葵が非常に嬉しそうでなによりなのだが、それを制するかのように狗改さんが、「いや、まだだ」と呼びかけた。

「まだ、ノルマは達成できてない。」

「どうしてですか?」

「じゃあ、触ってみるといい。」

そう言われて、葵が凄く嫌そうな顔をする。

そうだ。こいつ結界に入るときに触って転げ回ってやがったな。

「嫌です。」

はっきり言いやがった。正直だな。尊敬するわ。

「あはは、まあそうだろうね。」

まるで何かを知っているかのように、狗改さんはそう言った。

「大雅が触りなさいよ。あんたズルしたんだから。」

「俺が何に対してズルをしたと言うんだ。」

「触ったの人差し指だけじゃない。この意気地なし!」

「そこまで言われる筋合いはねぇ!」

お前らと違って学習能力がちゃんと働いてるだけだ。

「まあまあ、二人とも、落ち着いて落ち着いて。」

狗改さんが割って入ってなだめてくれた。

大人の余裕である。

「まあしょうがないか。んじゃ、ちょっとどいてねー。」

そう言って、狗改さんは俺らを押しのけて、結界に触れた。

ここで、狗改さんが転がり回るという目も当てられないような光景を見まいと目を逸らしたのだが、特にそんなことは起きなかった。

「え!?」

葵が驚いている。というか、俺も驚いた。

内側から触ると痺れないのだろうか。

そんなことを思っていると、葵が、「なんだ~大丈夫なんじゃないか~。」と言って結界に触れた。すると、またしても葵が転がり回るという目も当てられない展開になってしまった。

こいつはいつまで経ってもバカだな・・・

疑うことをさっさと覚えろ。

まったく、楓と張るぜ。

「あははははは。葵ちゃんはお笑いのセンスあるよ。」

お笑い芸人になりなよ、と、狗改さんは笑った。

・・・へらへらしてるようで中々Sだな、この人・・・

痺れがマシになったらしい葵が、涙目でこちらを睨む。

俺を睨むな、俺を。俺の所為じゃねぇ。お前が勝手に触ったんだろうが。

つーか強いて言うなら狗改さんの所為じゃねーか。

「お前たち!私を苛めて楽しいか!」

・・・涙目で言われても。

だから「たち」をつけんな。俺の所為じゃねぇ。

だからって、狗改さんのことをお前呼ばわりはどうかと思うが、その点についてはしょうがないかもしれないけど。

「ごめんごめん。つい。」

狗改さんは大して申し訳なさそうでもなく謝った。

どことなく楽しそうだ。

というか、つい、って。いつもこんなことしてんのか。

そうなると、いつもこんなことをされているであろう真希さんが可哀想に思えてくる。

「でも、何で狗改さんは触っても大丈夫なんですか?」

素朴な疑問である。

まさかやせ我慢しているわけでもあるまいに。

「僕はこれでも神主だからね。霊力を操って、打ち消してるだけさ。」

「じゃあ真希さんも出来るんですか?」

「どうだろうね。出来ないんじゃないかな。まだあいつは未熟者だし。」

やっぱりプロの所業ってわけか。霊力を操るというのは。

「でも、これじゃあ狗改さんしか出られないじゃないですか。」

葵の怒りはもう収まったようで、けろっとした表情で言った。

後腐れのない奴である。

それもそれでどうかと思うが。

「いやいや。触れるからと言って、外に出れるとは限らないだろう?現にそんなことは出来ないし。だから、今から僕が頑張って解除するわけだ。」

「・・・その解除にはどれくらいかかるんですか?」

「結界の強さによるかな。君たちの反応からして、少なくともそんな数分では無理だろうね。」

「じゃあ、その間俺たちは何をしとけばいいんですか?」

「そうだね・・・じゃあ、僕が集中して、一刻も早く結界を解除できるように、取り敢えずそこら辺のの影もどきを消しといてくれないかな。」

そう言って、狗改さんは少しずつ近づいて来ている影もどきを指差した。

葵と顔を見合わせ、頷く。

「よし、頼んだよ。」

・・・というのが、さっきまでの会話である。

あれから十分くらい経ったか?

葵も俺も、それはもちろん無傷では済まなかったが、影もどきの性質がわかってきた今、余裕とは言わないが比較的楽に倒すことができ、周辺の影もどきは全部、消し去ることができた。

楓たちはどうしているんだろう。

鍵醒が一向にこちらに現れないことに不安を覚える。

別段現れてほしいわけではないけれど、鍵醒もじっとしているわけではないだろう。

と、そんなことを思いながら狗改さんのもとへ帰った。

「狗改さん、大丈夫でしたか?」

結界に手を伸ばしている狗改さんに話しかける。

仕事中なのだろうか。だとすると、邪魔になってしまっただろう。反省しなければ。

「いやいや、一人で暇だったからありがたいよ。大丈夫、何もなかった。ただ、この結界の解除に手間どっていただけ。」

別に暇だったわけではないのだろうが、そう言ってもらえて気が楽になる。

「他に俺たちにできることは・・・」

「そうだね・・・君たちがここにいても、ここから手が離せない僕は今、全くと言っていいほどの役立たずになっているからね。それだったらまだ扇正のところに行ったほうが安全かもしれないな。」

「じゃあ、師匠のところに向かったらいいんですか?」

「ああ。そうしてくれ。ついでに、出口を見つけたことも言っといて。」

「分かりました!頑張ってください!」

「ああ、頑張るよ。扇正たちのところに向かう途中の道は、くれぐれも気をつけて。」

あくまでも僕たちはあいつらの「敵」なんだから、と。

狗改さんに言い含められるように言われた後、俺と葵はその場を後にした。

―――ほとんどの影もどきを消すことが出来たので、途中の道で戦いにならずに、葵と楽しく会話しながら師匠のところに向かえた――――――ワケではなかった。

確かに、少しの間はそうだったのだが、五分くらい進んだところで、新しい影もどきと戦うことになってしまったのだ。

そして、これまた不幸なことに雨も降ってきたのだから、堪ったものではない。

「何で!?影もどきは新しく増えないんじゃなかったの!?今日は快晴じゃなかったの!?」

葵が影もどきを切り裂きながら言う。

「知らねーよ!俺に聞くな!」

そういえば、狗改さんが例外についての話をしていた気もするんだが・・・

何だったっけ。忘れちまった。

「二十体。」

葵が急に言った。

「ん?」

「二十体よ。見たところ、あと四十体くらいいるから、取り敢えず一人二十体。先に倒せたほうの勝ちね。」

「了解だ。折角だし、何か賭けようぜ。」

「んー。そうだねー。」

葵が、少し考えて、言った。

「何でもいいよ。終わってから決めよっか。」

「それじゃあ勝ったほうが有利すぎる条件だろ。」

「いいじゃん。私負けないし。」

「お前にすげー有利になってんじゃねーか。」

理不尽すぎる。

「あれあれ?異種武道大会決勝戦進出者がビビってんの?」

「・・・いいだろう。受けて立つ。」

熱くなると正しい判断が出来なくなるのは困りものである。

「よし決定。じゃあ、位置について。」

「よーい!」

「ドン!」

そのカウントダウンに倣って、俺たちは影もどきへと向かって行った。

で。

十分後。

「十七体!」

「十七体!」

「十八体!」

「十八体!」

「十九体!」

「十九体!」

そこで、カウントは終わってしまった。

終わらざるを得なかった、というのが正しい。

さっきまでうじゃうじゃいた影もどきが、突如として全て消えたのだ。

さながら嫌がらせのように。

「あーあ、残念。消えちゃったかー」

葵が大して残念じゃなさそうに言った。

俺勝ってたのに・・・

でも、何故消えたんだ・・・?

「危ない!」

突然、葵に押し倒される。

普通に痛いんだけど。

でも、葵の判断は正しかった。

俺がもといたその場所には、正真正銘の日本刀が突き刺さっていたのだから。

―――日本刀。

そういえば、道場に一つだけ置いてあった記憶があるその日本刀は、俺が使っていたものでも、葵が使っていたものでもなかった。

屋根の上から降りてきた人物に目をやる。

影のない、実態のない人物。

前見たときよりも、だいぶ完全体に近いと思われる人物。

「さて。どっちから殺そうか。」

そいつは、こちらを睨みながらそんな物騒なことを言う。

「扇正の弟子の、二人目のお手並みを拝見しようか。」

二人目。

あいつは、そう言った。

葵と俺のことだろうか。

それとも・・・

「やあぁぁぁ!」

葵が叫びながら鍵醒に襲い掛かる。

「葵!」

何で勝手に・・・!

俺も咄嗟に援護しに行く。

鍵醒は葵の渾身の一撃をひらりとかわし、地面に突き刺さった日本刀を回収し、二発目の葵の攻撃を軽々と受けた。

相手が日本刀を回収する前にダメージを与えることが・・・!

俺がもっと早く援護できていれば、それができたはずなのに・・・!

後悔が自分の中で渦巻く。

それからの俺の攻撃も、葵の攻撃も、全て一本の刀で防がれている。

強い。ただそれだけ。

葵に向けて放たれた日本刀の斬撃が、葵の長髪を一房持って行った。

急にショートカットになった葵が突きを繰り出したが、その攻撃は刀の刃渡り数センチの部分でガードされた。

攻撃が全く当たらない鍵醒に対して苛立ちが募る。

果たしてその苛立ちは、もしかしたら自分に向けているものかもしれなかった。

俺が全力で振りかぶった木刀が日本刀と交わる。

そうなれば、どうなるかは想像に難くない。

木刀は日本刀と交わった部分から真っ二つに折れてしまったのだ。

鍵醒が、日本刀を振りかぶる。

防げない――――

「大雅!これ!」

葵がそう言って投げたのは、彼女の木刀だった。

日本刀の攻撃をなんとか防ぐ。

しかし、俺はとある事実を見逃していた。

葵は今、素手である。

無防備にも程があるじゃないか。

「葵―――――」

そう言ったときには、もう既に遅かった。

移動した鍵醒が、葵の背後に回っていて。

彼女の腹部を、日本刀が貫通していた―――――

血が噴き出る。

「葵!」

日本刀が引き抜かれ、無慈悲にも鍵醒は葵を十メートルくらい蹴り飛ばした。

葵が壁にぶつかり、ぐったりと倒れこむ。

急いで近寄ろうとするが、それもまた手遅れで。

鍵醒は、日本刀を地面にこすりつけ、発生した炎を葵に向けて投げ飛ばした。摩擦によって生み出されたのかもかどうかもよく分からない炎は、瞬く間に葵を包み、広がり続ける。

それでも近づこうとする俺もまた、葵とは反対側に蹴り飛ばされた。

倒れる。動けない。

早く葵を助けないと――――死んでしまう。

嫌だ。絶対に―――嫌だ。

どれだけ思っても、どれだけ想っても、身体は動かない。

かろうじて立てるようになった身体を動かし、嘲るように笑う鍵醒をよそに炎の中に突っ込んでいく。

弱々しく、呼びかけ、叫びながら。

しかし、燃え上がる炎の中に葵の姿は見当たらなく。

葵があの状態で一人で動けるはずもない。

炎の中、意識が朦朧としていく。

諦めかけていたそのとき、炎の外に人影が見えた。

葵か?

鍵醒か?

動かない身体を動かそうとしながら考える。

だが、俺を迎えにきたのは全く別の人物で。

長い黒髪を後ろで一つに纏めた少女。

水村真希だった。

なんでここに・・・!?

「いいから!喋らないで!」

そう言って、彼女は俺に肩を貸してくれた。

よく見ると、彼女の目は茶色から透き通った青色に染まっていた。

ともあれ、迫り来る炎の中をなんとかくぐり抜け、無事とは言わずも炎の中からの脱出に成功したのであった。

「葵ちゃんは!?」

真希さんが尋ねるが、どうやら察してくれたらしく。

俺は唇を噛み締める。

燃え上がる炎を見つめて崩れ落ち、拳を握り締める。

その炎は豪雨によって消されかけていたが、やはりそこに葵の姿は見当たらなかった。

・・・俺の所為だ。

俺があのときがむしゃらに攻撃しなかったら。

怒りに任せて攻撃しなかったら。

葵はあの攻撃を防げていたはずなんだ。

俺に―――生きる資格なんて無い。

見ると、真希さんの顔にも涙の痕があった。

―――そういえば師匠は?楓は?あいつらは―――

「・・・ごめんなさい。」

真希さんは、青くなった目に涙を浮かべてそう謝った。

「私の所為で――私の所為で皆――」

目を逸らしながら、震える声で。

涙が自然に溢れ出す。

俺は。

俺の心は、その事実を受け入れるのを拒否した。

そんなはずはない、と。

あいつらが、そんな簡単に負けるはずはない、と。

でもそんなのはただの戯言で。

きっと、彼女の涙に間違いは無いんだろう。

でも。

仮にそうだったとしても。

違う。

違うんだ。

君の所為じゃない。

心からそう思う。

俺は涙を拭い、唯一の葵の形見を握り締め、言った。

終わらせにいこう。

この戦いを。

―――身体の変化を感じる。

鬼。

殺鬼。

直感的に分かる。

今日の朝、狗改さんに預けられた謎の力。

鬼の力。

――朝のこと。

神社本殿に連れて行かれ、お祓いみたいなことをされた後に狗改さんに言われた言葉を思い出す。

「今、君に預けた、君が預かった力は、君が心の中から本当に成りたいと思ったときに君を鬼へと変えてくれる、そういう力だ。

「もちろん、生半可な気持ちじゃ成れない。今までで経験したことの無いような思いが、想いが必要だ。

「名前は―――殺鬼。

「もっとも、今の状態の殺鬼はそこまでランクは高くないんだけど。

「それについては、君がこれから強くなって、完全に鬼の力に耐えうるようになるに連れ、その鬼にはどんどん磨きがかかっていく。

「鬼を飼っていると考えてくれたらいいよ。

「自分と共に成長する鬼を。

「―――鍵醒もそうだった。

「彼は、他人と戦い、自分と戦うことでその能力を磨いた。

「そして彼は、行き着くところまで行き着いた。

「行き着いてしまったと言うほうがいいかな。

「だから夜叉護石に取り込まれなかったというのもあるんだろうが。

「とにかく、そういうこと。

「君ならなれるさ。

「正しい鬼に―――」

と、そう言われて、俺は霊恍神社を後にしたのだった。

殺気が溢れたとき――醒める力。

殺気の具現化。

左目は赤。

右目は緑。

見えた護石の色をそのまま使った、さながら中二病感溢れるマッドアイに変化した自分の身体を確認しながら、立ち上がる。

さっきまで断固として動こうとしなかった身体が動くようになっていることから、鬼人化していることが確定された。

思い出す。

葵を。

今までの日々を。

準備は整った。

恐れる必要は、もうない。


俺は鬼に成ったんだから。



最後までご覧頂き、ありがとうございます!

評価、感想宜しくお願いします!

それでは最終話、其の四へとお進みください!

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