3話 王
この廃墟には生き物がいない。それは耳へと入る音が少ないということ。耳は働き者なので、そうなれば静かになるというより、他の音を積極的に集めようとする。
吹き抜ける風の音、響く靴音。そうして、何か耳鳴りの様なブーンとした音………。
「なんだ? この音?」
塔の階段を登りながら、異質な音に対して疑問を言葉にする。俺だけが聞こえてるのだろうかと少し心細くなったからでもある。気でも狂いそうになりそうな状況ばかり続いていたから、そう思うのも仕方ないと思う。
「なんだろうね? 建物が振動してるってわけじゃあないだろうけど………」
エイディスは何かが揺れている様な音として、この異音を認識したらしい。俺もそんな音じゃあないかと思った。ではレイリーはどうか。
「なんていうか………嫌な気分になる音ですね」
「まあ、聞いてて心地良いタイプじゃあねえよな」
耳鳴りの様だと思ったわけであるが、実際、耳鳴りなんて長く続けばイラつくものだ。似た様な不快感をこの音からも感じる。
「いや、そうじゃあ無いんですよ………なんていうのかなぁ。本当は聞こえちゃいけないけど聞こえてる音みたいって言うか………理解しようとして出来ないから、そういう音として聞こえてるというか」
「なんだそりゃ」
レイリーは何とか説明したい様だが、言葉を重ねるほどに意味が分からないものとなっている。まあ、理解できないとしても、縁起の良い言葉ではあるまい。それだけは分かる。
「待って、兄さん。なんとなく……分かる気がするんだ」
エイディスの方は、レイリーの言葉に対して、何らかの共感を示す。それにしたって、やはり縁起が良くないと思えてしまう。
「なら、言い難いことでも言っちまえよ。ここまで来たら、悪い予感なんてのも予感じゃなくなる」
実際に起こり得る事なのだとしたら、言葉にするだけで嫌なものを呼び寄せまい。だってすぐ近くに存在しているのだから、呼び寄せなくなったって来るのだ。
「じゃあ言うけどね、この感覚、前、空クジラを見た時と良く似てるよ。そうでしょ? レイリーくん?」
「………そうですね。そう思います」
「いや、似てるって………どこがだ?」
エイディスとレイリー。二人して感じていることだというのに、俺だけはまるで鈍感かの様にそう感じない。どういうことか。
「多分、兄さんには耐性があるんじゃないかな? 僕とそこのレイリーくんは、ホラ、空クジラを見た時も気分悪くて倒れちゃったし」
「何か……そう言われると僕らが情けなくなっちゃう感じしますけど………」
「今は、その情けなさが情報源だ。良いからなんでも話せ」
なんだか、話を進めているうちに、行きつく先へたどり着いてしまうかもしれない。塔の階段を登る足が止まらないのもそのせいか。
「だから感覚ですよ。感覚が変なんです。さっきも言ったじゃないですか、本来感じるべきことが感じられないから、別の感覚に襲われる。空クジラの時は、あれを見て気持ちが悪いと感じるそれがそうでしたし、今回はこの音が………」
「その言葉の意味………勿論、分かって言ってるよな?」
漸く、進む足が止まる。それは自己の意思によるものか。それとも………。
「空クジラは目にしなきゃ気分が悪くならなかった。この音も同じ種類のものだって言うんなら、俺達のすぐ近く、それも認識できる場所にそれはいるってことだぞ?」
そう言葉を発した瞬間、眼前に人の顔が現れた。エイディスでもレイリーでも無いその顔を見た瞬間、俺の視界は闇に染まる。
―――最初は何もかもが上手く行っていた気がする
俺、アーラン・ロッドはこの街、エクスタリアの国民だ。エクスタリアは周辺地域へと積極的に拡張を続ける大国であり、その過程で幾つかの国を併合しているため、帝国と言う国家形式に当てはまる国だと言える。
ただ、統治は苛烈を極めるかと言われればそうでもない。帝国の王、皇帝、カリュス・タリアは、13代続くタリア家の中でも屈指と言えるほどの有能さであり、国を拡張させつつも、内向けの統治を漏らさず行い、その栄華はますますの発展を遂げるに至っている。
「国に文句なんてねぇけど、それよりも仕事だ仕事」
「あはは、最近はフリー飛空船操縦士の仕事の口なんて、あんまりないからねぇ」
食卓で弟のエイディスと朝食を取っていると、そんな冷や水を掛けられる。
現在俺は食事と職探しを同時に行っているため、右手で求人紙を持ち、もう一方の手でトーストを持ちつつ齧る。
「今日明日どうにかなるってもんでもねぇけど、本気でどうしたもんかな? 開拓事業なんて最近は活発じゃねぇだろうし」
「いっそ、うちの研究室で試験操縦士みたいに雇ってもらったらどう?」
「前にも言ったが、弟のコネを利用するってのは、兄の沽券に係わるんだよ……自分の足で探すさ」
エイディスは大学の研究生として日夜、新型飛空船の開発に勤しんでおり、給金を貰っている身であるが、それでも薄給に近いと聞く。
両親が流行病で早逝し、兄弟二人で支え合って生きて来た手前、ここで俺が生活費を稼げないとなれば一大事だ。ちょっとした焦りも浮かんできたため、俺はそそくさと求人紙を畳み、トーストの残り部分を口に含む。
「とりあえず、今日中には次の仕事先を見つけてくる。期待して待ってろよ?」
そう言って、ポケットに求人紙を入れながら、席を立つ。
「わかった。あんまり期待せずに待ってるねー」
「くそっ。憎まれ口叩くなっての」
がんばれ! がんばる! などという会話は男兄弟に似合わない。お互い、憎まれ口を叩きながら、どこかで信頼し合ってる。そういう関係が望ましいのだと思う。
「あ、そうだ兄さん」
「あん? なんだ?」
住居にしているベッド二つとやや広めの共有スペースが一つという簡素な借家から出ようとすると、エイディスに呼び止められた。
「えっと………なんだっけ? その………気を付けて?」
なんだろうと思えば、なんでも無いことを言われる。
「気をつけてって、この平和な国の何に気を付けろってんだよ」
エクスタリアは治安の良い国だ。日が昇っているうちに、何らか事件に巻き込まれるなんてことはあるまい。
「そうだよね? なんでだろ………なんでこんなことを」
勝手に首を傾げている弟を放っておいて、俺は借家を出た。兎に角仕事だ。仕事を探さなければ。
「なあ、そこんとこ何とかならないのか? ほら、ここに経歴問わずってあるだろ?」
「うーん。いや、駄目っぽいですね。あくまである程度、しっかりと経験証明があるうえでの経歴問わずって意味ですから」
「なんだよそれ。詐欺かよ」
現在俺は、銀髪の、女みたいな顔立ちをした職業案内官から仕事を紹介してもらっている。場所はそういう仕事を探している奴らが集まる仕事斡旋所だ。
最近は仕事が無くなったと口にする人間が多いらしく、人がごった返していた。
「詐欺ではありません。方便です。だいたい、こう条件が良い場所に、今どきフリーで仕事してる人の入れる場所があると思ってるんですか?」
「おまっ………一応は手に職つけてるタイプだろ、俺!? なんでそこまで言われる程なんだよ」
飛空船操縦士は、食いっぱぐれ無いタイプの職業だとずっと思ってきたというのに、これはどういうことなのか。
「手に職は強いなんて昔の話です。今はれっきとした成果を持った人が優遇される時代なんです。で、その成果、ありますか? 用意できますか?」
「飛空船の操縦士が、こうでございって証明できる何か用意できるわけないだろ!? 空戦なんかの撃墜スコアなら兎も角!」
いくらアピールしても、小憎らしい子どもみたいな顔の案内官は仕事を紹介してくれない。そっちはそれが仕事だろうに。
「じゃあその撃墜スコアで良いです」
「いや、良いですって、この平和な時代に、空戦なんて滅多にないだろ」
帝国が拡張主義だと言っても、戦争自体はそれほど多くない。強力な帝国に従った方が良いという国が多いのであるし、そもそも戦争するくらいなら植民地を見つけるのがこの世界での普通だ。
空族なんかがいれば、それを討伐する。なんてこともあるものの、帝国の版図が増えるに従い、治安の良い地域が増えた。つまり、空族の出没も少なくなっている。
「そもそも、空戦なんてしたこと自体が、数えるほどしか無いっての」
「何言ってるんですかアーランさん。一応は誇れるくらいの経験あるでしょ?」
「あれ? そう言えば………って、ちょっと待て? レイリー。なんでお前、俺の名前を知ってる?」
何時名前を名乗ったのか? いや、待て………俺は今なんと言った?
「レイリーって、アーランさんの方こそ、どうして僕の名前を―――
視界がまた闇色に染まる。
―――何かを掛け違えた
俺、アーラン・ロッドはこの街、エクスタリアの国民だ。エクスタリアは現在、職業難の時代であり、無職の人間が増えているそうである。国側はそういう金銭を稼げない人間に対する補償を行っているそうだが、その数を少なくするという根本的な解消ができていない様子だった。
そんな時代に俺はと言えば、情けなく弟のコネにすがるという日々を送っていた。
「どうしたのかねアーランくん! あれかね! 今日は乗り気ではないのか? しかり乗り物に乗る人間は何時だって乗り気でなければ乗り物に乗られてしまうぞ?」
「いや………所業の無常さを噛みしめてるところなんですよ、ブラッホ班長」
弟、エイディスが所属する飛空船開発のための研究室に、俺は試験用の飛空船操縦士として雇われることになった。
弟のコネに頼るのは兄として屈辱であったが、それ以上に、弟に食わせてもらうことになりかねない事態は最悪だ。なので恥も外聞も飲み込んだ後、弟に泣きつき、結果が今となっている。
「世の中は厳しい! 何時の時代も甘やかす教育方針だった時代は無いのであるよ! だからまあ、気落ちせずに元気を出して働くが、何より自分にとって良いことであるよな!」
研究室の現場主任の様な立場である、ブラッホ・ライラホ班長が、白い歯を見せて笑う。世の中がどうであろうとも、この人は何時だって陽気だ。その点はやや羨ましいところはあった。見習いたいとは思わないが。
「まあ、このロンブライナ。面白い飛空船ですから、乗ること自体に不満は無いんですけどね」
飛空船を飛ばすための広場の中心で、配置された俺の小型飛空船、ロンブライナに手を触れながら、俺は自分の現状について考える。
飛空船操縦士が、飛空船に乗って給金を貰うことに不満を持つものか。俺が愚痴りたいのはそれ以外の部分に対してなのだ。
「こう言うとなんだがね! 最近は不景気な顔が増えている気がするよ! 君自身にも、その周囲でも! いや、違うかな? 周囲が不景気な顔をしているから、君自身もそうなのだ。違うかな?」
「図星っちゃあ図星ですけど、別に班長が鋭いってわけじゃあねえですよね?」
人っていうのは、とことん群れて動く存在なのだと思う。他人の幸運が自分にとっての幸運で、他者にとっての不幸が自分にとっての不幸。なんだか美談みたいな話であるが、明確な事実としてそうあるのだ。
「周囲が暗い顔してたら、こっちまで暗くなるってもんですよ。一体、この国はどうしちまったんですかね? ちょっと前までは平和そのものだったってのに」
浮浪者が増えたと聞く。どこの酒場も売り上げが落ちているとも聞く。別に争いや暴動が起こっているわけではない。ただ、何か空気が悪くなっている。
「平和というのであれば、今とて平和であるよ! ただ………」
「ただ……なんですか?」
「物事には限界があるのやもしれんな! 人にも……国にもである」
「国?」
「エクスタリアは長くこの地で発展を続けていたのであるよ! 国を統治するタリア家もである。その寿命が来ているのやもな」
「寿命って……そんな」
なんだか突拍子も無い話になってきた。ブラッホは何を言わんとしているのか。
「成長とは不完全を完全なものへとしていく過程である! ならば完全な支配者とは、その時点より、支配者としての寿命を迎えてしまうのであるよ! そう、この世界とて―――
また視界が闇へ。
―――望まれれば答えた。一切の齟齬無く。それがいけなかったのかもしれない。
俺、アーラン・ロッドはこの街、エクスタリアの国民だ。現在はこの国の空を飛んでいる。眼下に広がるのは親しみある我が街………のはずだというのに、今ではそう感じない。
街の中央。塔の様にそびえ立つ中央行政官庁に、人々が詰めかけているからだ。それは人ごみというより人の海だ。わらわらと集まるそれは、砂糖に群がる蟻にも似ていた。
「………どうなっちまったんだ。この国は」
人が集まるも、これは暴動では無かった。ただ、誰もが何かに救いを求めていた。明確な命の危機に直面しているわけではない。人生がどん詰まりというわけでも無い。
ただ、誰もがどこかに窮屈さを感じていた。ここから出してくれ、解放してくれ! 檻の中の囚人の様に、ひたすらに誰かへと叫び続ける。この人の集まりはその意思表示だった。
「暴れてないってのが一番不気味なんだよ………」
どこかの誰かが国の寿命なのだと言っていた気がする。寿命と言うのなら、その死はゆるやかなものであるのかもしれない。
ゆっくりと、こんな混乱が起こり、それを収拾することができず、さらに混乱がゆっくりと広がっていく。どうしようも無い。止める手立てなど、誰しもが考え、そうして失敗してきたのだから。
これが、この集まりが、最後の希望なのだ。彼らは王家。圧倒的な能力を持つはずのカリュス・タリア皇帝を待ち望んでいる。
あの皇帝ならば、この、自らの不自由さを解消してくれる。そのはずだ。そんな無根拠な流言が飛び交い、結果としてこの事態がある。
こうなれば皇帝自らが出るしかあるまい。しかし出てどうするのか? この事態を収束できるとでも? 無理だ。無理に決まっている。そうして何もできないという事実が契機となり、国を滅ぼして―――
―――それが予想できたから、私は私にしかできないことをした
俺、アーラン・ロッドはこの街、エクスタリアの国民だ。この国の行く末を案じ、そうして俺もまたこの世界に………。
―――どれだけ正当に統治しても、限界が来るのなら
俺、アーラン・ロッドはこの街、エクスタリアの国民だ。いや、なんだ。違う。俺は本当に………。
―――現実にはどこかに限界があるのだとしたら
俺、アーラン・ロッドはこの街、エクスタリアの。
―――見せることにしたのだ
俺、アーラン・ロッドはこの街。
―――幻想を
俺、アーラン・ロッドは。
―――永遠に続く寿命の無い国の幻想を
俺、アーラン・ロッドは、ペリカヌの船員だ! 小型飛空船班として、小型飛空船ロンブライナを動かす操縦士だ!
「勝手に夢でも見てろよ!!!」
ロンブライナを急降下させる。降下先は街の中心へ集まる人だかり。では無く、その視線が向かう場所。
そこには、用意された舞台に立つ、一つの人影があった。荘厳な服装に身を包み、まるで演劇の主役の様に仰々しい身振りをする人間。
あれは皇帝だった。集まる民衆に自ら相対するカリュス・タリア皇帝だ。あまりにも完璧な皇帝は、完璧な対応によって国民を慰撫しようとしているのだ。
国民たちは救いを求めている。だから皇帝はそれに答えようとする。誰もが望む事だったから、誰もが邪魔をしない。そうして、行き着くところまで行き着いてしまった。
あの皇帝が、王では無く、既に神としての領域にまで達していることへ誰も気が付かないまま。
「させるかぁっ!!」
この後の展開を知っている。エクスタリアの国民ならぬアーラン・ロッドは、この国で何が起こったのかを、既に何故か知っていた。
だから止めなければならない。この国で起こってしまった事は仕方ない。過去を変えることなんて出来ない。だけれども、今、ここにいる俺は、これより先に巻き込まれることをごめんだと考えている。だから反抗する。これからの事態を引き起こすはずの、あの皇帝に。
―――現実は過酷だ。望みを叶えようとするのなら幻想の世界が良い
「だから国民すべてを自分の世界に攫ったのか! 永遠に覚めない、夢みたいなこの世界へ!」
ロンブライナの引き金を引く。射出される鉄片は皇帝が立つ場所を蹂躙するだろう。その光景を見た群衆は悲鳴を上げて、街はパニックの中へと……という事にはならない。
―――誰もが望む国を、私は作らなければならない
「巻き込むなっつってんだよ! こっちをな!」
視界に映る光景は、何時の間にか街中のそれでは無くなっていた。どこまでも続く青空と、眼下には白い雲が。大地はどこにも無い。まるで空だけの世界がそこにある。
「これが………あんたの世界か」
―――人には幻想が必要だ。そして幻想の中だけで生きていければ、こんなに幸せなことはない
「だからあんたは、もって生まれちまったその力で、幻想の中へ皆を旅出させた。残ったのは無人の街だけ! 良いさ! そういうこともあるだろうよ!」
ロンブライナを旋回させる。まるで円を描く様な軌道だ。そうして円の中央には人がいた。空だけのこの空間の中、一つの中央点の様に人が浮かぶ。それは幻想の帝国の皇帝、カリュス・タリアその人。
―――何故、君はこの世界を乱そうとする
「だからっ、巻き込まれたから抜け出そうとしてるだけだっての! そっちこそ、なんで俺達をこの世界に誘ってんだ! おかげでこっちが大混乱だってのっ」
空に円を描くロンブライナの軌道。それを変化させ、今度は皇帝から離れる軌道を取る。
恐らくは、この世界へやってきて、この世界の住人を演じさせられていたのだ。俺は。いや、俺達はだ。
この世界へと誘われた者は、現実では行方不明となっているのだろう。それが廃墟へと降り立った俺達に起こった事象だ。かつて廃墟でない街にいた人間たちも、そうやって姿を消してしまった。
「何のつもりか知らないが、こっちはさっさと脱出させてもらうぜ。あんたを倒してな」
皇帝から距離を離したと同時に、ロンブライナを反転。今度は皇帝へと向かう軌道を取り、その軌道のまま、再度鉄片を射出する引き金を引いた。ロンブライナより速く飛ぶ鉄片は皇帝へぶつかる………そのほんの少し前で止まった。
「……くっ」
この世界はあの皇帝が作り出した幻想。ならば皇帝の思うがままだろう。戦おうとして戦えるものではない。だが―――
―――反抗の意思を見せてみよ
戦え。ということらしい。まったくもって勝手な話だが、やらないわけにはいかない。こんなところで、こんな幻想の場所に囚われるわけには行かないのだ。
「ああ、やってやるさ」
再度、鉄片を射出しようとし、狙いを澄ます。だが次の瞬間には、皇帝が空を飛んでいた。浮くのではなく飛んでいたのだ。
その速度はもしかしたらロンブライナより速く、機動的だったかもしれない。素早く動く皇帝を追い、ロンブライナを旋回させる。
まるで逃げる様に、実際にはこちらを挑発しているのかもしれない皇帝の後方へとロンブライナを付ける。
「そっちの文化がどうなのかは知らねぇけど、こっちじゃあ後ろの方が有利って相場は決まってんだよ!」
後方にさえつけば、後は鉄片をぶち当てれば良い。そういう考えが浮かぶも、さきほど、鉄片を止められたことを思い出し、どうしたものかと思案する。だが、どうやらその思案こそが向こうにとっては、こちらの隙だったらしい。
―――定型化された思考は欠陥を生む
皇帝は進行する方向は変えず、振り向いた。そうだ。こういうこともできるのだ。ドッグファイトが後方有利なのは、容易く武器の向きを変更できないから。だが、あの皇帝はそんな不利など物ともしないらしい。
―――意思を見せよ
手の平をこちらに向けて、何かを射出する。手のひら大の赤く光る球体だ。それはまっすぐにロンブライナへと突き進んできた。
「やばっ………ぐぅっ!!」
ロンブライナを傾かせ、赤光球を避けようとするも、左翼部分をそれが掠める。激しく揺れるロンブライナと、それを立て直すために歯を食いしばる俺。
敵を目の前に収めたとしても、それでまだ終わりではない。むしろこれからが本番なのかも。
「空戦をお望みかい? 皇帝サマ」
操縦桿を強く握る。ロンブライナを完全に立て直し、俺は思考を完全に空戦用へ切り替えて行く。さあ、神様と、神様の世界でドッグファイトだ。




