雨ノ話 其の壱
逸話シリーズ第一弾、雨ノ話、楽しんで頂ければ幸いです!
01
*
日本のとある場所。
とある夏。
伝説が生まれた地に。
絶望へと化した地に。
大粒の雨は降り続けた。
まるで希望を断ち切るようなこの雨は。
まるで希望を表すかのようなこの雨は。
影に埋もれた地を濡らす。
こんな未来を。
こんな結末を。
一体誰が予想しただろう。
一体誰が予想出来たというのだろう。
この話は。
言われてみれば少し前で。
言われてみればずっと前の。
全ての起点の、「彼」の過去話。
ふと、考えてしまう。
今も分からないけれど。
分かるはずもないけれど。
「彼」の目には。
あの雨は一体。
どんな風に見えたのだろう?
02
*
今城楓は正真正銘の人間である。いや、だからと言って別に、どこかの漫画みたいに、人間と言いつつ何か特別な能力が使えたり、どこかの貴族の一族であったりするわけではない。いわばどこにでもいるごく普通の中学三年生の少年である。強いて能力と言うのなら、五歳のときにとある道場にぶちこまれ、それから十年間そこで稽古を受けているぐらい。本当にこれくらいである。まあ、だからと言って軽視してほしいわけでは全然ないのだけれど、そこまで重要視してほしくないのもまた事実である。初期設定はあくまでただの初期設定であり、ただの初期設定に過ぎない。人間は絶えず変わり、化けることで生きているのだから。
時間を無駄にはしていられないのだ。
「・・・だから俺は帰る。」
「帰るな。戻って来い。」
止められてしまった。上手いこと逃げられると思ったのに。
今は放課後の掃除中。俺は単にサボっていただけである。
そして、見事門番を務めたのは俺の唯一の幼馴染、腐れ縁の極みであるところの灼山大雅だった。追記しておくと、こいつは剣術選択者である。
本来なら、「お勤めお疲れさまです。」とでも言ってあげなければいけないのだろうが、個人的にはお勤めされては結構不都合だったので言わないでおくことにする。
「あぁー!なんで掃除の班俺らに変わったんだよ!昨日もやっただろ!」
「しょーがねーだろ。黒板に落書きしてるとこを目撃されたバカが三班に属してたんだから。連帯責任だってよ。」
「誰だそいつは!けしからんな!」
「・・・」
大雅が黙り込んだ。
怒ってる怒ってる。何か言わないと。
「ドンマイドンマイ!次があるよ!」
「次があってたまるか!三班全員に謝れバカ野郎!」
「アヤマル?」
「蹴るぞ、お前。」
「すみませんでした!」
「よーし分かった。許してやるよ。おーい、みんなー!後はこのバカが全部やっとくって言ってるから、帰っていいぞー!」
あちこちから歓声が上がる。
俺も言っとかないと。
「イエーイ!」
「お前は続きをやっとけ!何ちゃっかりサボろうとしてるんだよ!お前に関しては自業自得だろうが!」
案の定怒られてしまった。
・・・というか、俺、別に全部引き受けるなんて言ってないんだけどな・・・
発言が恣意的に改変されている。
「反省しろ、バカ。バーカバーカ。」
「バカバカ言うな!俺が本当にバカになったらどうするんだ!」
「心配すんな。お前は末期だ。手遅れだ。」
「誰が手遅れだ!」
末期って!手遅れって!心配するわ!尚更こんなとこ居られるか!
「バカの擬人化@楓だしな。」
「俺はそんなIDを付けた覚えはねぇ!」
というかドメイン名が「楓」のIDなんかあるか。
やっぱりお前も似たようなもんじゃねーか。
「お前と一緒にすんな。」
大雅が冷めた目でこっちを見て言った。
「じゃあお前はこの現状を!先生にどうやって説明すんだよ!」
俺はそう言って、掃除メンバーが全員脱走した空っぽの教室を指差す。
・・・逃げ足速すぎだろ。
あいつらには慈悲というものがないのか。
「・・・帰る。」
そう言って、大雅は小走りで駆けて行った。
「おい待て!手伝え!」
「じゃあなー!残り頑張れよー!」
走りながら、振り向きもされずに激励されてしまった。
「待てー!手伝えー!この薄情者―!」
返事が無い。ただのぼっちのようだ。
俺の必死の呼び掛けも大雅には暖簾に腕押しだったようで、俺は蝉の声が響く教室に一人、取り残されてしまった。
*
結局、一人でブツブツブツブツ言いながらもきちんと掃除を終わらせた俺が道場に到着したのは、教室から脱走者が出てから三十五分くらい後のことだった。
「お?遅刻か?」
道場に入ったところで声を掛けられ、振り向く。
御雨道場の主、御雨扇正である。
「いや・・・」
「珍しいな。何かあったか?」
「・・・」
どう言い訳するかな・・・
落書きの罰で掃除させられていた、とはとても言えないし。
「・・・すみません。灼山君が薄情者で。」
必死に捻り出した言い訳であった。
我ながら酷い言い訳である。
「言い訳になってないぞ?」
・・・分かってますよ。なってないのは。
追い込むのを止めて頂きたい。
「いえいえ、とにかく、遅れてすみませんでした。」
言葉に詰まった俺は、謝罪という秘密兵器を繰り出した。
強硬手段である。強行突破と言った方が正しいかもしれない。
「まあいい。それより、休憩室から大雅たちを引っ張り出して来い。大会までもう少ししかないからな。時間を惜しめ。」
「はいっ!」
威勢のいい返事をして、休憩室まで小走る。
脱出である。
ところで、なぜ剣術選択者の大雅が素手術選択者の俺と同じ道場にいるのか、という問については、この道場は師匠の計らいによって素手の戦術か剣術かのどちらかを習うことができるようになっているというのが答である。
とは言っても奴は剣術選択者なので、普段対戦をすることはないのだが、しかし七月二十五日、つまりは明後日に、五年に一度開かれる異種武道大会にて勝負することができるのだ。
正直なところ、俺としては中々楽しみだったりする大会である。
・・・覚えてろよ薄情者。
おっと。ついうっかり本音が出てしまった。
まあ、そんな個人的感情は置いとくとしても、大会直前なので気持ちいつもより稽古が厳しく、キツくなっているのは確かである。そういうことも鑑みれば、掃除が長引いて良かったのか悪かったのか分からなくなってしまうが、良くはないことは確かであろう。
というか、大会直前じゃなくても普通にハードな練習をしてるんだからこれ以上厳しくする必要無いと思うんだけど。それもあって、長続きする人は結構絞られるし。
順次入れ替えが起こっている。
俺と大雅が一番長かったはずだが、それでも未だに慣れることは無いしな。
と、そんなことを思いつつ、休憩室に到着。
「おーっす!」
扉を勢い良く開ける。
すぐにいろんなところから似たような挨拶が聞こえてきたのだが、残念ながら俺の耳に真っ先に真っ先に入ってきたのは、よぉー楓、掃除お疲れー、という、明らかに他と違う返事だった。
「・・・いや、前半については別にいいんだけど。後半についてはなんでお前が知ってるんだ。」
何気なく笑う、月原葵に質問を投げかける。
詳しくは聞いていないので曖昧になるけれど、こいつは親が幼い頃に亡くなり、この道場で引き取られて長いこと娘のように育てられている、と聞いている。
女子の癖に男勝りな奴で、俺もそこまで女々しく振舞っているつもりはないのだが、こいつといると謎の敗北感に苛まれることが度々あるのだ。
同い年だから尚更そう感じるというのもあるのだろうが、やっぱり幼い頃から師匠に育てられているとこうなるのだろうか。
羨ましいとは思えないけどな。
師匠の教育方針なんて、およそ計り知れないし。
それに、何故か彼女が知っている掃除のことについても、別に彼女に聞かなくても、俺には思い当たる節は1つしかないし。
というかそれしか思いつかないんだけど。
「大雅が楽しそうに話してくれたから。」
「だろうな!」
やっぱり。大当たりだ。
葵の横で大雅が二ヤッと笑う。
「おい、お前!ペラペラペラペラ喋ってんじゃねぇ!」
「いいだろ別に。減るもんでもあるまいし。」
「減るもんでもねーから話すな!」
「で?お前は何をしにここに来たんだ?来た瞬間から休憩か?ナマケモノか、お前。」
さらっと話題転換された気がする。
「ちげーし、そもそもナマケモノは一歩も動かねーよ!」
掃除して、小走りするナマケモノって。
ホラーだよ。ホラー。
「師匠が稽古再開するから出て来いってよ。」
「えぇー!?早くない!?まだ五分しか休憩とってないよ!?」
葵が微妙に嫌そうな顔をする。
「大会前だから練習も強化されてんだろ。」
「・・・あれ?大会っていつだっけ?」
「え!?」
葵の衝撃発言。とぼけているわけではないようで、優勝候補の内の一人がまさかの大会日程を忘れていたという事実に休憩室全体が凍りついた。
「明後日だよ。観念しろ、葵。」
その空間を裂いたのは大雅だった。
「ほーい。」
試合日を忘れていたにも拘らず気楽な奴だな・・・
まあいいけど。
大雅の後押しもあって、生徒がぞろぞろと動き始めた。
みんな足取りが重い。
なんというか、ホラーゲームの弱いゾンビみたいだ。もっとも、武術を身につけているゾンビなんていたら主人公もたまったものじゃないだろうけど。 *
学校終わりにも拘らず、その事実をまるで無視するかのようにして行われた4時間にも及ぶ地獄のような稽古の内容は割愛するとして、道場を出て、大雅たちと楽しく喋りながら帰っていたところでロッカーに家の鍵を忘れてしまったことを思い出した俺は、再度道場にUターンすることになってしまった。
道場にはまだ明かりが点いていたので、若干の安心を覚える。というのも、俺は両親が共働きで一人っ子なこともあり、鍵が無ければ家に入れないので、道場が閉まっていた場合四時間程路頭に迷うことになるからという、それ故の安心である。まあ師匠からしてみれば、一回帰ったはずの弟子がまた来たのだから何があったんだという感じだろうけれど。
そんな師匠は祭壇に向かって黙想していた。
「どうした?」
師匠が目を開け、立ち上がる。邪魔にならないように比較的静かに中に入ったはずなんだけど・・・
第三の目でも付いているのだろうか。
天津飯なのだろうか。
「家の鍵を忘れてしまって。回収したらすぐ帰ります。」
「そうか。もう遅いから、早くしろよ。」
「はい。」
そんなやり取りの後、更衣室へ。ロッカーを開けるとやはりそこには鍵がぽつんと置かれていた。
いや、無かったら困るんだけど。他に思い当たらないし。帰れねーじゃねーか。
そんなことを思いながらも、更衣室から出て出口に向かう途中、ふと気になったことがあり、稽古場に立ち寄ることにした俺は、またもやUターンして戻った。
祭壇のこと。
別に今日新しくできたわけでもなんでもないのだが、いつもは気にも留めてない祭壇に何故か気が向いたのだ。
引き寄せられるように、というか。
引き寄せられるかの如く。
祭壇はそこまで豪華ではなく、いわば普通の祭壇だった。
普通の祭壇の定義もよく分からないが、唯一特徴を挙げるとするならば、それは中心に大切に祭られた10円玉くらいの大きさの白と黒に半分ずつ分かれた小石だろう。祭壇に祭られている以上、護石というべきなのだろうが、とにもかくにも俺はその石にすっかり魅入ってしまった。
「なるほど、お前もか。」
声がしたので振り向くと、師匠が近づいてきていた。
「ん?何がですか?」
「その石は何色だ?」
「いや、普通に白と黒ですけど」
「そうか・・・まあ、そうだろうな。お父さんは元気か?」
話題が変わった。ちなみに、お父さんと師匠は知り合いである。まあ、それもあって俺はこの道場にぶちこまれたんだけど。
「はい。元気です。」
ありのままの事実を告げる。
ほんとに元気で、正直ウザいほど元気なんだけど。
「それは良かった。大会は見に来られるのか?」
「見に来れないって言ってました。」
仕事の都合らしい。
非常に残念である。
「ほう。それは残念だな・・・まあ、手土産に朗報を知らせれるよう頑張れよ。仮にもお前は優勝候補の一人なんだから、初戦で負けるとか、それ以前に怪我するとか信じられないようなマネはすんなよ?」
「はい。優勝とって帰りますよ。」
「心意気は立派だが、なんか心配だな・・・油断すんなよ?言っとくけど今年は結構な強敵ぞろいだと聞いている。優勝候補扱いの奴が異例の六人らしい。」
「で、その内三人がこの道場にいると。流石ですねー。」
「まあな。嬉しいもんだ。優勝してくれたらの話だが。」
「任せてくださいな。」
「そうか、じゃあ任せたぞ。」
「はい!」
「いい返事だ。・・・そういえば言うのを忘れていたが、混乱しないように先に言っておくぞ。今回は剣術と素手術だけの対戦じゃない。」
「どういうことですか?」
「一人、例外がいてな。槍使いの優勝候補だ。」
「え!?槍って使っていいんですか!?」
衝撃の事実である。
いや、使っていいからと言って、別に使えるわけではないんだけれど。
「要項には一応記してあるんだがな・・・まさか本当に使ってくる奴がいるとは。しかも優勝候補とは。実に驚いたもんだ。」
「マジすか。」
「マジだ。」
記してあるらしかった。後でちゃんと要項読もう。
「まあいい。今日はもう遅いから帰れ。」
時計を確認して、師匠はそう促した。
「そうでした。取り敢えず帰ります。」
「ああ。じゃあな。」
「はい。失礼します。」
そんな会話の後、道場を出て急ぎ気味に家に帰った。
帰宅して、生活の一環を行った後、ベッドに転がり込む。
いつもの動作、日常茶飯事。
日常茶飯事にしてしまっては駄目な気もするけれど、気にしないことにしている。
そして、こいつに勉強する気は0である。
思い出してほしい。こいつは中学三年生。世間で言うところの受験生。
重要な夏のはずである。
そんな受験生は、まるで他人事のようにベッドの上でゴロゴロゴロゴロしているうちに寝てしまったみたいであるけれど。
03
*
次の日。翌日である。昨日なんだかんだ言ってちゃっかり勉強をサボった俺だったが、今日はきちんと学校で勉学に励んだ。
「嘘付くな。」
大雅が蔑むかのような目でこちらを見ている。
仲間にしてあげますか?
ではなく。
「ふざけんな。お前の仲間にされて堪るか。何が勉学に励んだ、だ。六時間授業で四時間ぐっすり寝てた奴が言っていい台詞じゃねぇ。」
「俺の心の中を読むな!睡眠だって学習だ!」
「すごい台詞だな・・・俗に言う睡眠学習のことか?あそこまで成績向上に繋がらない学習方法も中々無いと思うんだが。」
「全国の中学生が実行してる。」
「全国の中学生を巻き込んでやるな。一人でやってろ。」
いや、意外とみんなやってると思うんだけど。
なんだ!?みんなそんなに賢いのか!?
日本の未来が危ぶまれる。
「危ぶまれてんのはお前の頭だろーが。」
「いやいや。石の上にも三年って言うだろ?」
「三年間も寝るつもりか。もう一生寝とけよ。」
「俺だって寝れるもんなら寝ときたいわ。」
できるもんなら一生ゴロゴロしてたいわ。
「・・・まあ、分からなくもないけどな。それにしたって寝過ぎだろ。お前昨日何時に寝たんだよ。」
「えぇーっと・・・十時くらいかな?」
無意識に寝てしまったのでよく覚えていないが、確かそれくらいだったはず。
「それで、何時に起きた?」
「八時。」
「昼寝合わせたら十四時間くらい寝てんじゃねーか!仮にも受験生の身でなんて健康的な生活をしてんだよ!」
「いいじゃん、健康的で。」
「結局お前、昨日あの後何してたんだ・・・?」
「俺はあの後な・・・」
・・・そうだ、覚えてるうちに、大雅にも感想を聞いてみよう。
「あのさ、そういえばなんだけどさ。」
「何だよ改まって。言っとくけど、さっきの質問の答えはまだ聞けてないからな?」
「まあまあ。それより聞きたいんだけど。あの、道場の祭壇に祭られてる護石あるじゃんか。」
「ああ、あの不気味な色した護石のことか?」
「不気味?・・・まあ、不気味かどうかはさておくとして、多分合ってるだろうから話を進めるけど、その護石について。」
「本当、あんな石どこで見つけたんだろうな。中々無いだろ、緑と赤の石なんて。」
「ん?緑と赤?」
「うん。」
「おかしいな・・・俺の記憶では白黒だったはずなんだけど・・・」
少なくとも、そんな奇抜な色ではなかったはずだ。
「いや、お前の見間違いだって。」
「最後に祭壇を見たのは?」
「昨日、道場に着いてすぐ。」
・・・じゃあ、入れ替えられている可能性は低いな。
「・・・というかなんでそんな頻繁に見てんの?」
素朴な疑問だった。
「礼のついでに。」
「すげーな、お前。」
「お前も礼くらいしろよ。道場の護り神が祭られてるんだから。」
「分かったよ。・・・でも赤と緑って。それはないだろ。某ポケモンかよ。」
「某が仕事してないし、それで例えるなら白と黒もあっただろうが。」
「そうだった。」
あったな、そういえば。俺はやってなかったけど。
頭使うゲームは苦手だ。
「本格的に頭使えてねーじゃねーか。お前の頭は飾り物か。」
「頭が飾り物とか。猟奇的すぎるだろ。」
どこのマッドサイエンティストだよ。
俺はそこまで捻じ曲がった性癖は持ってねぇ。
「とにかく。白と黒だって。なんなら、百円位賭けてやってもいいぞ?」
「百円って。自信無さ過ぎだろ。」
「賭けなくていいのか?駄菓子屋で豪遊できるぞ?」
「そうだろうけど。賭けねーよ。」
「むむ。」
「むむ、じゃねぇ。一人で豪遊しとけよ。」
・・・今考えればそこまで豪遊もできねーな。
結局、道場で確かめるということで一時休戦が成立し、大雅に別れを告げてから少しして、前方に鼻歌を口ずさみながら軽快に歩く同級生を見つけた。
同じ三年一組の女子、橋本薫である。
どうやら、後ろからわっ!、と驚かしたのが間違いだったようで、薫は悲鳴を上げ、振り向きざまに持っていた制鞄で俺の頭部を強打した。
防御力百点満点だ。
頭物凄い痛い・・・元が俺なので文句も言えないし。
「なんだ・・・不審者か・・・てっきり今城君かと思っ・・・」
「違う!逆だ逆!」
「なんだ・・・今城君か・・・てっきり今城君かと思っ・・・」
「全部俺じゃねーか!」
「なんだ・・・今城君か・・・てっきり不審者かと思った・・・」
「それで正解だ。」
頭を抑えながら正解を告げる。
遊んでいる、というか遊ばれている気がする。
こんな奴でもどうやら、この話のヒロイン扱いらしいのが俺にはいまいちしっくりこない。
「誰がヒロイン扱いだって?」
「どいつもこいつも俺の心の中を読むな!話が進まねーじゃねーか!」
こいつらはエスパーなのか!?
俺はそんな奴らと一緒に学校生活を送っているのか!?
これから安心して学校に行けねーよ!
「で?何勝手に話を進めようとしているのよ。」
「いいだろ。許してくれよ。」
「別にいいけど。まあ、登場人物の数なんて知れてる死ね。」
「死ね!?」
「間違えた。知れてるしね。」
「言い間違いに悪意を感じるわ!それに、知れてるって言うな!知れてるって!」
「いいじゃない。そんな何十人も出ないでしょうに。」
「いや、確かにそうなんだろうけども!、お前は一体どの立場からそのメタ発言を言ってるんだよ!」
早くもメタ発言を盛り込んでくるな。
「この話のヒロイン代表として。」
「ヒロインの立場気に入ってんじゃねーか!」
しかも代表って。地位がムダに高いし。
「響きがいいじゃない?ヒロインって。まあ、今城君ごときに私は勿体無いと思うけど。」
「ごときはともかく、その台詞は俺が言うはずだったんだが。」
「自分で言うことによって、私の評価が上がった気がする。」
「下がってんだよ。」
意外と上がってんのかもしれないけどな。
「キャラは確立されたわね。」
「それはそうだ。」
こんな少しの会話で人間一人の人格が確立されてしまうというのは結構恐ろしい気もするが。
発言には注意しないと。
「まあいいわ。途中まで道一緒だし。送ってってあげる。」
「それも俺の言うはずだった台詞なんだけど・・・」
俺の台詞を剥奪すんな。何にも言えねーだろーが。
「いいでしょ。行くわよ。」
「へいへい。」
そう言って、歩き始める。
「時に今城君。」
「どうした?改まって。」
「幸せ、という単語について今日一日中考えていたのだけれど。」
「脈絡が無さ過ぎるだろ。そして何してんだよ。」
「今城君はどう思う?」
「すごい時間のムダだと思う。」
そうとしか思えねぇ。
「そうじゃなくて。幸って闇深くない?」
「なんでそうなる。」
幸せに闇なんて無いだろ。
しかも深いって。幸にしてみれば不快だろうよ。
「よく、辛っていう字に横線を1本足せば幸になるって言うじゃない?」
「言われてるな。」
誰が言い出したんだろうな。
「でもさ、その1本の横線はどこから来るのよ。一人でに増えることが無いとするならば、その1本を増やすためには・・・」
「他の幸から取ってこなければならないってわけか?」
「ご名答。」
「でも、確かにそうだな・・・」
幸という素晴らしい単語について、ここまでひねくれた解釈をした奴を俺は初めて見たんだけど。納得のいく解釈ではあった。
こじつけ感は否めないけどな。
というか、お前はこの字になんの恨みがあるんだ。
「まあ、そんなこと言ってたら幸せにはなれないでしょうけどね。」
「もう手遅れだと思うな。」
「手遅れでも構わないわ。幸せからこっちに来ないなら、こっちから捕まえに行くだけよ。」
「カッコ良過ぎだろお前。」
中学3年生の発言じゃねーだろ。
仙人みたいな発言だ。
「見た目は大人、頭脳も大人よ。」
「本家とは若干違うな。」
しかし中三なこともあり、嫌でも見た目はそこそこ大人に見えてしまうので、強ち間違ってないのかもしれない。一応こいつも女子だしな。
「一応じゃないわよ?まあ、見た目は小人、頭脳も小人なあなたには私の魅力は分からないでしょうね。」
「小人って・・・」
賢いのだろうか。俺としてはあんまり賢くないイメージがあるんだが。それに、お前より俺の方が身長高いし。
つーかそもそも大人の対義語は子供だろうが。小人の対義語は巨人だろ。仮にも成績優秀者が小学生低学年みたいな間違いをすんな。
さっき仙人みたいな発言をしてたとは思えねーよ。
「中人かもしれないわね。」
「中人って何なんだ。とうとう理解を越えてきてるぞ。」
「大体ね。中学生からなんでもかんでも大人料金にしてくるくせに、大人扱いしないのはどうかと思うのよ。」
「ああー。それは多分結構な数の中学生が思ってることだと思う。」
事実、それには共感である。
「中人料金でも作りなさいよ。」
「だから中人って何なんだよ。・・・それに最近は学生料金というありがたい料金システムができてきてるだろうが。」
あ、っと思い出したように薫は唇を噛んだ。
「私としたことが。学生料金という言葉を忘れていたわ。」
「中人中人言ってるあたりそうだろうな。」
閑話休題。
「・・・そうだ、今城君。真面目な話をしたいんだけど。」
「お前にも真面目な話ができるんだな。」
「私を誰だと思ってるのよ。」
「誰なんだよ。噂の中人なんじゃねーのか。」
「・・・中人って本当になんなのでしょうね。」
「知るか。自問自答になってんじゃねーか。」
「まあ、それについて考えだしたらキリがないんだけどね。」
「で?まじめな話とな。」
「えぇーっと・・・うむ。忘れた。」
「早すぎるだろ。」
「やっぱ私にまじめな話は無理なのかもしれないわね。」
無邪気に笑う薫。楽しそうでなによりだ。
「・・・じゃねぇ!凄い重症じゃねーか!」
「いいじゃない。楽しくて。」
「いや、お前が良しとするなら俺は別にいいんだけどな・・・」
「・・・あっ!思い出した!」
「それも早いな。」
忘れたり思い出したり、大変な奴だ。
「明日の大会、だいぶ大きなものみたいなのだけれど、今城君は選手として出場するのかしら?灼山君は出場するって聞いたわよ?」
用件はそれか。
それくらいのこと忘れんな。
「ふっふっふ。聞いて驚け。俺はこれでも優勝候補の一人なんだぜ?」
「自称?」
「んなわけあるか!」
自称って!ただの悲しいやつじゃねーか!
俺はそこまで自分の能力を過信してない!
「ありそうじゃない?今城君だし。」
「ありそうじゃない!」
「まあ、今城君が負けて悲しんでいる様子は見に行かせてもらうわ。帰宅部の私はどうせ明日は暇だし。」
「まあ見とくがいい。俺が勝ち進んで、お前が悔しがってる様子が目に浮かぶぜ。」
「死亡フラグね。」
「俺大会で死ぬのか!?」
それは大変だ。
出場止めとこうかな。
「大丈夫よ。ちゃんと海に捨てといてあげる。」
「俺が死ぬ前提だし。それに、言い方だけ聞くとお前が殺したみたいになってるぞ!?」
「もう一発殴ったらどうなるかしら。」
そう言って、薫は鞄を両手に持ち替えた。
「やめろやめろ。殺そうとするな。」
「そう、残念だわ。」
「残念がるな。本当、お前くらいヒロインの座が似合わない奴も中々いないよな・・・」
「本当にもう一発殴るわよ?」
「ごめんごめん。」
「まあいいわ。今城君、今から何か用事があるんでしょ?」
T字路に着いて、薫は促すように言った。
「あ。忘れてた。」
早く道場に行かないと。流石に二日連続で遅刻はマズい。
「じゃあ、私はこの道を左だから。また月曜日・・・というかまた明日になるのかな。」
「ああ、応援頼んだぜ。」
ええ。健闘を祈るわ、と言って薫は身をひらりと翻し、背中を向けてT字路を右に曲がり、その道を真っ直ぐ歩いて行った。
*
―――で、十分後である。
道場に向かって自転車を漕いでいた俺に、大雅から一報が入ってきた。
「え!?今日稽古休み!?」
「うん。今道場の前に着いたけど、鍵が掛かってるし、電気も付いてない。」
「ほんとか?俺に負けたくないからって、稽古休ませようとしてんじゃねーのか?」
「お前じゃあるまいし、そんなしょーもない嘘付くか。というか、お前がどれだけ練習したところで俺には勝てねーよ。」
「いやいや逆だろ。俺がどれだけ練習サボってもお前は勝てねーだろ。」
「・・・まあ戦績が同じくらいだし。何とも言えねーけどな。」
「だな。どっちが強いかは明日分かるし。それはいいとするけど、開いてないって・・・どういうことだ?」
「師匠が不在らしくて。」
「何か用事があるんじゃないか?」
「そうかもしんな・・・」
「え!?今日稽古無いの!?マジで!?」
電話の向こうから聞き覚えのある声が聞こえた。
「あ、ちょっと待って。今、楓と電話してるから。すぐ切るから。」
「聞こえるように算段を立てるな!切り方雑すぎだろ!」
わざとなのか。
わざとじゃないのか。
恐らくわざとだと思われる。
性格の悪い奴だ。俺も人のこと言えない気もするが。
「いいだろ、別に。お前もどうせ今からこっち来るんだろ?待っててやるから早く来い。」
電話が切られた。結局雑な切り方だった。
そんな会話から、更に十分くらいして、俺は道場に到着した。
大雅の言っていた通り、道場は鍵が閉まっていて、電気は付いていなかった――――訳ではなかった。
おいどういうことだ、と大雅を問い詰めると、道場の裏門に、自主練しとけ、という置手紙と鍵が置いてあったらしい。
真偽のほどは分からないけどな・・・
というか、もし本当だったら師匠に鍵を持たせたらいけないと思うんだけど。
セキュリティ甘すぎだろ。
この物騒な時代によくこんなことができるな。
まあこれについては、葵の天然さと、昔からの幼馴染を信じることにするか。
*
その後、大会の作戦を立て、擬似練習を全員で行ってもなお、師匠は道場に来なかった。というか結論から言ってしまえば、師匠はこの日道場に来ることはなかった。
ついでに言うと、護石のことについては、なんとも言えなかった。
何故か。
祭壇の上から護石が無くなっていたからである。
最初は、護石が本当は白黒で、大雅の見間違いだったから大雅が恥隠しにどこかに隠したのかと思ったけど、違うらしい。師匠が護石を持ってどこかに行ってしまったと考えるのが一番濃い可能性だろう。
*
明日は大会である。公の場で決着をつけることが出来る滅多にないチャンスとも言い換えることができるけれど、とにもかくにも明日は大会である。
そして。
一連の因果の始まりの日でもあるし。
一連の因果の終わりの日でもあった。
最後までご覧頂きありがとうございました!
評価、感想お待ちしております!
それでは、続いて第弐話です!