どぎまぎの美空とアオ
この夏休みに私はどれだけの時間を
勉強に費やすことができたのだろうか
たぶん…
いや、確実に
遊んでいる時間の方が多いだろう
今だって…
「釣れた、釣れた、美空!
網持って!」
ボートの上で釣りをしている
アオと美空が仲直りしたんなら
4人で釣り行こう!
とノンに誘われ
いつの間にかアオとボートの上にいた
すぐ近くのボートの上には
キヨとノンが海に糸を垂らしている
キヨとノン、そしてアオと私の
2チームに分かれて
どちらが多くの魚を釣れるか勝負をすることになったのだ
「うわ、なにこの魚
大きいよ!」
アオが海面まで釣り上げた魚は
両手で抱えなければならない程の大きさがあり
網で必死にあげようとする
釣りなんてしたことのない私は
アオの助手のようになっている
キヨとノンのボートでも
たくさんの魚が釣れているらしい
「見てー!
うちらの方が大漁ばーい!
この勝負もらったも同然
ね、キヨ?」
「あの2人じゃ俺達には勝てんやろ」
勝利を確信した2人は
楽しそうに喋っている
「こっちだって負けてないからね!」
「そうばい
これからこれから!」
そう言いつつも
私の糸には全く魚の食い付く気配がない
「糸をこうやって
クイクイってするんよ」
「う、うん」
アオは説明しようと
不意に近づいてくる
その度に私はドキッとしてしまう
「絶対負けん
キヨとノンに俺達2人の団結力を見せつけてやろう!」
「うん、そうだね!」
私たちは団結を深める
「聞こえとるばい」
キヨの声がする
どうやら私たちの声は筒抜けらしい
「団結力ならうちらだって
負けてなかよ!」
勝負となると彼らはとことん張り合うようだ
そんなことを考えていると
手に持っていた糸が
引っ張られている気がする
ゆっくりと糸を巻いてみると
重さを感じ、また海の中に戻される
「わ、わ、アオ!
魚かかったかも
どうしたらいい?」
「お、まじか!」
アオはボートを揺らしながら
私の方に来る
近い近い!
「ゆっくり糸巻いていって
魚が暴れたら
無理せんでそのままにしとってよかけん」
「う、うん
わかった」
慎重に糸を巻いては緩める
それを繰り返していくと
少しずつ魚の姿が見えてきた
「ア、アオ!
もうすぐ釣れそうだよ!」
「よっしゃ任せろ!」
アオは網を構えるとボートの端に足をかけて
一気に魚をすくいあげた
網に入った魚は
ピチピチと体を震わせていて
水しぶきを撒いている
「やった!」
「美空すごかよ!」
2人して笑い合っていると
向こうのボートから声がする
「うわ、美空まで釣っちゃったよ
うちらも負けてられんよ」
「数で勝負なんやけん
負けんよ」
そしてまた勝負が始まる
ボートから降りた私達4人は
たくさんの魚が入ったクーラーボックスを持って
アオの家に向かっていた
「何言いよるとよ
俺達の方が大物釣り上げたんやけん
勝ちやろ」
「数で勝負って最初に言ったとは
アオばい
俺達の勝ち」
「そうよ!うちらの勝ち」
数か大きさ
どちらで勝負をつけるか揉めている
最初は数で勝負とアオが言っていたが
一向に負けを認めようとはしない
「えー?
俺、数で勝負とか言ったっけ?」
わざとらしくアオはとぼけて私に聞いてくる
こうなると乗っからない訳にはいかない
「言ってたっけ?
私は聞いてないけど」
「だよな?」
2人で仕組んだように自分達が勝てるように
話をもっていく
「お前達なー」
「ずるかよ!」
そんな言い合いをずーっと続けながら
アオの家までの道を歩いた
アオの家は昔ながらの日本の家という感じの
広い1階建ての家
「あ、4人とも帰って来たばーい」
家の中から女の人の声がする
ん?アオのお母さんって
こんな声だったっけ?
しかもテンションが高めだし
あれ?と思っていると
中から出てきたのは優子さんだった
手には缶ビールが握られている
飲んでるんだ…
「ちゃんと釣ってきたやろうなー?
今夜はあんた達の魚がが
メインになるんやけんねー」
「もう酔っ払ってるし」
呆れるキヨは優子さんに肩を組まれて中へと入っていく
私達も中へ行くと…
「あれ?
おじいちゃん、おばあちゃんもいる」
「おかえり、美空
さてと、魚ば捌こうか」
何度もこうやって集まっているのだろう
おばあちゃんは自分の家のように
てきぱきと調理器具を用意し始める
台所には他にも
アオのお母さんとノンのお母さんがいた
隣の部屋には
おじいちゃんと
アオのお父さんのヨシさんと
優子さんがお酒を飲んでいる
「姉ちゃん、飲み始めるの早くない?」
「あんた達が帰って来るんが
遅いけんやろー」
もう完全に出来上がっている
料理が運ばれてくると
話は更に盛り上がっていく
「新鮮やけんおいしかやろー?」
「あんたが釣ったんじゃなかやろ」
ヨシさんは奥さんにペシンと
肩を叩かれている
でもがははと笑っている
こんな所はアオと同じだ
「毎日のように遊びよるんやろ?
美空ちゃんが島に来てから
アオはしょっちゅう美空が美空がって
話しよるとよ」
ちびちびとお酒を飲みながら
ヨシさんは大声でそんな話をする
「は、はぁ
そうなんですか」
こういうときに
どんな反応をしたらいいのかわからない
完全に戸惑ってしまう
アオはどんな顔をしているんだろう?
そう思って
チラッと目を移すと
キヨの醤油に大量のワサビを入れたらしく
キヨに怒られている
まぁ、アオは怒られながら笑っているのだが
はぁ…
何やってんだか
美味しい料理の感動を味わいつつ完食した私達は
4人で別の部屋に移動した
「そういえば今日の朝
旅館のお客さんが
少年っぽさ満載の高校生見つけたって言って
はしゃいどったよ
絶対アオのよね?」
「本当モテるけんな、アオ」
「なんよ、急に」
2人はからかうつもりもなく
当然の事実として述べているように話す
それに対してアオは
困った顔になっていく
おぉ、アオがたじろいでいる
これは珍しい
「なになにー?
もしかして恋バナー?」
そう言って話に割って入ってきたのは
両手に缶ビールを持った優子さん
もうまともに歩けていない
フラフラとキヨの隣に座ると
寄りかかっている
あぁ、たちが悪い
あぐらをかいた優子さんは
私を見てニヤリと笑った
やばい
嫌な予感しかしない
優子さんは良からぬことを
始めようとしている
「美空ちゃんも大変ね?
悩ましいわよね?
2人の男に気に入られて」
「え?」
私だけじゃない
4人揃って心の底からえ?という声が出た
優子さんが何を言ってるのかさっぱりわからない
2人って誰と誰よ?
わからなさすぎて
それぞれが首を傾げる
「何よもー
2人して照れちゃってー
キヨもアオも
美空ちゃんのこと気に入ってるんでしょー?」
「え!?そうなん!?」
1番に驚きの声をあげたのはノンで
キヨを見ている
「いや、待って
お気に入りってなんよ?」
「あれー?
あれれー?
この間、図書館で2人で勉強してたんですよね?
それでうちに連れて来たんですよね?
どうなんですか、キヨさん?」
インタビュアーを真似て
マイクのようにした缶をキヨに向ける
優子さんは何を言ってるの?
ただ図書館で会ったってだけで
それ以上はお互いに何もない
「いっしょにおったけど
それだけやし」
「それだけ?
ほほーう
言い寄って来る女、数知れず
なのに誰のことも相手にしない
そんなキヨさんが
図書館で勉強したことをそれだけ!」
「姉ちゃん何が言いたいと?
俺が美空に惚れとるって思っとると?」
核心をついた質問に
私はドキッとする
いや、ないない
何もないんだけど
なんか心がザワザワする
そんなキヨをノンは
不安そうに見てるし…
「まっさかー!」
優子さんは突然笑いだし
キヨをバシバシと叩いている
「キヨは美空ちゃんに惚れてないのは
わかってるっつーの!
ただ気に入ってるだけでしょ?
もし惚れたとしても
脈ないでしょ?
ね、美空ちゃん?」
優子さんはどんどん悪い顔になっていく
今までの話は優子さんの遊びで
今からやっと
本当に聞きたいことを聞く
言いたいことを言う
ということだろうか
ね?って言われても
私は戸惑うばかりだ
「だって…」
優子さんは私とアオを交互に見る
なんだなんだなんだ?
何を言おうとしてるんだ?
「聞いたよ?
夜の海岸でー
アオと抱き合ってたんでしょ?」
「えー!?」
キヨとノンが驚きの声をあげる
……
とんでもない爆弾が落とされた
何のことなのか一瞬では理解できなかった
私はアオを見る
アオも同じらしく
ポカンと私を見ていて目が合う
「それで
どうなのよ」
目を輝かせた優子さんは
私とノンの間に移動してきた
「あ、交番のおっちゃんから聞いたんやろ」
アオがそう言うと
その場の視線が集まる
「その通りよ」
「え、ってことは…
2人が抱き合ったってのは本当なん!?」
あーあ
ノンまでウキウキし始めちゃった
「アオ、本当なんか?」
キヨまでもが聞いている
まぁ、ここでちゃんと事情を説明すれば
問題はないだろう
「本当って言ったら
本当なんやけど…」
「えー!?いつからそんな関係に!?」
あぁ、だめだ……
アオは嘘とかつけない人なんだたった…
「待ってよ!
あれはその…
抱き合ってたっていうか、その……
ハグ、そうハグみたいなものだから
ほら、お互いこれから頑張ろうねっていう…」
「ふーん、ハグねぇ?
じゃあ、2人の間には恋愛感情とかないのかな?
ドキドキするとか
ときめきを感じるとかは…ないのかな、ん?」
優子さんはニヤニヤを通り越して
もはや楽しそうに私の顔を除きこむ
「前、美空ちゃんと話したけどさ
キヨ派かアオ派でいったらどっちかっていう話
もう、結果は出てるよね?」
肩にポンと手を置かれ
答えを迫られる
「あ、あれは
島から帰るまでじゃ…」
「いいじゃない
だってもう、決まってるでしょ?
どっちなの?
ほら、言いなさいよ」
目が怖い
このまま黙ったままでいられそうにない
「優子姉ちゃん…その辺に…」
「アオだって気になるでしょ?」
優子さんの暴走を止めようとしたアオだけど
勢いに押されてしゅんと黙ってしまった
ちょ、アオ!
もうちょっとガツンと
しっかりしてよ
「さぁ、みーくちゃん?」
じっと見つめてくる優子さん
もうこれは
ダメかもしれない
言うまで終わらない…
え、でも
本当に言うの、私?
まあ、たぶん
ここでキヨ派なんて言うのもおかしいし
本人を前にしてだけど
…言うしかない
覚悟を決めろ!
「私は…
その……っ」
「ただいまー!」
急に部屋の扉が開いた
そこには背の高い男の人が立っている
茶髪でどっちかというとチャラそうな雰囲気で
この島にはいそうにない人
見たことがない
誰だろう?
「兄ちゃん」
兄ちゃん?
「よお、アオ
皆も、ただいま」
私はアオとその人を交互に見る
あぁ
言われてみれば
似ているのかもしれない
部屋の注目はアオのお兄さんに集まり
結果的に私は今、優子さんの質問から解放されて
助かっている
「うわ、ソラ
なんてタイミングで帰って来んのよ
今すっごく良いところだったのにー!」
「優子もいたんだ
何、いいとこって?」
いや、もういいんですけど
戻さなくていいんですけど……
「アオと美空ちゃんの恋物語よ」
あ…
やばい、そう言われるとドキドキしてきた
「はっ、アオが?
優子の妄想なんじゃねーの?」
アオのお兄さんはあり得ないと言いながら
笑っている
そのまま笑い声にのって
話題もどこかへ行ってくれないだろうか…
そう現実からの逃避を行っていると
お兄さんはアオと私の間に座った
逆には優子さんがいるため
私は逃げ場を失ってしまった
また質問責めが始まるんだろうか
どうにかして逃げたいけど…
「どうも
アオの兄の空です
東京から帰って来たんだ
アオとは別に何にもないんでしょ?
これから
よろしくね?」
チュッ
!?
肩に手を回されたかと思ったら
フワッとした香水の香りと共に
頬に柔らかな感触
チュッて…え……
え!?
何が起きた?
頭では理解してなくても
体では理解できてしまっている
キスされた……
あまりの出来事に
体が固まってどうにも動かない
一瞬の間でいろんなことを考える
「兄ちゃん!?」
「ソラ!?」
「ソラ兄!?」
「ソラ兄ちゃん!?」
皆がそれぞれに驚きの声をあげる
私は無意識のうちに
そろそろと後退りをする
「そんな驚くことないだろ?
ただの挨拶だって」
ここは日本ですけどっ!
アオと似ているなんて
思った私がバカだった
皆が驚きに目を丸くしている中
1人だけ平然としているソラさん
アオの反応を面白がっているようにも見える
まだこれで終わりじゃないかもという気がしてくる
私の夏休みに
平穏というものは訪れないのかもしれない……。