東京に染まったドSな兄
夏休みが終わるまで
あともう長くはない
残りの時間を有意義に過ごすため
最近見つけた効率の良い勉強法を
実践してみる
波の打ち寄せる砂浜を
暗記カードをめくりながら歩く
体を動かしながらだと
結構スムーズに頭に入っていく
ぶつぶつと英単語を呟きながら行ったり来たり
人がちらほらいるけど気にしない
というか、気にならない
この島に来て
その辺の感覚が麻痺してきた気がする
何往復かした頃
茶化すような声が飛んできた
「うわー
アオが好きになる子だから
変わった子だろうなとは思ってたけど
相当ヤバそうだね
呪文でも唱えてんの?」
この声は完全にバカにされている
振り返るとそこには
ソラさんがいた
「うわ……」
私は心の声を隠すことができず
そのまま出てきてしまった
近づいてくるソラさんとは反対方向に
そそくさと逃げる
この島も相変わらず変わってないな、なんて
歳をとったようなことを考えながら
海岸沿いを歩いていると
下を向いてぶつぶつ言いながら
歩いていると子を見つけた
なんだよ、あいつ
やべーな
そう思って怖いもの見たさで
目を凝らしてみると
アオの好きな子とか言って
優子がからかってた子だ
今のこんな面白い状況を
放っておける訳がない
俺もからかってやろうと
声をかけるとあからさまに嫌な顔をされて
逃げられた
「なーんで逃げんのさ
将来の兄になるかもしれない男を
うわって言って避けるとか
酷くない?」
すぐに追い付くとやっぱりまた嫌な顔をされて…
でも、そういう顔をされると
ついついいじめたくなる
「この島の海はこの島で見るから
こんなにも綺麗に見えるんだよねー」
かっこつけて言ってみる
東京の俺の周りにいる女なら
間違いなくかっこいいーという
黄色い声が飛ぶのだが…
「…どういう意味ですか?」
怪訝そうにしてるんじゃねーよ!
頭悪いのかって思ってるだろ!
まぁ、いい
ここで怒るほど俺はガキじゃないし
俺が本当に言いたいのは
こんなことじゃない
「この海を東京に持ち帰ったとしても
今ほどの感動は味わえないよね
空気が悪いし
どっからか騒音が聞こえてきそうだし」
「…はい」
「この島の良いところは
この島にあるから良いところなんだよ
島の外に出ると
それは良いものどころか
排除されるべきものになるかもしれない」
島の良いところが
島の外では排除されるべきところ…
さて
この言葉を聞いて
美空ちゃんの目の色が変わってきたね
頭が良いってアオが言ってたけど
それは本当みたいだな
俺が言おうとしていることを
大体読めたらしい
そして気づいたらしい
ふざけた話し方の影に
少しの悪意を織り混ぜていることを
「頭の良い美空ちゃんなら
もう俺が何を言いたいかわかってるかもしれないけど
敢えて言うことにするよ
今までの俺の話を踏まえて
教えて欲しいんだ
君はアオのどこが好きなの?
それはこの島にいるから
好きとかじゃないの?
別に俺は
一夏の恋も
一夜の過ちも悪いとは思ってないけど
美空ちゃんの場合はどうなのかな?」
俺は今、悪い笑みを浮かべているだろう
アオもそうだけど
美空ちゃんも反応がなかなか面白い
良い俺のオモチャになりそうだ
少し黙ってるけど
アオの好きな所でも考えてるのか?
「いやいや
好きじゃないですし!」
はっとして
手を振って大袈裟に違いますよと言っている
ふっ、今更そこを否定かよ
思わず吹き出してしまう
「好きとかじゃないですけど…
アオの素直で真っ直ぐなところは
すごく良いと思います」
まぁね
そうだろうね
「あれは子どものままってかんじだよね
でもアオは
高校卒業したら島を出るつもりなんだよ
そしたら変わっちゃうかも
人の顔色うかがって
計算して
そうやって生きることを学ぶかもしれない
そしたら
美空ちゃんはアオのことをどう思うのかな?」
さぁ、どうする?
「どうって…」
じわじわ追い詰めていこうか
「アオがアオじゃなくなったって思ったり?」
「そんなこと…ないですよ」
その困った顔はなかなか良いね
もっともっと追い詰めたくなるよ
「私は私のことをあまり信じられないけど
アオのことは信じられるんです
アオはそう簡単には変わらないと思います」
「なるほどねー
でも綺麗すぎる場所で育った植物や動物が
少しの汚染で生きられないっていうのは
よくあることだよ
アオの素直さは
それに近いと思わないか?」
美空ちゃんを言いくるめることは簡単だろうな
今でもちょっとぐらついてる
俺の言ってることがわかってるのだろう
わかるのはたぶん
美空ちゃんもアオに会ったときに
アオの素直さは社会では通用しないんじゃないか
騙されるばかりになるんじゃないか
って思ったからだろうね
ほう…
何かを決めたように
美空ちゃんは顔をあげると
俺を真っ直ぐに見つめてきた
その瞳には
何かしらグッとくるものがある
「私はアオのどうしようもない素直さに
救われたんです
もしも…
万が一にも裏切られることがあったとしても
それがアオなら
私は何の不満もないんです」
ぐらつきはしたけど
倒れなかったか
意外にも芯のある子らしい
裏切られてもそれがアオなら
何の不満もないなんて
そんな最高の愛の言葉を
俺も受けてみたいよ
「へぇ
愛し合ってるんだね」
「だからそんなんじゃ…」
顔を赤くして否定されても
全く説得力がないんだけど
そう言うなら
もう少しからかってみよう
「違うの?
違うならさ…俺と付き合ってみる?」
「…はい!?
何言ってるんですか!」
その恥ずかしいような
怒ったような顔
やっぱ最高だね
「まぁ、今のは冗談として
アオと付き合うのは
どうかと思うよー
アオの兄だからこそ
できるアドバイスだと捉えて欲しいね」
あたふたしている美空ちゃんを置いて
俺はシレッと海岸を離れて行く
面白いねー
やっぱアオの好きになった子だ
からかいがいがある
俺はその余韻に浸るつもりだった
なのにその計画は崩れ去る
前方に嫌な女の姿が見えたから…
「何してんのよ
女子高生にちょっかいだして」
「うわー…優子、見てたのかよ」
優子は俺より年下でありながら
ちょいちょい上から目線で物を言ってくる
可愛いげのない女
俺の企みをすぐに見破るから
シラフの優子は正直苦手だ
アルコールが入ったら入ったで
また面倒臭いけど…
「わざわざ東京から帰ってきて
可愛い弟の恋の邪魔?」
「そのために帰ってきたんじゃねーよ
エリートの休息だよ」
「は?エリート?
どこにエリートがいるの?」
ほら
こうやってすぐにバカにしやがる
エリートっていうのは
半分冗談、半分本気
こう見えて
東京のとある企業の会社員をやっている俺
よく美容師に間違えられるが
真面目なサラリーマンだ
しかも割りと有名な企業の
東京にいたら
立ってるだけで女が寄ってくるのに…
島でのこの扱いは酷いんじゃないかと思う
「優子だって面白がってるだろ?
美空ちゃん面白いし
アオも面白い
この2人が好き合ってるのに
からかわないなんて
そんなの考えられない」
優子を見ると
かなり睨み付けられているが
気にしない
邪魔してるつもりはないんだし
それに…
俺は今
すごくワクワクしてるんだから




