器な私と島の女
夜はおじいちゃんおばあちゃんと
ご飯を食べた
「今日は
アオとキヨとノンと遊んだとってな」
タクシーの仕事から帰ってきたおじいちゃんに
すぐに聞かれた
早くない?
誰が喋ったんだろう
「さっき帰りにスーパー寄ったら
4人で遊び行っとるって言いよったんよ」
なるほど
アオのお母さんか…
「仲良くなったごたんね
昨日会った時は悲鳴ばあげたらしかとに」
なんということだ
そんなことまで広まってしまっているのか
思い出させないでほしい
「本当にびっくりしたんだよ
アオは自由すぎる
親切だけど…」
「そう、あいつは親切ばい
優しい心を持っとる」
「そうねぇ」
アオのことを2人ともよく知っているのだろう
ニコニコして話している
私にとっては
束の間の休息だ
その日は疲れていたのか
私はすぐに眠りについた
「では、あなたの長所を3分間で教えてください」
高校での面接の練習
今日は初めてこんな定番な質問をされた
「……」
あれ?
突然頭が真っ白になる
定番の質問…
なのに何も答えが出てこない
何か言わなきゃ
何かあるでしょ
私の長所は、長所は…
明るい?がんばり屋?
積極的?責任感がある?
違う
これは全部私が取り入れたキャラクターの長所だ
……。
もしかしたら、私の長所なんてないのかも
そう思うと本当にそういう気がしてきて
いつの間にか私は席を立ち
教室を飛び出していた
「糸瀬さん!?」
驚いた教師が呼び止めるが
無視して走る
17年間生きてきて
私は自分の長所を1つも思い浮かべることができない
私は今まで何をしていたんだろう
気づいてはいけないことに気づいてしまった
目を向けてはいけない所に目を向けてしまった
自分が空っぽのような感覚に陥った私は
大きな恐怖に襲われた
「…っあ」
荒い呼吸とともに目が覚めた
夢か…
いや、夢だけど夢じゃない
この島に来る前に
実際にあったことだ
私はずっとキャラクターを取り入れて
それを演じて生きてきた
私が容器で場面に応じて中身を変える
取り入れるキャラクターは
アニメの主人公であったり
ドラマに出ている俳優だったり
とにかくいくつもあった
そうやって取り入れていくことで
上手くやっていた
教師と接する時は
真面目な生徒だけど距離が近くて話しやすいドラマのキャラクター
クラスの派手な生徒達と接する時は
とにかく笑っている明るいアニメのキャラクター
所属する生徒会の役員としては
少し固いけど皆のことを思い
積極的に行動する本に出てきたキャラクター
そうやっていけば
がっかりされることはなかった
この生き方をツラいと感じる日がくるなんて
思ってもみなかった
大学受験のための面接の練習だって
上手くやってたのに…
高校生活で印象に残っていることは?
と聞かれたら
生徒会のことを話せばいい
今の日本の問題はなんだと思いますか?
なんて聞かれたら
テレビのコメンテーターや
アナウンサーを取り込めばいい
堂々といつも受け答えができていると
担当の教師からも高評価だった
なのに…
今になってこんな壁にぶつかるなんて…
自分がなんなのかわからなくなってしまった
いや、本当の自分なんてどこにも存在しないのかもしれない
皆が誉めてくれるのは誰なんだろう
それは…私ではない誰かだ
でも今さら
自分の生き方を変えることは難しかった
変えようと思って変えられるものではなかったのだ
「糸瀬、俺と付き合って欲しい」
放課後
同じ生徒会の同級生に呼び出された私は
告白を受けていた
わからない
この人は一体私のどこを好きになったのだろう
「あのさ…
どうして、その、告白してくれたの?」
恐る恐る聞いてみた
すると目の前の彼は
少し照れたように言った
「糸瀬は俺なんかにもよく話しかけてくれて
クールな所もあるけど優しくて
そんな所を好きだと思ったんだ」
立派な愛の告白を前に私の心は冷めていた
なるほど
彼の言うことにはものすごく共感できる
私もクールで優しい所に魅力を感じて
そのキャラクターを取り入れていたんだから
だからそれは私じゃない
こんな偽物で…
こんなウソつきで…
「……ごめんなさい」
そうやって告白を何度も理由を言わずに断ってきた
だって言えるわけない
あなたが好きになったのは
偽物です、なんて
なかには何があっても好きでいる自信があると
熱心に言ってくれる人もいた
でも私は彼を信じることなどできなかった
だって自分を信じられないのだから
島に来たら何か変わると思ったのかな
わからない
ただ私は今日も
うだるような暑さの中
1日中机に向かう
「美空ー
翡翠荘まで一緒に行かんね?」
下からおばあちゃんに呼ばれた
翡翠荘?
あ、ノンの家の旅館か
何しに行くんだろう?
「おじいちゃんが
翡翠荘まで行くけん
タクシーに乗せてもらって
ちょっとお話してこようと
思うとばってん
美空もどがん?」
行っても私は何をするわけでもないんだろうけど
祖父母孝行しとこうかな
「ちょっと待って
準備するから」
おじいちゃんの運転する
タクシーに揺られること数分
翡翠荘という看板が見えてきた
民家みたいな旅館を想像していたけど
かなり立派な旅館だ
おじいちゃんはタクシーでそのまま
お客さんを待機し
おばあちゃんと私は旅館の中へ入っていった
和風な広々としたロビーだ
壁には島の風景の絵や写真が飾ってある
「ここは島にずーっとある旅館なんよ」
「へぇー」
あちこち眺めていると
奥からノンの声がした
「あれ?美空やん
あ、糸瀬のおばあちゃんか
一緒に来たんやね
ちょっと待っとって
呼んでくるけん」
遊んだ時に見たラフな格好とは違い
今日は長い髪を後ろ手きっちり結び
着物を着ている
ぱっと見ただけでは
海ではしゃいでいた人だとは思えない
ノンは一旦奥に戻って行き
誰かを呼んだきた
「あらあら
お孫さん?」
「どうも、こんにちは」
ノンが連れてきた2人の女性
どちらも着物に身を包み
品のある歩き方をしている
「うちのおばあちゃんとお母さん」
ノンのおばあちゃんということは
この翡翠荘の女将さんだ
私も初めましてと挨拶をすると
すぐにノンに背中を押され
旅館の奥に連れていかれた
「騒がしかねぇ」
ノンのおばあちゃんは微笑みながら
そう言っていた
うちの旅館に初めて美空が遊びに来た
うちの着物姿に少し驚いとるみたいやけど
そんなの気にせず
旅館の奥に案内する
こんなことするんは
キヨとアオ以来だ
学校の友達とは外で遊びはするけど
旅館に遊びに来る前ことはない
まぁ、遊びに来ても
私も相手できんかったりするし
楽しい場所じゃないし
仕方ないんやけど
「うちは高級旅館とかじゃなかけん
大した所はないけど
海から近いけん結構お客さんが来るんよ
お客さんは皆、この島の自然とか
雰囲気を楽しみに来とらすけん
女将があんなんでも成り立っとるんよね
東京じゃありえんやろ?」
「あはは、そうかも」
やっぱり友達が来てくれると嬉しい
しかも東京生まれ東京育ち
着とる服も楽なかんじやけどおしゃれやけど
東京の感じを出してくる訳じゃないけん
すっごく喋りやすい
美空とそんな話をしながら
廊下を進む
建物は口の字に建てられて
廊下の大きな窓から
中庭の日本庭園が見える
美空はその庭園をじっと見ている
やっぱりこういうのは
田舎にしかないとかな?
東京には
もっとおしゃれな庭が広がっとるんやろうな
僅かな憧れを思い浮かべていると
くるっと美空は振り返った
「着物着てるってことは
手伝ってるの?」
「そう!
ほぼ毎日手伝っとるんよ
でも1日中じゃなかけん
空いとる時間はキヨとアオと遊びよる」
腕を広げて
着物がよく見えるようにしている
東京に憧れながら
やっぱりうちはこの島が
この旅館が好きらしい
「へぇ
ノンは良い女将さんになれそうだね」
美空は本当に嬉しいことを言ってくれる
「ほんと!?
うちが女将になったら
美空絶対泊まりきて!」
私は美空の手を握って
ぶんぶん上下に振る
「うん!」
美空はなんだか嬉しそうに笑っている
それを見ると私だって更に笑顔になっていく
は!
でも1つだけ不安が……。
「あ、でも
そん時にはうち
素敵な旦那さんに出会えとるかなー」
もしも出会えてなかったら
それはもう死活問題だ
「ノンは島の外の人がいいんだっけ?」
「当然よ!
島の男なんて
キヨとかアオとか
海にすぐ飛び込むような男ばっかやし」
美空はうんうんと頷いている
やっぱり島の男達はバカだよね
まぁ
私もすぐに海に入って行ってたけど
あんな泳いだりはしない
絶対に一緒にはしないで欲しい
「2人とも良い旦那さんになりそうじゃない?」
なんて!?
美空がとんでもないことを言い出した
「えー?本気で言いよる?
美空見る目なかねー」
ついつい笑ってしまう
「だってさ
アオは人のことには全力なくせに
自分には全然目が向いとらんやろ?
結婚なんかしたら
どう暮らしていいかわからんし
キヨは…
キヨは医者になるんやけん
そもそもないやん」
そう、2人ともないない
キヨが目指すものが医者じゃなかったらなー
なんて時々思うけど
そんなこと言えんけんね
美空は不思議そうにうちを見ている
え?
うちがキヨのこと気になっとるのバレた?
いや、ないない
「や、やっぱ島の外の人じゃなからんばね!」
笑ってそう言うが
美空は少し腑に落ちない表情で見ている
その表情が
ふと変わり、目線が窓の外の道に向く
「あ…あれ、キヨじゃない?」
え?
うちも外を見てみると
たしかに歩いているキヨの姿があった
なんてタイミングなんだ
まぁ、今さらドキドキとかも無いんやけどね
「キヨー!」
キヨは声が聞こえたらしく
ゆっくり振り返ると
よっ、と手をあげている
「何しよると?」
「今から祭りの準備
そっちは?」
そっか
もうすぐ祭りだっけ
今年も島の男達が駆り出されているらしい
「うちらはガールズトークしよるんよー
ね?」
「あ、うん、そうそう」
なぜかうちとキヨのことを
交互に見ている美空に
話をふると少し戸惑ったように
あー、やっぱバレとるんかもな…
意外と美空、鋭いとやね
キヨはガールズトーク?
と鼻で笑いながら行ってしまった
「もうすぐ祭りがあるとよ
こんな島にしては
結構大きな祭りで花火も上がるんよ
美空も行くやろ?」
この島に住む者として
祭りに行かんなんて
考えられん
「いつ?」
「3日後」
日にちを聞いたとたん美空の表情は曇った
うそ?行かん気?
「私、勉強しなきゃ
ごめん」
「えー?
いいやんその日くらいせんでも
めっちゃ楽しいんよ」
「楽しいのは…そうだと思う
けど…」
そっか
美空は遊びに来とるとやないもんね…
「わかった
気が変わったら言って
キヨもアオも私も
美空と祭り行くの楽しみにしとるけん」
「……うん」
あーあ
この曖昧な返事は絶対祭り行かんつもりやろうな…
ふふふ
島の女をなめたらいかんばい!
諦めるもんか!