表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フライトコロナイズ  作者: きーち
第6章
33/49

1話 それは針の如き

 冒険艦ペリカヌが次なるフライトを開始して二日後。その日、俺と弟のエイディスはアニーサ艦長に呼ばれ、彼女の私室へと案内された。

 ペリカヌは客船ではないため、個人個人へ与えられる部屋は狭いのであるが、さすがに艦長のものとなれば、誰かを呼べる程度の広さはあった。

 もっとも、男二人が入ってしまえば、それだって狭苦しく感じるが。

「で、こんな場所に案内して、いったい何を始めるつもりなんです?」

「あら、こんな場所などと……失礼ですわね」

 おどける様に話すアニーサ艦長だが、俺とエイディスは双方共に疑問符を浮かべていそうな表情をして、お互い、目を突き合わせていた。

 声には出さぬものの、兄弟故、弟の言いたいことはその表情からなんとなく察せる。

(いったい、何が狙いだろうね?)

 そんな事をこっちに尋ねているのだろう。ただ、それに答えられない。俺の表情を見たエイディスは、きっと俺のこんな思いを感じ取ってくれることだろう。

(聞いてみなきゃわからない。艦長に関してはそう言う人だ)

 だから、最終的な目線はアニーサ艦長へと向かう。

 俺とエイディスは兄弟であるが、仕事は小型飛空船班員と整備班員とそれぞれ違う。関係性がある様でいて、アニーサ艦長に呼び出される共通の理由が無い様に思えるが。

「会議室で無く、私室へと呼んだのは、勿論、理由がありますの。その理由とは、業務上の事柄でなく、私事に関する事柄を聞かせたいから、というものでして」

 なるほど。仕事関係で無いとすれば、まだ俺達兄弟には繋がりがあるのかもしれない。

「私事とは? 何か、困りごとでもあるのですか? 何か、物を壊しちゃった……とか?」

 冗談っぽく、エイディスがアニーサ艦長へ尋ねる。実を言えば、先ほどから空気が重いのだ。それを少しでも軽くするため、エイディスなりに気を使ったのだろう。しかし―――

「それくらい簡単な相談であれば良いのですけれど、そうですわね……あなた方がかつて国を滅ぼした存在に復讐を誓っている件についてと申したら良いのかしら」

 ただでさえ重かった空気が、さらに重くなる。重くしたのはアニーサ艦長であるが、重くなる中心地は俺達兄弟だろう。

 いきなり、自分たちの薄暗い部分を掘り返されればそうもなる。

 もしアニーサ艦長が、俺達兄弟と同じ願いを抱いていなかったとしたら、すぐさま敵意を抱いていたところであろう。

「そういう言葉を口にするってことは、重要な話ってことですかね? そうじゃなけりゃあ、この船から降りることも考えなきゃならない」

 アニーサ艦長を見つめながら話す。見つめているのは先ほどからだが、今はやや、睨む様な目つきになっているだろう。

「勿論、互いにとって重要ですわよ? とても重要で、もしかしたら今後を決めることになるかもしれない。だからこそ、お二人をここへ呼んだのです」

 なら、もっと重要な話をする風を装って欲しい。まるで世間話をするかの様に、いきなり話題に出すなと言いたい。

「それで、重要なこととは一体?」

 エイディスの方はと言えば、まだ怪訝な顔を浮かべてアニーサ艦長を見ている。敵では無いが、油断をしてはならない相手。弟はそんな風にアニーサ艦長を見ているはずだ。

 俺もほぼ同意見だ。一方で、一応は仲間ではあるとも俺は見えている。同じ存在に復讐を誓った仲間であると。

「その前に確認ですけれど……わたくし達が国を失ったあの日より、あなた方は国のすべてを破壊し尽した巨大な飛空船について、恨みの感情を未だ抱いていらっしゃいますかしら?」

「当たり前だ。そんな事、言わなくたって気づいていると思っていましたけどね」

 完全に、今度は意識しつつ、アニーサ艦長を睨む。言葉にしてしまえば、感情は露わになる。

 未だ冷めやらぬ感情。愛していた家族と愛していた故郷。もうそこにいた頃は昔と思える程の年月が過ぎたが、それでも、それらへの愛は変わらず、喪失感も消えない。

 これらの感情は、そのすべての原因となったあの日の飛空船へと向かい、怒りの炎に燃料をくべている。

「では、もし、あの破壊に関して、王家が関わっているとしたら……どうしますかしら?」

 王家。その言葉と共に、アニーサ艦長は自らの胸に手を置いた。艦長、アニーサ・メレウ・ラクリムは、かつて存在し、そして滅ぼされたラクリム王家の一人。今はその王家が無くなったので、一人の人間となった彼女。

 そんな彼女の言葉に、動揺しなかったと言えば嘘になる。彼女は、自分が原因だったらどうするのかと尋ねているのだから。

「……あなたもあの瞬間、すべてを失ったんでしょう? それで原因が王家にあるなんて言われても、何を返せば良いのやら」

 動揺はしたが、それだけだ。王家が国を運営する立場である以上、あの国が滅ぶという結果の責任は、王家に帰属するものかもしれない。

 だが、それは俺やエイディスの復讐の対象とは成り得ない。

 俺達の心、目に残るあの光景の中には王家はいない。存在するのは、黒く巨大な飛空船のみ。

「そうですか……けれど、妙な部分があるとは思いませんかしら? わたくし達の中に残っている記憶。それに関して、思い出して欲しい部分がありますの」

 妙な部分。怒りと悲しみしか湧かないその記憶の中で、アニーサ艦長が言う妙な事とは何なのか。

 そして先に気が付いたのはエイディスの方だったらしい。弟は俯き、何かを考え始めると、ハッと顔を上げた。

「あんなものが近づいてきていたんだから、警戒用の飛空船が飛んでもおかしくない! なのに、それが無かった気がする! 兄さんは、どう?」

「あ? いや、待てよ……確かにその通りだ! ラクリムにだって、戦闘用の飛空船だってあるだろうに。なんで空域を侵犯してる大型飛空船に対してそれが出ない?」

 国が滅ぶその少し前、俺はエイディスが作った小型飛空船でラクリムの空を飛んでいた。だから分かるのだ。他の飛空船が何故かいなかったと。

「まず申し訳ないのですけれど、その理由。その違和感について、わたくしも分かりませんの。あの日、わたくしは外交のために周辺諸国を回った後でして、王城にて休養をとっている最中に、あの事件が起こったのです」

「破壊は街の中心。王城周辺で起こっていたんですよね? 良く生き残ったと言うか……」

「その日、何故か王城の空に謎の飛空船が飛んらっしゃったので、それが気になって、実はその瞬間、王城を脱していましたの。誰にというわけではありませんけれど、秘密ですわよ?」

「あ、ああ……」

 つまり、俺を追って王城をこっそり抜け出したということだろうか。つまり俺が艦長の命の恩人ということになるのか?

「そうして、起こってしまった事件。原因は勿論あの大型飛空船ですけれど……」

「それだけで片付けるには、状況がややこしくなっているかもということですね……」

 エイディスはまた深く思案する様に、顔を俯かせ始めた。あの巨大飛空船を追うという隠れた意図があるこの飛空開拓計画。だが、最初の時点から謎が多いと言うことなのか。

「王家が関わっているかも。というのはそういうことですの。あの瞬間、あの巨大飛空船が来ることを、王家側は予期していたのではないかと」

「予期って、自分たちの国が自分たちごと破壊されることを予期してたなんて、それこそおかしな話だ。真っ先に逃げ出すべきでしょうに」

 だが、逃げ出さなかった。あの破壊が起こった結果、王家は恐らく、アニーサ艦長を除く殆どが全滅している。

 でなければ、彼女がただ一人、この船の艦長などやっているはずがない。

「そうなのです。それがどうにも納得できる理由を導き出せず……実を言えば、ここにあなた方を呼んだのも、この話に関わる事ですの」

「一緒にその理由を考えよう……ってわけじゃあないみたいですね」

 冗談めかして言ってみるものの、それ以外の何を要求されるのかはヒヤヒヤだ。

「例えばの話ですけれど、今、この瞬間、近くのラクリム国を滅ぼした飛空船が現れた場合、あなた方はどうしますかしら?」

「……そんなもん、決まってるだろ」

 まさか復讐心が萎えるとでも思っているのか。むしろ、それを見た時点で燃え上がり、自分の制御が効かなくなる。

「でしたら、それを止めていただきたいと、こういう提案なのですわね」

「おい、どういうことで―――

「待って、兄さん」

 俺がアニーサ艦長を怒鳴ろうとしたその瞬間、エイディスの手でその行動が阻止される。

「艦長、つまりそれは、いきなり戦いを挑むより、考えろ。ってことですね?」

 エイディスの言いたいことは一体何なのだろう。復讐相手を前にして、考える事とはいったい?

「ええ。結局、わたくしやあながたが強く復讐を願う対象は巨大な飛空船でしか無い。けれど、良く考えてくださいまし? 飛空船に人格はありますかしら?」

 無い。物を考える飛空船なんて聞いたことも見たことも無い。あの巨大飛空船は必ず、誰かしらが操っていたものであり、復讐の対象とはそれを操る存在だろう。

 棒で殴られた時に、棒に対して敵意を抱くということが無い様にだ。

「考えろってのはつまり、巨大飛空船を操る相手について考えろってことですか?」

「その通り。先ほど申しました通り、すぐそばに巨大飛空船が現れて、それを撃墜したとしましょう。ですけれど、その巨大飛空船を操る者が、実はラクリムの一件と何ら関わりの無い相手であれば、こんな虚しい話は無いでしょう?」

 それはその通りだった。虚しいなんてもんじゃあない。無関係の相手をこの手で殺す事にも繋がる。そうなれば、もうそれは復讐では無く狂気だ。狂人になってしまえば、本当に復讐したい相手を狙えない。だからそれは避けなければならない。

「ラクリム国への巨大飛空船の襲撃。これには謎が多い。その謎を幾らか明らかにしなければ、わたくし達はその矛先を間違えることになるやも。ですから考えて欲しいのです。引き金を引く前に、相手がどんな存在であるかを」

 難しい注文であるが、その願いは分からなくも無かった。しかし、実際、相手に引き金を引ける状態になったとして、本当に自制できるかどうかは怪しいところかもしれない。

「そもそも、なんでいきなりそんな話を?」

「あら? いきなりだなんて、そんなはずはございませんでしょう?」

 何を言っているのだと馬鹿にするような言葉。それはアニーサ艦長からだけで無く、エイディスからも聞こえる。

「えっと、兄さん? 次の目的地について、聞かされてるよね?」

「ああ、確か今度は、人の集団がそこにいるかもしれない場所ってんだろ?」

「そう、その通りですわね。そうしてその場所の位置は、内世界から北側にある」

「………そういうことか」

 鈍い頭で漸く理解する。ラクリムを襲撃したであろう巨大飛空船は北より来たという情報があるのだ。であるならば、今から向かうその場所こそが、巨大飛空船が作られた場所かもしれないのである。




 外世界を北方へ進む。山岳地帯ばかりが暫く続くが、さらにその先には平原が広がる。広大なその平原は、どこまでも続きそうな印象を与えてくるのだが、事実、かなり遠くまで見通すことができた。

 そんな平面な視界の中で、遠くに何か違う風景が見える。それは針の様だった。ただ、遠近を比較するならば、針ほどに細く無く、針ほどに小さくも無いものだと分かる。

 平原が続くのならば、この世界ではどこまでも遠くを見通せる。そんな平原の先に見える針は、相当遠くに存在する巨大な何かなのだろう。

(なんだろうね。塔……ああ、塔だな。くそ高い塔だ)

 ペリカヌから偵察目的で小型船ロンブライナを飛ばしていた俺は、視界の向こうに見える針のような何か。それは恐らく人工物。形で現すなら塔であろうそれを見つめる。

 ひたすらに高く見えるそれは、これから俺達が向かうべき場所でもあった。

(クリスト達の情報に寄れば、あの塔の周辺に人が住んでいて、街を作ってるんだったか)

 塔だけを見れば、あの様な高層物、内世界の技術では作れない様に見える。まだ塔の影と言った感じにしか見えぬため、それが何で出来ていて、どういう構造をしているかは分からない。

 しかし、ある特定の技術は、俺達が知る以上のものを持っているという予想はできた。

(巨大飛空船を作りだす技術とかも……あるかもな)

 とりあえず、偵察はここまでだ。幾ら近づこうとしたところで、まだまだ距離がある。ペリカヌでさらなる接近を試みなければどうしようもあるまい。

 ロンブライナを旋回させて、ロンブライナ後方に位置しているペリカヌへと帰還する。目的地への偵察というより、偵察の予行演習と言った具合に、あまり意味の無い行動であったが、自分の目で塔を見られて良かったと思う。

 もしかしたら、偵察命令はアニーサ艦長が気を使ってくれたのかもしれないなと思いながら、同じく偵察に出ていた、後輩のレイリー・ウォーラが先にペリカヌへと小型飛空船を帰還させている姿を見た。

(あいつは、あの塔を見て何を思ったのかねえ)

 一度聞いてみようかと考えつつ、順番を待って、ロンブライナもペリカヌの格納庫へと帰還させる。

 格納庫内へと止まったロンブライナの周辺には、すぐに整備班の人間が集まり、さきほどまでのフライトで飛空船に不備が出ていないかのチェックを始め出す。

「兄さん! どうだった?」

 整備班の一人であるエイディスが、ロンブライナから這い出て来た俺に対して、やや興奮気味に尋ねてくる。

 その興奮は分からなくも無かった。今度の場所は、高確率で人がいるのだ。外世界の人と出会うのはこれで2度目……いや、3度目かもしれないが、しっかり街を構えて生活をしている相手は初めてである。どの様な意図があっても、何がしかの感情は湧き立つと言うもの。

「まだ良く見えねえよ。けど、見えるあれは確実に人工物だろ」

 報告できるのはそれくらいだ。さらに近づかなければ、偵察なんてこともできない距離にあった。

「ちょっとずつ近づいてくるんだよね。なんだか、ドキドキする様な……」

「ま、しっかり近づいた後は、俺達の仕事じゃなくて別の班が働くことになるんだろうさ。さすがに未知の街でいきなり船員突っ込ませるなんてことはしないだろうし……お、おーい! レイリー! ちょっと良いか?」

 先に格納庫へ戻っていたレイリーが、格納庫を出てどこかへ行こうとしていたので呼び止める。

「……なんですか? アーランさん」

 呼び止められて、何だ面倒くさいと言った表情のまま、こちらへと近づいて来た。別に話をするくらい良いじゃあないか。

「お前、アレを見てどう思った? 一応、偵察した者同士、聞いておきたくてな」

 ロンブライナの上から降りつつ、話を続ける。人を見下ろしながらの話は、どうにも居心地が悪いのだ。

「どうって……高いなぁくらいですかね?」

「なんというか、安直だな。お前」

「は? じゃあアーランさんはどうなんですか!」

 脳が単純と言われて頭にきたらしい。しかし、あれを見て高いとだけ感じるなんて、なんて単純な奴だ。

「俺はちゃんと、遠いなとかも思ってたぞ」

「どっちもどっちだね、それ」

 何故だ。エイディスから冷めた声で呟かれる。

「ちょっと、待ってくださいよ。僕なんて、ほら、どういう思いがあれば、あんなのを建てるんだろうとかも考えていましたよ?」

「思い? 技術じゃなくてか?」

 ちょっと、自分とは質の違う思いをあの塔に抱いていたため、気になって尋ねてしまう。そもそも、こういう話をしたくて呼び止めたというのもあるが。

「技術って、こうしたい、ああしたいって思いが形になったものでしょう? まず先に、ああいう塔を建てたいって思いがなきゃ、あんなのは建てられませんよ」

 そうか。そういう考え方もあるのかと感心する。あの塔の周辺に住んでいるであろう住人は、どうしても高い塔を建てたいという強い思いを持っているのかもしれない。

「どんな奴らなのか、会ってみたくなるよな」

「そうですね。それには同感です」

 日々が過ぎ、何事も無ければ会うことになるだろう。であるならば、いろいろと想像しておくのも悪く無いと思えた。




 さて、外世界の住人と出会うというのは、未知の民族に接触するということでもある。彼らは言語も生活様式も違うし、もしかしたら外見だって既知のものから大きく外れているかもしれない。

 そんな相手との第一接触は、慎重に慎重を重ねねば、そういう意図が無くとも争いに発展する可能性もあった。

 だから専門的知識がいる。そう話すのはペリカヌ内で未知の民族へ初接触する際に漸く仕事が発生する、ミナ・ペイランガ導師だった。

 彼女は俺を含め、昼食のために食堂へと集まった面々に、如何に出会いが大切かと言うことを懇切丁寧に、一から十まで聞かせようとしていたのだ。

 ちなみに、半分くらいはその話を聞かず、もう半分くらいは意味を理解できていない。

「わかりますか皆さま! 出会いとは祝福と呪いの境界線上にあるのです! 一歩のバランスで、どちらかに転げ落ちてしまう! かと言って、何時までも線上にはいられない。が故に、ですから私たちは、祝福される側へとバランスを傾かせる必要があるのです!」

 耳にしていると、何やら高尚な事を言っているのが分かる。が、意味についてはさっぱりだった。

 いや、違うか。言葉の意味自体は分からないが、ミナ導師の言いたいことは伝わって来る。

(私、漸く仕事ができますよ! ってところだろうな。ああ)

 何だかその姿を見ていると痛々しくなってくる。根が真面目な分、彼女はあまり仕事が無いこの飛空開拓計画で肩身の狭い思いをしていたのだろう。

 この前、俺と作業班のブラッホ・ライラホ班長が彼女に対して、仕事が無い兼についてあれこれと言ったため、今の感情は人一倍であろうことが伺い知れる。

「いや、まったくもって頼りにしているであるよ! ミナどの! 恐らく、接触の時は私も同行するであるから、是非にでもミナどのを頼りたいところである!」

 ミナ導師が食堂で演説染みたことをしている横で、椅子に座り、肉を貪りながら、ブラッホ班長が合いの手を入れていた。

 ある意味で、ここ最近の彼女を精神的に追い詰めていた一因であるため、良くやるものだと眺めている。その周囲には他の作業班もおり、恐らくは、未知の住民と接触する際のメンバーが集まっているのだと分かる。

(まあ俺も、このメンバーを運ぶ役を任されるかもしんねえし、心の準備くらいはしておくか)

 ぬるい水を口に含みつつ、内容をさっぱりしないままであるが、俺はミナ導師の話には耳を傾けていた。こうやって先の事について聞いたり考えたりしていれば、自然と体と心は先のための準備を初めて行く。

「あー、そういえば導師さん! やっぱり、今度の通訳も、導師さんがする手筈なんですかー?」

 作業員の一人、サウラ・カーラが手を上げて質問をしている。真面目な質問というよりも、ブラッホ班長と同様に、合いの手に近い質問なのだろう。

「通訳。というものができれば勿論それを行わせていただきます。私の知る言語は皆さまのそれを遥かに超えたもの。しかし、やはり注意していただきたいのは、それでも知らぬ言葉の数は皆さまとそう変わらないということです」

 世界が遥かに広がり、人という種がこの世界のどこまでもに居るのだとしたら、その言葉の数も限りなく存在している。

 新たに会う民族そのすべてが、知らぬ言葉を話すであろうと覚悟するべきだとミナ導師は話す。前回、クリストという民族に出会った時、言葉が通じたのは得難い幸運であったのだと。

「私たちの第一目的は、意思を疎通させること。しかし、それがもっとも困難であると自覚を持つことも大事ですわね。私たち、カーラン教の導師は、そのことをよくよく教えられて、この様な計画に参加しているのです」

 何やら重要なことをミナ導師が話しているので、この話くらいはちゃんと聞こうと、顔を向ける。

 ただ、そういう俺の気分と、ミナ導師のやる気は、見事に空回ることとなる。この時の俺達には、勿論、分かるはずも無いことだったが。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ