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フライトコロナイズ  作者: きーち
第5章
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5話 休日の終わりは何時だって心臓に悪い

 船医、マズール・フォンクライン。この男性も、悪い人間ではない。口調はとげとげしく、耳へと声を入れる者を傷つけることはあれ、その内容は基本的に理のある内容だ。

 ペリカヌの医務室のベッド。そこが特定の人物に占領されぬ様、医務室を本当の怪我人や病人以外、居心地の悪い場所としているために、あえて辛口になっている……のではと自分は思っている。

(そんな方が、今は敵対的。少々、予想を甘く見ていた部分がありますわね。それは認めましょう)

 やや事態は深刻だ。この事態を作り出したであろうサーイル報告官にしてやられたということだ。勿論、この件に関する意趣返しはするつもりであるが、それよりもまず、この場を乗り切ることに専念すべきか。

「このままでは目の前の問題を解決できないと仰いましたが、それは具体的に何を指しての言葉でしょうかしら?」

 理屈により話をして、さらに質問をする。それが有効かどうかは別として、そういうフリをするのは大切だ。

「うちの医務室で手が回らなくなる。という事態ですな」

「怪我人や病人の数。それほどでしょうか? これまでのフライト中では、あくまで想定の範囲内でしか出ていないと記憶していますが」

「怪我人や病人は……ですな。前回のフライトでは、行方不明者が出た」

「ですわね。その件に関しましては、艦を指揮する立場として申し訳なく思っています。あの様な事態。もう二度と起こしてはならぬと―――

「起こり得るでしょう? 甘く見ちゃあいけない。あんなこと、外の世界を旅する限りは何度だって起こるんだ。違いますか?」

「……断言はできませんわね」

 けど、起こるとは思う。申し訳なく思うし、二度と起こさない構えで挑みはするが、それだってすべて上手く行くはずも無い。

 必ず、自分にとって予想外の事態が起こり、また危機的状態に陥るだろう。心に決めるのは、そういう事態になっても、今度は絶対に諦めぬということ。それくらいだ。

「あの時は行方不明者だったから良い。いや、良くは無いが、皆、無傷で戻って来た。それはまたとない幸運なわけです。が、これが怪我人や病人だったらどうしますか? うちじゃあ、あの行方不明者と同じ数の病人を、捌ける自信はありませんなぁ」

 つまり、似た様な事態に陥ったとして、その時は本当に詰むかもしれない。そんな危機感をマズール船医は抱いているのだろう。

 真っ当な意見だ。横道なんかに逸れない正論中の正論。それがどういう類のものかと言えば、論破などできない意見ということ。

(ですから、論破はしません。受け入れましょう)

 話し合いや会議において、発展の見込みある会話をする場合は、どちらかが折れる必要がある。そうしてもっとも重要な点として、相手が自ら折れることに期待しない。という部分が経験則としてあった。

 結局、折り合いを付けるという考え方は、自分に向けてのものでしか有り得ない。

「増員に関しては現段階でどうするとはできませんけれど、備品については良きものを揃える様に運用してみせますわ。それではいけません?」

「それは大変にありがたいことですな。だが、私が求めるのはそれじゃあない。怪我人をひたすらに増やす計画の方針を変更して欲しいってことだ」

 その要求が受け入れられないから、妥協案で備品の補給ということで手を打とうとしているのに。

 こちらの気持ちも分かって欲しいところである。まあ、分かった上で強気に出ているのだろうけど。

 ただ、こちらが折れた以上、あちらにも折れてもらう。勿論、相手が自ら折れることには期待してはならない。こちらからへし折りに行くのだ。

「計画の方針を変更ですの? ああ、でしたらこうしてはどうでしょう? 未知や未踏と言ったものは常に危険が付き物。ですから外界には一切出て行かない。このまま休日を続行して、国から何をしているんだとお叱りを受けるまでサボり続ける」

「おいおい。冗談を話してるんじゃあないぞ、私は」

 呆れたと言った顔を浮かべるマズール船医。それを見て、明確な隙だと判断するわたくし。とりあえず景気付けとして、机を大きな音が立つ様に叩いてみる。

「冗談……とは?」

「おおっと?」

 響いた音と、語気を強めた一言に、さすがのマズール船医も引き気味になる。呆れなどという感情は、心に空白を作る。その空白を埋めるのは、わたくしの強気な意気込みと言った具合。

「わたくし、中途半端な状況というのが一番我慢ならない性質ですの。怪我人が増えそうだからもう少し安全な場所を探索して欲しい? それはいったいどこの事を指した言葉でしょう? 外世界にはその様に都合が良い場所があると? それが万一あったとして、安全と知れている場所を探る意味っておあり?」

 言葉を発するならば、まず相手の頭が回転するより速く、言葉を並べること。こうすれば、とりあえずこちら側は言いたいことを言える。

「……まあ、ありませんかな」

「はい。まったく、これっぽちもありませんわね。そも、危険はあると覚悟して計画に参加した方々が、この場では殆どなのでは?」

「……」

 会議室を見渡す。班長一同が揃った会議室にて、暫しの沈黙が場を包む。この程度で沈黙するくらいなら、最初から勝負など挑まないで欲しい。

「配慮はすると申しました。多少の便宜は図るとも言葉にしました。さて、これ以上を望まれる場合は、外世界へ出ないという選択肢しかありませんけれど?」

「………わかりましたよ。今回は明らかにこちらの分が悪い。余計なもの言いだった。そうですな、メイゾウ班長」

「うん? あ、ああ……そう……だな」

 さて、相手の威勢も削げたところで、これにて会議は終了……としたいところだが、まだやっておくべきことがある。

 この事態を作り出した相手に対する、意趣返しだ。

「さて、最後にみなさんへ言っておかなければなりませんけれど……」

 会議室中を見渡す。先ほど、結構キツめな発言をしたため、しっかりと皆、こちらを見ていてくれていた。好都合である。

「危険を不満に思うのであれば、もっと前に決断しておくべきですわ。例えば、この計画への参加を決めるその前にでも。危険を回避するための、どのような大義名分が示されたとしても今さらその手札は切れないということだけは肝に銘じていてくださいな」

 この言葉を向けるのは、この状況を組んだサーイル報告官へである。残念ながらこの会議には出席していないが、こうやって釘を刺しておけば、班長の中で、サーイル報告官の言葉に唆される者はいなくなるだろう。それだけでも収穫だ。

(けれど、艦内でもめ事が起こったという事実は変えられませんわね。サーイル報告官が仕事をしたということで、彼の国への評価は上がるでしょうし……この件に関する報復は、忘れませんわよ?)

 少し心の中で敵を増やしつつ、会議を終了する。明日にはまた明日の問題があるのだろうなんて考えながら。




「結局、休日はやっぱり休日だったですよ。無駄なことしかしてねえ気がする」

 俺、アーラン・ロッドは、ちょっと心配していた会議が、別に何の問題も無さそうに終了したせいで、一気にやる気が失せてしまっていた。

 いや、何か問題が起こって欲しかったわけじゃあないのだ。ただ、ちょっと覚悟した分だけそれを消費できなければ、そのやる気は一気にマイナスへ転じる。そういう時もあるのだ。

「はっはっは! 何も起きなくて良かったと言うことではないか! 私なんぞ、あの会議室でハラハラしたであるよ!」

 食堂でブラッホと溜まりながら、先ほどまでの会議について雑談をする。まだ期間は休日中であるため、そういう暇があるのだ。

 中でいったい何があって、何が終わったのか。そこらへんを確認したくて、今回は俺が誘った。ブラッホは別に構わないと言った風だったので、現在はここにいる。

「やっぱり、アニーサ艦長がこの艦の指導者ってことですね。誰も勝てそうにない」

 先日、アニーサ艦長と話をした内容を思い出す。戦うとなれば、既に勝つ以外の選択肢は潰している。そんな話だった気がする。

「まあ、あの御仁は船内で負けるわけにはいかんのであろうな!」

「どういう意味で?」

「どうにもな、彼女の本当の敵とやらは、船内では無く外に、既知の世界では無く未知の場所にこそいるような、そんな気がするのであるよ!」

「……」

 まあ、きっと当たっている。アニーサ艦長の敵はこんなところにいないからこそ、彼女は外へ向かおうとしているのであるし、だからこそ、船内でのもめ事なんて、簡単に収めてしまわなければならない。

「なんで艦長の敵は外にいるなんて思ったんですか?」

「時々、遠くを見る目をしている。そうしてその目は、穏やかなものではないから……であるかな!」

「そんなんで分かるもんですかねぇ」

 疑わしい話だと思う。むしろブラッホであるならば、単なる勘と言われた方が、説得力があるだろう。

「君もな、似た様な目をしている時もあるぞ?」

「へ?」

 ドキリとする。ああ、やっぱりこの男は勘が鋭いのだろう。

「何を見ているのかは知らんし、聞く気も無いであるがな! ただ、何時かその気持ちが晴れると良いな!」

「……努力はするつもりですよ。努力はね」

 心臓に悪い。本当に。ただ、ブラッホ相手ならば、別にバレたって構わないかと思える自分もいた。というか、この男に自分の目的を聞かせたら、どう答えるか聞いてみたくなってくる。

「なあ、ブラッホ班長」

「……止めておいた方が良いぞ」

 ブラッホの声が低くなった。まさか急にこんなことを言われるなんて思ってもみなかったため、驚く。

「何を抱いているかは聞かんと言ったが、その気持ちが何がしか、今の君にとって大切なものであることは分かる。であるならば、胸に秘めておきたまえ。一度、不必要な時にそれを漏らせば、肝心の瞬間に、それを放てなくなるぞ?」

 何時になく真剣な表情を浮かべるブラッホ。猛禽類を思わせる視線を向けられて、俺はなんだか居心地が悪くなった。心を見透かされ、窘められた子どもの様な気分になった俺は、ただ目を逸らすことしかできない。

「肝に、銘じておきます」

「うむ! そうしたまえよ! 力が欲しい時は、友人としての好で力くらいなら貸すであるからな!」

 いつも通りの目つきと口調に戻るブラッホを見て、胸を撫で下ろした。

(今回の休日は、なんとも、心臓に悪い終わり方だこって)

 もしかしたら外世界よりドキドキしたかもしれない。そんな事を思いながら、俺は次の旅へと、思いを馳せることにした。



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