4話 解
幻想の空をロンブライナと人型の神が飛び交う。人型の神、皇帝タリアはひたすらにロンブライナの上回る機動と速度を発揮し続けていた。
振り回されるはロンブライナ。つまり俺の方であるが、一方で皇帝の攻撃方法は赤い光球を飛ばしてくるという一点のみであり、これは直撃さえしなければ撃墜されない。という程度の威力だった。
数自体も少ない。一度に放ってくるのは一発か二発程度。目で見て避けることができる程度には速度も遅い。この攻撃をロンブライナが避けることで、なんとか動きが上の皇帝とやり合えていると言って良い。
(つまりは……舐められてるってことだ)
明らかに手加減されている。いくら威力が低い攻撃と言っても、ダメージはあるのだ。致命的なタイミングで致命的な攻撃を。それができる性能があの皇帝にはある。それが起こっていないというのは、あえてそれをして来ていないと見て良いだろう。
(そもそも、ここはあの皇帝の世界だ。本当なら、こんなことすらする必要なく、次の瞬間に潰すことだってできるだろう)
しかしそうはならない。意思を見せよ。あの皇帝はどういう手か知らないが、頭の中に直接響く様に、俺にそう告げた。
(意思………力を示せってことか? それとも……)
分からない。が、こちらは手を抜くなんて真似をできる立場では無いらしいことは良く分かる。いくら皇帝が致命的な攻撃を仕掛けて来ないと言っても、油断をすれば撃墜される。その程度の攻撃は仕掛けてきていたから。
(今度は上と下からか……!)
皇帝の放つ光球は良く曲がる。皇帝の両手から上下へと放たれた光球が、上方向のものは下方へ向かう形で、下方向のもの上方へ向かう形で曲がり、それぞれがロンブライナを目指してくる。
(ま、それが目視できるんだから、そうそう当たんねえよ!)
俺はロンブライナを減速させてまず下方からの光球を避ける。それは無事に行動することが出来たが、そのすぐ後に上方からの光球が迫っていた。
(タイミングをずらして狙ったってより、微妙に追尾してくるのか、この光球……!)
厄介極まりなく、本当に嫌がらせみたいな攻撃だ。さらに速度を落として避けると、ロンブライナのバランスが崩れてしまう。ならば加速か旋回か。そう考えたところで、皇帝の姿が目に映る。
(ちっ、そうくるか!)
皇帝は、ロンブライナの直線状、ほぼまっすぐ前の場所へと位置取り、さらに一発、光球を放とうとしていた。
ここで加速すれば、そのまま3つ目の光球に当たる。旋回だと回避の幅が大きくとれない、下方か前方か、どちらかの光球にぶつかってしまう可能性はある。
(けど、旋回の方が加速よりまだ安全。だから旋回を選ぶだろうって、そう予想してるんじゃないか? おい?)
なら、そんな予想は外さなければならない。空戦においって有効な策とは、相手の虚を突く行為だと教えてやる。
俺はそう覚悟してから、ロンブライナをさらに減速させた。結果、フライト鉱石による浮遊力。そのバランスが大きく崩れ、同時に高度を落としていく。もっと単純な言い方をすれば、落下した。
その動きの幅は大きく、迫りくる光球は避けることは一応できる。ただし、致命的なほどにバランスを崩し落下するロンブライナは、操縦室ごと俺を揺さぶり、頭の中をシェイクしようとして来るのだ。
―――愚かな
そんな言葉が聞こえた気がする。皇帝の嘆きだろうか? なら、そう思ってくれて構わない。それは相手を見下す行為だ。慢心だ。その心の所作は明確な隙となり得る。俺が狙いたい心の隙である。
「おい、あんまりベテラン舐めんなよ?」
子どもの時分から小型飛空船に乗って来た。それは未熟な時期を長く過ごしてきたということだ。ミスなんて腐るほどしたし、その度に鍛えられている。
「この程度の降下トラブル、挽回の方法なんていくらでも知ってんだよ!」
視線を鋭くしろ。回転するロンブライナの視界から目を離すな。その視界に皇帝が映る瞬間を見逃してはならない。
「ここだ!」
戦闘用の小型飛空船に搭載されたフライト鉱石の推進力は、小型飛空船を飛ばして、まだ余裕のあるものを持っていた。それくらいで無ければ、加減速を繰り返す空戦などできるはずも無い。
どれだけバランスを崩そうと、どこかの方向にまっすぐ飛ぶことはできるのだ。ロンブライナの性能は申し分無い。あと必要なのは、その極端な軌道変更に対して、体が着いてくるかどうか。
(意思を示せっつったな、なら、示すだけだ!)
肉体を奮い立たせるのは意思の力だけ。どれほどの衝撃と圧力が体を襲おうと、耐え抜いてやるという意思だけがこの瞬間には必要だった。
「ぐっ……うっ……!」
幻想の世界だというのに、体を痛めつけてくる衝撃はまったくのリアル。だが、ブラックアウトしそうになる意識をさらなる意思で押さえつけ、ロンブライナの操縦を手放しはしない。
見せてやろうじゃないか。こちらの力を。俺は鉄片の射出トリガーを引き、進行方向に浮かぶ皇帝へと鉄片を射出していく。
―――弱いな
鉄片は先ほどと同じ様に、皇帝の目前で停止した。起死回生の攻撃も、皇帝には届かない。
「ああ、そうだな。ここじゃああんたが最強だ」
こちらは神に挑む蟻だ。次元が違うなんてもんじゃあない。存在する時点で勝敗が決まっている。だが………。
「示せと言ったのはあんただ。最後まで付き合ってもらうぜ」
勝てないだろう。勝てないだろうが、示すことはできる。こっちは幾ら力の差を見せつけられようと、そうそう従う様な存在じゃあないと見せつけることはできる。
俺はロンブライナをさらに加速させた。いや、落下から復帰した時点で、鉄片を射出した瞬間も、ずっと加速は続けていた。
軌道の前方には勿論皇帝がいる。鉄片を止めた程度で、人の価値をどうとか判断する、まるっきり偉そうな王様だ。
その王様に示してやろう。人間は最後の最後、理屈の外で動きかねない生き物だと。
―――何をするつもりだ
「特攻なんて考え方、あんたの国にあったかい?」
減速なんてしない。するものか。むしろ加速する。ロンブライナを一つの弾丸としてあの皇帝へとぶつける。
この幻想から逃れる方法は、皇帝に勝利するか、死しかない。ならば確実に勝利できる方法はこれのみ。
―――感情だけで後先の考えない行動が
「状況を打開する時があるもんだ!」
ロンブライナが皇帝へとぶつかる瞬間、再度、世界は急速に移り変わる。青空と雲だけの世界ではなく、エクスタリアの街並みである。
ただその街並みは、かつての姿のそれでは無く、植物に侵食された、廃墟としての、エクスタリアの街並みであった。
俺が皇帝に特攻した幻想から覚めて暫く、街の各地で、行方不明だったペリカヌの船員が見つかった。
死体として……なんてことも無く、まるでそれぞれ、夢から覚めたばかりのようにフラフラとした状態で、それでも一旦はペリカヌには戻らなければならないと、ペリカヌが停留している広場へと向かっていたらしい。結果としては、その途中で発見されるか、ペリカヌに到着するという形で無事が確認されている。
俺もそんな夢から覚めた様な一人であり、一方で、ロンブライナで空を飛びながら夢から覚めたという、他とはちょっと変わった発見のされかたをされた一人でもあった。
どうやら、俺達が街中央の石塔へと向かってから、目が覚めるまで一日は経っていたらしい。ペリカヌへと帰還した後、憔悴した表情の艦長に迎えられて、その時間経過に気づかされる。
「無事、任務を果たしてくれたわけですけれど、心臓に悪い方法ではありましたわね」
「覚悟はしてましたが、いや、まあ、ミイラ取りがミイラにってのは、ああいうことなんですね」
ペリカヌの船員が全員戻り、早々にこの街を去ろうとする準備が続いている。そんな準備の中で、ふいに空いた時間を使い、俺はアニーサ艦長と話をしていた。場所は何時もの会議室。では無く、食堂であった。
どうやら休憩時間まで仕事をするような雰囲気になる会議室には、さすがのアニーサ艦長も居たくないらしかった。
「さすがに、自らの無力さを痛感しましたわ。あの瞬間は」
ペリカヌの船員が最大限に行方不明になった時、船の内部に残されていたのは、艦長を含めて数名と言った有様だったらしい。
そりゃあ、この土地で自分たちはわけもわからぬままに、何者かに食われるのだと言う恐怖を覚えようものだ。
「そもそも、今、この瞬間にも、また船員の方々がいなくなるのではないかと、恐怖しているのが実際だったりしますし」
そんな弱気な事をアニーサ艦長が漏らすのは、それなりに俺が信用されているからだろうか。
他に聞く人間がいたら弱気が伝染するかなと周囲を見渡すも、他の船員はそれなりに忙しいのか、この会話が聞こえる範囲に船員はいない。
「消えたりなんかしませんよ。少なくとも、前回と同じ原因では」
あの船員が集団で行方不明になった原因。神としての力を持つ皇帝は、もうこちらに手を出してこないだろうと確信を持っていた。
「どうしてそう言い切れますの? 他の船員の方々は、かつてありし街の中で生活する夢を見続け、そこから急に覚醒したそうですけれど、あなたの場合はそうではない。そのことと、関わりが?」
「別に俺がどうこうしたってわけじゃあありませんけど、引き金を引いたのは俺だから、間違いじゃあないのか……何にせよ、あの皇帝と意思疎通できたのは確かですし」
だからこそ、あの皇帝が何を狙い、何を結果として残したのかを、俺だけが理解できる……のだと思う。実際どうかは断言できないけれど。
「では、時間のあるうちにお聞かせ願いますわ。今回の件、その話を聞くことで、漸くひと段落できるのではと、わたくし考えていますから」
そう大したことは言えそうにないが、期待されると、応えたくはなる。
「酷く単純な話ですよ。俺達は幻想の街に受け入れられなかった。だからこっちに帰還した。そういうことなんです。弾き出した連中を、また取り入れようなんて、あの皇帝が思うわけがない」
「それは……つまり、今回の事件そのものは、この街を支配していた皇帝の誘いだった……ということですの? もう、何が何やら」
アニーサ艦長は、あの幻想の世界を体感していないから、いまいち理解できないのだろう。だが、同じ様に幻想の世界へと足を踏み入れた人間なら分かるはずだ。
外部から来た人間を、あの幻想世界は最初からそこに存在した人間として扱った。それはつまり、俺達を同化させようとしたのだ。ある意味では寛大。もっと違う意味では余計な世話焼きと言えるのやも。
「皇帝は、俺達が迷い込んだ世界を、完成された世界であると認識していました。つまりは、良い世界なんだと。そんな世界に誘うってのは、向こうにとっては慈善でしょうね。ただし、一つだけ、その善行には欠点があったわけです」
「いくら良い世界でも、人攫いは罪なのではとか、そういう話は置いておきますわね。そうして欠点ですの? それはつまり……外部の人間だからこそ、ですわね?」
相変わらずアニーサ艦長は鋭かった。きっと、俺の拙い言葉から、幾つものことを理解しているのだろう。
「完成された世界ってのは、つまりその……それだけで完結してるってことです。余計なものなんて入れる余裕はあまりない。俺達がその世界に踏み入るだけで齟齬は出る」
「では、放っておいても、行方不明になっていた方々は戻って来たはずだと?」
「あの世界の完全さを壊すタイプの人間ならそうなってたんじゃないでしょうか?」
「世界に馴染みさえすれば、帰って来ない。とも言いたげですわね」
それはその通りだ。あの幻想世界に馴染むということは、世界の新たなピースになるということだ。ぴったり嵌ってしまったパズルのピースを外すのは難しい。
「ですけれど、全員戻って来ることができた。これは単なる偶然に思えませんが?」
「全員が、あの世界と合わなかったってこともあり得るんじゃねえですかね」
さて、話を続けているが、ここらで終了としておきたい。最後の最後、あの皇帝とぶつかった場面だけは、言葉を濁しておきたいからだ。
「そういうことにしておきたい。との発言で宜しいんですの?」
「そういう言い方、上司としてどうかと思いますよ」
それだけ伝えてから、席を立った。これ以上の問答は、どうあがいたってアニーサ艦長に情報を引き出されそうに思えたからだ。
あまり、良い気分ではないのだ。最後の瞬間、狂気じみた特攻を仕掛けた俺に向かって、あの皇帝は言葉を投げ掛けて来た。
―――見事だ
と。
命すらも捨てる狂気こそが、完成された世界を破壊する。そうして、あの皇帝は、その事に価値があると考えていた。だから俺達は全員解放されたのだ。
だが、考えもみろ。それは神さまからこう告げられたようなものじゃないか。外世界でこそ生きるに値する俺達は、狂人なのであると。




